三十二話 対峙する二人
三十二話 対峙する二人
ダンタリオンの空間操作で一瞬にしてN市T町にやって来た拳勝たちは、禍対委のメンバーたちを探し始めた。山中に民家が点在する地域で、町自体はかなり広いエリアになるので、どの辺りで戦闘が起きているのか、今いる位置からは掴めなかった。
「手分けして探すの ケンイチを見つけたら私に連絡するの 」
裂姫が全員の顔を見回し号令した時、拳勝が真っ先に手を上げる。
「分かった じゃあ僕はあっちの方を探してみる 」
拳勝は北の方角に駆け出していた。それを見て残った面々は、それぞれ別の方向に走り出す。拳勝は実は本部に問い合わせた時、剣市の向かった場所をもっと詳しく聞いていた。T町の北部。そこでガーゴイルと戦闘している筈だった。
・・・裂姫ちゃんより先に剣市に会って、剣市に裂姫ちゃんに謝罪して行動を改めるように言わせないと ・・・
剣市が無敵の”白菊”を持っているとはいえ、裂姫と戦って勝てるとは思えなかった。剣市の超技能”高速の剣”でも裂姫の動きを捉えられるとは考えられない。裂姫は”白菊”を剣市に譲る時にした約束を必ず実行する。裂姫には、そんな冷酷さも備わっていた。拳勝は駆け続け、前方にガーゴイルと戦闘している禍対委のメンバーを発見した。
「うおぉぉぉーー 」
拳勝は加勢するため超技能を解放し、拳を叩き込んだ。ガーゴイルは、いきなり飛び込んできた拳勝に気付き、咄嗟に身をかわしたが、左の翼に拳勝の拳がヒットし、翼が血飛沫をあげてもぎ取られる。その体勢を崩したガーゴイルにさらに拳勝は追撃の拳を叩き込んだ。
バキャッ!
鈍い音がしてガーゴイルの頭部がトマトのように砕け散った。
「ふう 剣市は何処か分かるか 」
息を乱しながら拳勝は禍対委の隊員に尋ねると、剣市さんはこの先にいると指差してくれた。ありがとうと拳勝はまた走り出し、前方の住宅の前に剣市の姿を発見した。剣市は一人で数体のガーゴイルに囲まれていたが慌てる様子もなく”白菊”を構えている。剣市の正面のガーゴイルに目をやった拳勝は息を呑んだ。ガーゴイルは小さな男の子を抱えて、ニヤニヤと笑っている。人質を手にしている以上、剣市は何も出来ないと笑っているようだ。拳勝は森の中に入り少しずつ進み、ガーゴイルの死角から飛び出し男の子を救う考えだった。
・・・剣市、早まるなよ ・・・
拳勝は男の子を抱えているガーゴイルに森の中から近付いていく。
・・・森の外れまで行ったら紅葉の”縮地”を使って男の子を奪い返す それまで動くな、剣市 ・・・
しかし、拳勝の願いは空しく剣市は人質をとったガーゴイルに向かって間合いを詰め”白菊”を上段に構える。ガーゴイルを人質諸とも一刀両断にするつもりだ。
・・・剣市の超技能”高速の剣”っ! 駄目だっ! 間に合わないっ! ・・・
”縮地”を使っても男の子を救うには時間が足りなかった。
ズバァァァッ!!
血飛沫が上がりガーゴイルが一刀両断されていたが、そこに男の子の姿がない。
・・・えっ、どうしたんだ? 男の子は…… ・・・
拳勝が辺りを見回すと、裂姫が男の子を抱きかかえて立っていた。裂姫はおそらく始めから自分をつけていたのだろう。怪しいと思われていたのだ。そして、男の子が危ないとみると、男の子を助けに飛び出したのだ。裂姫のスピードならば、それが可能だった。拳勝は、男の子が助かった事は喜んだが、裂姫が来てしまった事には動揺していた。そして、案の定裂姫は恐ろしく冷たい瞳で剣市を見つめている。
「ケンイチ、今、何しようとしていたの? 」
「敵を…… ガーゴイルを倒そうとした 当然だろう 」
剣市も緊張した目で答える。
「私には、この男の子も一緒に斬ろうとしたように見えたの 」
・・・まずいっ 剣市、上手く誤魔化してくれ ・・・
拳勝は心の中で思っていたが、剣市ははっきりと答えてしまう。
「その通りだ、裂姫ちゃん ガーゴイルを倒す為に邪魔な物は一緒に斬る この”白菊”なら何でも斬れるからね 」
「それが、良いことだと思っているの? 」
「当然だろう 敵を倒して早く平和な世の中にするのが俺の仕事だ 邪魔な物は全て斬る この”白菊”は、それに答えてくれる素晴らしいカタナだよ こんな凄いカタナを譲ってくれた裂姫ちゃんには感謝している 」
「私が”白菊”を譲った時に言った言葉を憶えているの? 」
「ああ、憶えているよ この”白菊”を悪い事に使ったら許さないって言ってたね 」
「許さないじゃない、殺すの 」
裂姫は男の子を放し、あっちへ行っていなさいと拳勝を指差す。男の子は一目散に拳勝の元に走ってきた。そこへ、紅葉も銃鬼と共にやって来る。紅葉は、泣きべそをかいている男の子を抱きしめ、優しく頭を撫でながら、険悪な表情で向き合っている裂姫と剣市を見つめていた。
「千里ちゃんが言ってた、あの噂…… 本当だったんだね 」
紅葉がポツリと呟いた。拳勝は紅葉の悲しそうな顔を見て、剣市のバカやろうと思いながら、早く土下座して謝ってしまえと心の底から思っていた。