三十四話 決着
三十四話 決着
裂姫と剣市の戦いはもう避ける事は不可能だった。拳勝は、剣市に謝罪してもらいこの戦いを回避したかったが、剣市にはその気持ちがまったくなく、自分の考える正義を貫こうとしている。そして、裂姫は、その剣市の誤った正義に鉄槌を降そうとしていた。
・・・無茶だ、剣市 裂姫ちゃんに勝てる訳がない殺されるぞ それが、分からないのか ・・・
拳勝は、まだ間に合う、早く頭を下げてくれと願うが剣市にその気配は一向にない。そして、動いたのは裂姫だった。あっという間に剣市との間合いを詰め”向日葵”を振り降ろす。が、剣市も奇跡と思われる反射神経で裂姫の”向日葵”をギリギリかわすと、そのまま裂姫の胴を狙い”白菊”を横に振る。
・・・”高速の剣” ・・・
”向日葵”を打ち降ろした時の一瞬の裂姫の動きが止まる瞬間を狙った剣市の”高速の剣”だった。
・・・剣市はこれを狙っていたのか ・・・
拳勝は、剣市の作戦に驚いていた。とにかく裂姫の初撃を避ける為に全神経を集中していたのだろう。そして、裂姫の一瞬の隙を狙う。長時間の戦闘になれば実力の差で裂姫の強さが際立ってくる。剣市に勝機があるとすれば、確かにこの一瞬に賭けるしかないのは明白だった。さらに何でも斬る事が出来る”白菊”であれば、裂姫を斬る事も可能だ。剣市が裂姫に勝利出来る唯一の瞬間だった。さすがにこの間合いで避けるのが困難な胴を狙われ、さらに剣市の超技能”高速の剣”である。拳勝が裂姫が斬られたと思うのも無理はなかったが、裂姫はその剣市の必殺の攻撃さえ凌いでいく。
全ての物を斬り裂く超振動ブレードである”白菊”は受ける事が不可能だ。裂姫は横から迫ってくる”白菊”の上から掌底を合わせる。そして、そのまま飛び上がり”白菊”の上に逆立ちするような格好で、剣市の斬撃をやり過ごし、後方に飛び退いた。再び、二人はカタナを構えてにらみ会う。
・・・剣市、もう同じ手は使えないぞ 裂姫ちゃんにフェイントを使われたら斬られるのはお前だぞ、剣市 ・・・
おそらく裂姫はもう今のように真っ直ぐ斬りかかる事はないだろう。真っ直ぐ行くと見せかけて横、あるいは上と違う方向から斬りかかるだろう。そして、それをやられてしまえば剣市の敗北は必至だった。裂姫には、あの時間を停めるフールフールや空間を操作するダンタリオンでさえも敗北した。唯一の勝機を逸した剣市に、裂姫に勝てる手だてが残っているとは思えなかったが、剣市は慌てる素振りも見せず”白菊”を構えている。
「もう駄目、私、見ていられない 」
紅葉が裂姫と剣市のピリピリとした緊張感に目を背けようとするが、拳勝が辛くても見ておくんだと紅葉に告げ自分も一瞬でも見逃さないようにと二人を凝視していた。そして、次に動いたのは剣市だった。剣市はポケットから何かを取り出すと、ポンと裂姫の目の前に投げた。拳勝と紅葉もなんだろうと目を向ける。それは、くしゃくしゃに丸められた紙くずのようだった。
・・・何やってんだ、剣市 なんの意味があるんだよ 斬られるぞ ・・・
拳勝は意味の分からない剣市の行動に気が気ではなかったが、裂姫は地面に転がっている剣市が投げた紙くずを見つめたまま動かない。そして、剣市が先に飛び出した。”白菊”で一刀のもと、裂姫を斬り捨てようと一気に間合いを詰めてくる。
「えっ 」
「どういうこと 」
拳勝と紅葉が首をひねるが、銃鬼は成る程と頷いていた。
「あの剣市という男は拳勝 お前より頭が切れるようだな 」
銃鬼がぼそりと呟くが隣で見ていたフールフールもポンと手を叩く。
「成る程そういう事ですか これで合点がいきました 私が負けた事も、裂姫タンのあの異常な強さも しかし、このままでは裂姫タンの負けですね どうです、銃鬼さん 」
「そうだな、裂姫は負けるだろう 」
銃鬼は冷静に答えるが、拳勝と紅葉はわけが分からなかった。なぜ裂姫は紙くずを見つめたまま動かないのか。銃鬼は二人の顔を見ると再び口を開いた。
「裂姫は動けないんだよ 裂姫は全てのものに意味を求めてしまう そういう思考なんだ だから、あの投げられた紙くずにも意味を求めてしまう その意味を解読しようとして裂姫の頭は、それに集中してしまって動けないのんだ 」
「えっ、そんな意味のないもの無視すれば良いじゃない 」
紅葉も唖然として銃鬼の説明に異を唱える。
「俺はファジーな考え方をするが、裂姫は違う 全てに理由を、結果を求めてしまう それが裂姫の強さと同時に弱点でもある 」
「えーっ、つまりあの意味のない紙くずに何か意味があると思って動けないって事っ 」
紅葉が信じられないという顔で叫ぶが、拳勝も同じ思いだった。
・・・あんな紙くずより、目の前の剣市に集中しないと、いくら裂姫ちゃんでも…… ・・・
剣市は裂姫との間合いに入ると超技能を発動して”白菊”を振り降ろす。裂姫はそれでも紙くずを見つめたまま動けずにいる。
・・・”高速の剣”っ 駄目だ、裂姫ちゃんが斬られる ・・・
思わず拳勝と紅葉は目を瞑ってしまった。
ザシュッ!!
斬撃の音が聞こえ、何かが地面に転がる音がした。続いて辺りに悲鳴が響き渡る。
「うわあぁぁーーーー 」
その剣市の悲鳴で拳勝と紅葉は目を開いた。そこには両腕を肘から切断され血を噴き出し絶叫する剣市がいた。切断された剣市の両腕は”白菊”を握ったまま地面に転がっている。裂姫は、まだ紙くずを見つめたまま動かずにいた。拳勝と紅葉は何が起こったのか理解できないでいたが、フールフールの呟きで理解した。
「ここで、裂姫タンを失うわけにはいきませんからね 」
フールフールが時間を停めた。そして、剣市を斬った。拳勝と紅葉は息を呑んだが、結果的に裂姫も剣市も死なずにすんだ事になる。拳勝は紅葉と急いで剣市の元に駆け寄り、腕の血止め処置をした。裂姫は相変わらず動かずにいるが、銃鬼が裂姫の体を肩に担いで立ち去ろうとしていた。
「銃鬼さん、裂姫ちゃんは大丈夫ですか? 」
拳勝が、銃鬼の後ろ姿に声をかけると銃鬼は立ち止まり拳勝と紅葉を振り向いた。そして、優しい顔で微笑んだ。
「大丈夫だ リセットをかける 」
拳勝と紅葉は意味が解らなかったが、銃鬼はフールフールに顔を向ける。
「あんた、俺が動けない事にも気付いていたようだな 」
「おそらく、そうかもと推察しただけですよ 普通はバディがピンチになれば何らかの手助けをしてしまうものです しかし、銃鬼さん あなたは動こうともしなかった 動きたくても動けなかったのでしょう 私はようやく分かりましたよ あなたは、基本的に人間には攻撃出来ない ただ人間に危害を加えようとする人間には攻撃出来る そこの二条紅葉さんを殺そうとした私を攻撃したように そういう事ですね 」
拳勝と紅葉はフールフールの言っている意味が分からなかったが銃鬼は、フールフールの言葉を肯定するようにニヤリと笑って歩き出した。フールフールも、これで分からなかった事が理解出来たという顔で銃鬼を見送っていた。
お読み下さりありがとうございます。
突然ですが、次回「アップグルント」最終話となります。
至らない点も多くあったと思いますが、最後までお読み頂ければ幸いです。