三十話 悲劇の始まり
三十話 悲劇の始まり
千里は支部内で拳勝を見つけると走り寄って来た。
「先輩 良くない噂を耳にしたんですが、先輩も聞いていますか? 」
拳勝は嫌な予感がしたが、何だろうと、とぼけてみせる。
「剣市さんが民間人を平気で殺しているって もう数十人犠牲になっているって噂ですよ 」
数十人。さすがにそこまではいってないが噂はどんどん大きくなっているようだ。あれから拳勝は剣市に接触を試みていたが、タイミングが悪く未だにすれ違いが続いていた。もっとも、以前からお互い主力隊員の二人はそれほど顔を合わせる機会がなかったが、それでもたまには一緒に酒を飲んだりしていたのだが、その機会も失くなっていた。
「いや、横山くん それは少し大袈裟だな 確かに何回かの禍獣討伐で民間人が犠牲になったけど、それはやむを得ない犠牲だったと聞いているよ 」
「でも、私 剣市さんの部隊の隊長・高山さんがこぼしているのを聞きました 人質を助けようともせず禍獣諸とも斬り捨てたって 」
「剣市には剣市の考えがあったと思うけどな 」
「私は先輩に、人の命が最優先 人の命を守る為に私たちがいると教えてもらいました 私もその通りだと思います 」
そう千里に言われ拳勝は言葉が出なかった。その時、おーい拳勝と呼ぶ声が聞こえた。振り向くと紅葉だった。拳勝は、助かったとホッと息をする。
「これから、お酒の納品に行くんだけど量が多いから手伝ってくれない? 」
普段なら渋い顔をする拳勝だが、この時は喜んで紅葉の頼みに即OKする。
「えっ本当にいいの? 」
逆に頼んだ紅葉の方が驚いていた。
「紅葉さん、私もお手伝いしますよ 今日はもう任務は済ませましたので 」
「えっ千里ちゃんも 」
「はい、喜んで それと禍対委の車両借りましょうよ バイクだと大変なので 」
紅葉は、これも自分の人徳だろうと大いに勘違いし鼻の穴を膨らませていた。
「よーし、それじゃゲーデ教団までレッツゴー 」
「えっ、納品ってゲーデ教団なの 」
拳勝は不安になるが、紅葉は上客であるゲーデ教団は素晴らしいと誉めちぎる。
「私たちを助けてくれた方のいる教団ですよね 」
千里もきちんとお礼を言わなければと言い、拳勝にもお礼は言いましたかと確認してくる。
「何でも今日はパーティーをやっているから、早く持ってきてくれと言うんだよ 凄い酒飲みが二人いるらしくて前に納品した分がもう失くなりそうなんだって 」
「いやいや、どれだけ酒飲みなんだ おい、紅葉 全部売らないで僕が飲む分くらいは残しといてくれよ 」
拳勝が心配になって確認する。
「先にお金払って買えばいいじゃない お金を払ってくれる所が優先なのは当たり前でしょう 」
拳勝がガックリと項垂れる姿を見て千里が、私1本買いますと声をあげた。
「千里ちゃん、こんな奴の為に無理しなくていいのに 」
「私、先輩にも助けてもらったのにお礼をしていなかったので 」
拳勝はがっしりと千里の手を握り締めると、横山くん君は天使だと感極まって言う。
「はいはい、それじゃ出発しますよ 」
紅葉は早く納品しなければ、お得意様を待たしてはいけないと拳勝の尻を叩いた。
* * *
剣市はガーゴイルとファーヴニルの群れに対峙していた。以前は討伐に苦労したファーヴニルであるが“白菊“を手に入れてからは一刀のもとに斬り捨てる事が出来る。剣市は次々にファーヴニルを仕留めていった。まさに修羅のごとき動きでファーヴニルを血祭りにあげていく剣市だが、彼は禍獣だけではなく逃げ遅れて恐怖で動けなくなっている人間も問答無用で斬り捨てていた。その姿はどちらが悪魔なのか分からなかった。
「お願いします お母さんを助けて下さい 」
小さな子供が隊長の高山にすがり付くように懇願する。
「大丈夫だよ 安心しなさい 私たちが助けるから 」
高山は子供の頭を撫で、隊員の一人に安全な所まで連れて行くよう命令した。そして、他の隊員にどこかに逃げ遅れた人間がいるので注意して保護するよう号令する。しかし、けっきょく子供の母親は助からなかった。それも、禍獣に殺されたのではなく、禍獣討伐に邪魔だったという理由で人間に斬り捨てられたのだった。それは、部隊内で内密に処理されたが、多くの隊員が反感を持つ一方、その剣市のとにかく禍獣を倒すという考えに同感する者も現れていた。
* * *
ゲーデ教団にお酒の納品に来た紅葉たちはフールフールに誘われパーティーに顔を出す事になった。
「さて皆様、この時代にこんな素晴らしいお酒を提供してくださった方々です 」
フールフールの紹介で、場がワーッと盛り上がる。その輪の中に裂姫と銃鬼が居るのを見つけ拳勝たちは驚いた。
「あれっ、ケンショウ、モミジ、久しぶりなの 」
二人を見つけた裂姫が手招きする。どうやら凄い酒飲みというのは、この二人の事のようだった。
「裂姫タンには七つの大罪の悪魔を二体も倒していただいて感謝のしようもありません それで次の悪魔が見つかるまで、我が教団で歓待している訳です 」
「裂姫タン? 」
拳勝と紅葉は顔を見合わせたが、裂姫は調子よくグラスをあおっている。その裂姫に、義手のぎこちない動きでお酌をしている教団の男を見て拳勝は驚いた。
・・・ダンタリオン ・・・
裂姫に殺される寸前まで追い詰められた男である。
「あなたは私が相手で良かったの 銃鬼が相手だったら、あなたは殺されてたの 」
裂姫がダンタリオンをバシバシ叩きながら言う。フールフールから銃鬼の次元弾の存在を聞いているダンタリオンは、ははぁと裂姫に頭を下げている。
「先輩、飲んでますかぁ? 」
いつの間にか千里がすっかりできあがって、拳勝に絡んでくる。
「私は剣市さん、見損ないました 先輩が何と言おうと私は平気で人を殺す人は許せないです 」
千里は酔った勢いで大声で騒ぐ。紅葉もなになにと耳を寄せてくる。
「横山くん、静かに 少し酔いすぎだろう 」
拳勝は、剣市の事が裂姫の耳に入らないか気が気でなかった。裂姫は、剣市に自分のカタナ”白菊”を譲った時に、もしこのカタナを悪い事に使ったら殺すと言っていた。もし、裂姫が現在の剣市の行いを知ったら間違いなく殺すだろう。裂姫は容赦のないところがある。そして、そうなった裂姫を止める力は拳勝にはない。この時ばかりは早く裂姫に酔い潰れて欲しいと切実に願っていた。