第二章「鬼と仏」
鳥の囀りが聴こえて目覚めた朝、不意に涙が頬に流れる。「あの夢の女は母だと思う」顔を拭い、痩せこけた身体を見て腹が減ったことを思い出した。
眼前に広がる世界に打ちのめされながら、食べ物を探す。一つの道に出ると、そこには「お地蔵様」に供えられている。葉を皿にしており、塩むすびが四つ、綺麗に置かれていた。
「あいこ」は無意識に喉を鳴らし涎を飲み、塩むすびに手を伸ばし食べようとする。
「それはお地蔵様に供えたものです、食べるの止しなさい」
取ろうする際中、声が聴こえて猫が毛を逆立てるかのように驚く。
「大丈夫、怖くはない」
その顔はお地蔵様に似て優しい平らな表情。
「お腹が空いているだろうから私のお寺に来なさい」
このお地蔵様の顔の人物は「住職」である。あいこはこの人なら信用できると直感でそう感じた。
橋を渡って長く続く階段の横に木の板があった。「蛇遣寺」という難しい言葉が書かれている。不思議そうに見ている「あいこ」に階段を登りながら昔話を話す。
この名の由来は昔、この地を長く治めてきた。後継者が居ない母屋本家の血筋を三つの分家。「石上家」「古春家」「八岐家」が本家の後継者を決める為に虫拳を使い争った。
「蛇、蛙、蛞蝓を出す、今で言うじゃんけんのことである」結果は八岐家が勝ち八岐家がその時に出していたのが「蛇」である。
「虫拳の蛇、じゃんけん、蛇遣」それが由来だ。
何一つ分からなかったが、住職の悲しく話す顔を見て「あいこ」は何かがあったのかと悟る。
話に夢中になって聴いていたので長く続く階段が短く感じられた。
風が木々を撫で、葉を落とす。境内に入ると空気が変わって涼しくなり、陽射しが差し込む。右に目をやると帽子の中にお茶碗をひっくり返して吊るしたのような鐘楼が威圧感を出している。人里よりも立派な本堂が両目、いっぱいに広がった。住職について行き、食堂に着いた。
空腹で肋骨が浮き彫りになっている身体。
今日、生きられたのは仏様の御加護なのか仏様の気まぐれなのか、判らないが生きているのは確かだ。
「あいこ」はまともな食事をしたのは初めてだったので嬉しくて涙を流す。住職は肩を摩って優しく慰める。その手が大きくて安心して眠った。