三話 銃鬼と裂姫
三話 銃鬼と裂姫
・・・くそっ 紅葉だけでも助けないと ・・・
拳勝はなんとか前に倒れている紅葉を助ける方法はないかと思案する。時間はない、今すぐにでもファーヴニルが飛び掛ってくる。
「おいっ 紅葉っ 起きろっ 」
拳勝が声を掛けると、紅葉はうーんと反応した。そして、目を開き自分と周囲の状況を確認する。
「ちょっと、何これ もう私たち駄目じゃない 」
紅葉は絶望し涙を流して泣き叫ぶ。拳勝は取り敢えず紅葉が元気な事に安心した。そして、そんな紅葉を助ける為自分を犠牲にして一体ずつ確実に倒していく方法を選んだ。
地面にある小石を掴んだ拳勝は気付かれない様に遠くへ投げる。うまい具合に小石は転がっていたドラム缶に当たり大きな音を立てた。ファーヴニルが音のした方に注意を向ける。
・・・今だっ ・・・
拳勝はここで立ち上がり、まず手前の一体を速攻で倒し、もう一体を何が何でも押さえ付ける。残り一体になれば紅葉一人でもなんとか逃げ切れるだろう。そういう考えだったが、立ち上がろうとした拳勝は、躓いて倒れてしまう。本人が思っている以上に身体にダメージが残っていたようだ。
・・・くそぉっ ・・・
万事休すか、拳勝はファーヴニルがこちらを向きすぐにでも襲ってくるだろうと覚悟したが、何時まで経っても襲ってくる気配がない。
「あれ、誰だろう? 」
紅葉の呟きが聞こえた。拳勝も紅葉の視線の先を見る。そこに二つの人影があった。三体のファーヴニルも倒れている拳勝たちよりその二つの人影に注意を払っているようだ。
その人影はゆっくりと近付いてくる。禍対委の人間ではない、拳勝の見たことの無い顔だった。
一人は190センチはある大柄で体格のいいがっしりとした男性で長髪に精悍な顔立ちをしている。黒いロングコートのポケットに両手を入れ堂々と歩いてくる。
もう一人は160センチ程度の細身の女性だった。銀髪のショートヘアで、どこか無表情な顔で歩いてくる。白いレオタードのような体にフィットした服で、同じく白いプリーツの入ったスコートに太ももまである白いソックスを穿いていた。
男性の黒に対して女性は白のイメージだ。この女性も臆する事無くファーヴニルに向かって歩いてくる。
よく見ると女性の方は背中に二本のカタナを背負っていた。そして、黒いコートの男性は途中で歩みを止め腕組みし、そこから女性だけが歩いてくる。
・・・一人で戦う気か あのカタナでは無理だ ・・・
ファーヴニルには紅葉のナイフ等の刀剣類や拳銃等の銃器の相性が悪い。硬い体表と粘液で攻撃を弾いてしまうのだ。拳勝のような打撃が比較的ダメージを与えられる攻撃方法であった。
拳勝は立ち上がり女性に加勢しようとするが、まだ身体が思うように動かなかった。
拳勝の心配を他所に女性は背中のカタナの一本を抜く。そして、カタナを構えじりじりとファーヴニルとの間合いを詰めていった。
ファーヴニルの一体が女性に襲い掛かる。その動きは自分の身体にはカタナは効かないと熟知している動きだった。しかし、女性は微動だにせず正面からファーヴニルを迎え撃つ構えだ。
「いけないっ 避けろっ 」
拳勝が大声で叫ぶ。
「えっ 」
「うそっ 」
拳勝と紅葉は自分の目を疑った。女性は襲い掛かるファーヴニルに大上段からカタナを一閃。普通ならカタナの剣戟は弾かれてしまうのだが、ファーヴニルは鼻先から真っ二つに切断され、その身体は血飛沫をあげると左右に分かれ転がった。それを見た残り二体のファーヴニルが怒りを込めて同時に女性に襲い掛かかる。しかし、女性は慌てる事無く迫ってくるファーヴニルの動きを見極め、トンと一歩バックステップすると、まず一体目のファーヴニルの首を刎ねる。そして、そのままカタナを返し、下からもう一体の胴を切断した。
まさに一瞬の出来事だった。女性は無表情のまま、カタナに付いたファーヴニルの血を一振りで落とし背中の鞘に戻すと拳勝たちの方に歩いてきた。
「大丈夫なの あなたたち 」
女性の声は何か感情の無い無機質な声に聞こえたが、拳勝たちはこの華奢な女性が三対ものファーヴニルを瞬殺したことに驚きを隠せなかった。
「ありがとう 助かりました 私は二条紅葉、こっちは拳勝 あなたは 」
「私は裂姫 」
「俺は銃鬼だ 」
いつの間にか近くに来ていた黒いコートの男性も名乗る。近くで見るとこの男性から、名前の通り鬼の様な威圧感を二人は感じた。
「あのファーヴニルを簡単に切り倒すとは、腕前もそうですがカタナも凄いですね 」
拳勝が裂姫にお世辞ではなく本心から言うが、裂姫は無表情で何も答えない。
「そ、その格好 天使みたいで可愛いですね 」
紅葉が取り繕うように裂姫に言うと、それまで無表情だった裂姫がニコリと笑い返す。
「そうなの よく殺戮の天使って言われるの 」
そして、嬉しそうに紅葉の手を握る。紅葉は、それ褒めてるわけじゃないと思うけどと手を引こうとするが裂姫は紅葉の手を離さない。
「私のカタナは超振動ブレード”白菊”っていうの 切れないものはないの 」
それまでの無表情で無口な印象とは打って変わり紅葉に向かって嬉しそうに喋り出す。
「はははっ どうやら、あんた 裂姫に気に入られたようだな 」
銃鬼が笑いながら紅葉に向かって言う。最初の印象とは違い、この男、銃鬼も案外いい奴なのかもしれないと二人は思った。
そして、この娘は利用出来ると思った紅葉は、お互い連絡取り合いましょうよと携帯の番号を交換する。
それを見ながら拳勝は、僕の次はこの女性か、まったく紅葉の奴抜け目ないと思いながら口には出さなかった。