第四章「記憶」
群れを背にして逃げる、呼吸が浅くなって何もかもが分からなくなっていく。
雷が地面に響いて身体が軽く宙を舞う。倒れて斜面に転がっていく。
傷だらけの「あいこ」は地面に着いて、仰向けになって気づいた。
胸の血が溢れると共に、涙も溢れていく。
その一滴が土草に落ちる。
その一滴が土草に落ちる。
鳴る笛の音。
咳を二度、三度する。
肩を膨らませ、口を大きく開け、息をする。
生温い身体、霞んだ空が美しい。
死を実感して生きていると思えるこの感覚。
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子を庇って守る母。
母の甲高い声、泣く赤子。
骨まで伝う衝撃、黒煙。
あの男の蔑む目、鼻につく黒い服と煙臭い猟銃。
四つん這いで母の方へ歩く赤子。
母の声が聴こえた、鳴る笛の音。
狭く、カビ臭い小屋の中で独り。
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鳴る笛の音、水を零したような一面に広がる赤く黒いこの血を忘れていた。弓形の身体を伝って土草が飲んでいくこの感覚。
母の喉が鳴る、笛が鳴る。
「あーどろ、ひゅうーどろ、どん」
聴いたことのある音だった。
「あいこ」のデタラメな言葉は、母の喉から聴こえる音を忘れないようにした言葉だった。母の愛、母の温もり、母の鼓動。それら全てが心地良くて、忘れていた母の愛が蘇る。この記憶はあいこにしか分からない。耳から離れない母の喘鳴。閉じた白い瞼から涙が一滴。
それから蛇遣寺の川を隔てた先は「あいこ」が死んで埋めたことから「鬼塚」と呼ばれた。住職が村人達に見つからないように弔い、あいこが寂しくないように桜の木を植えた。
そしてこの惨劇が二度、起こらないように書物にして弟子に託したとされる。
いつしかこの事は忘れられてしまう、地名も変わり、歴史も変わる。臭いものには蓋をして記憶も塗り替わっていく。
どんな人格者も忘れ去られ、どんな天才も忘れ去られる。
死には抗えない、老いには敵わない。
時代が変わればルールが変わる、生き方が変わる。
でも確かにここに生きていた。
そして私の中で生き続いている。
「住職の意志、あいこの思いは紡がれる」
この書物を読んで少なくとも私はそう思う。
寺の縁側から遠く見える、満開の桜が風に揺られ、こちらに顔をのぞかせた。
「あいこ」の名前の由来はじゃんけんから来ています。
パーとパーを出してあいこになるように、お互いに手と手を取り合って和解をする。
優しさが伝わる良い名前だと思います。
他には父を表す言葉、「パパ」とも言えるでしょう。
そして「あの男」とはあいこの父であり、母を殺した憎い男なのです。
母を殺されたことで「群れの声は猿が威嚇する声、巨大な牛の様な男」
村人達を群れと言ったり動物で例えるのは男と父に対する嫌悪感の表れです。
しかし住職は違います、母が子を守るように住職も「あいこ」を守りました。
それはまさに愛情なのです。