二十九話 禍対委の暴走
二十九話 禍対委の暴走
その日、郊外の住宅街へ禍獣討伐に向かっていた禍対委の部隊が帰還した。ガーゴイルやファーヴニルを相手にした激戦だったらしい。隊員や住民に犠牲者が出てしまったと報告があった。拳勝は今回、待機指示が出ており支部で仲間の帰りを待ちわびていたが、犠牲者の話を聞くと毎回憂鬱になるのは否めなかった。とはいえ禍獣を相手に戦闘を繰り広げるわけなので、犠牲者が出ない方が珍しい。今回の犠牲者の数も、統計からみれば平均的で特に多いという印象はなかったが、今回目を引いたのは民間人の住民に犠牲者が出た事である。
禍対委は住民を守るために出動するので、住民の命が最優先であるにも関わらず今回犠牲者が出てしまった。しかも、それが小さな女の子だった事で部隊は重苦しい雰囲気に包まれている。今回の部隊の隊長、髙山が支部長に呼ばれて説明を求められたのは当然の事といえた。
「今回の出動で民間人の犠牲者が出たのは如何なる理由からなのか説明してもらえるかね 」
高山の説明では、やむを得ない犠牲だったと強調する。もし、あの局面で民間人の命を最優先すれば他の民間人のみならず我々の被害も拡大し、かつてない被害が出たのは間違いないと主張した。犠牲になった女の子には申し訳ないが、今回の件については寛容な処分でお願いします。と高山が頭を下げ支部長室から退室してきた。
「どうでした? 高山さん 」
待ち受けていた拳勝が高山に声をかける。
「ああ、今回は頭を下げて不問としてもらった 」
しかし、と高山は渋い顔である。今回は明らかにこちら側の暴走である。ガーゴイルに人質を取られてしまったのがまず第一の失敗。それが禍対委のメンバーならば、まだしも民間人であったのが第二の失敗。そして、隊員の一人が人質がいるのに関わらず、そのガーゴイルを人質諸とも斬り棄ててしまったのが最大の失敗だった。
「奴は自分のしたことを間違っていないと思っている 拳勝、お前は奴と仲が良いだろう 少し諌めてやってくれないか このままではいずれ大変な事になりそうだ 」
「分かりました 僕も剣市の事が心配なので話してみます 」
そう答えた拳勝だったが、その後緊急の召集があり禍獣討伐に出動したため剣市に会うことは叶わなかった。
* * *
「不味いな、剣市 どうする? 」
「問題ないですよ、隊長 俺の“白菊“に斬れないものはありません 」
「何を言っている 人質がいるんだぞ 」
「人質 そんなものは関係ありません 禍獣を倒す それが俺の使命ですから 」
「違うぞ、剣市 命を守る それが私たちの使命だ 」
「命を守る為には禍獣を倒すのが一番でしょう 奴らがいなくなれば誰も命の心配などしなくてすむ 」
「違う、お前は間違っている まず命を守る事が最優先だ お前は、あの小さな女の子を見殺しにするつもりか 」
「敵に捕まってしまった以上、仕方ありませんね どんな戦いにも犠牲はつきものです 」
「お前は、あの女の子の親の事を考えたのか 子供の無事を必死に祈っている筈だ いいか、佐瀬に銃で狙ってもらう 暫く待て、剣市 」
「無理ですね 佐瀬さんの腕では動き回るガーゴイル、さらに暴れている人質を避けて狙撃するなど不可能です 一発で仕留められなければ結局、人質は殺されますよ それに時間が経てば奴らの仲間が増えてきます 被害はどんどん大きくなるでしょうね 」
剣市の言葉に高山は何も言えなくなっていた。
「見てくださいよ、あのガーゴイルの得意そうな顔 あの顔を見てると虫酸が走る 人質など何の意味もないという事を思い知らせてやる 」
剣市は“白菊“を構えると、人質をとったガーゴイルに近付いて行く。
「やめろっ! 剣市っ! 」
高山が叫ぶが、剣市はガーゴイルとの間合いを詰めていく。人質を持ったガーゴイルは嘲笑うように人質の女の子を盾にして剣市と向き合っていた。女の子は恐怖で狂ったように暴れ、泣き叫んでいる。
「頼む、止めてくれ 剣市 」
高山は祈るように叫ぶが剣市は”白菊“を上段に構えジリジリと間合いを詰めていく。間合いに入れば剣市は自分の超技能”高速の剣”でガーゴイルを一刀両断にするだろう。そうなれば人質の女の子も無事で済む筈がない。特に”白菊“であれば人質諸ともガーゴイルを両断する事など造作もない事であった。その時、もう一体のガーゴイルが空から剣市に襲いかかる。が、剣市は体を回転させるとガーゴイルの攻撃をかわし、超技能を発動し一撃で空から襲ってきたガーゴイルを倒した。ガーゴイルは血飛沫を上げて地面に転がった。
「おい、まさか? 」
他の隊員も剣市の殺気に気付き、人質ごと斬る気なのかとざわつき始める。
「隊長、不味いぞ 止めないと 」
「分かってる 剣市、やめるんだ 」
高山が飛び出し、剣市を押さえ付けようとするが、剣市はその高山に”白菊“の切っ先を向ける。
「隊長 邪魔するなら隊長も斬りますよ 」
剣市の気迫に高山は動きを止めてしまった。そして、剣市はガーゴイルとの間合いに入る。女の子はガーゴイルよりも”白菊“を上段に構えて目前に迫った剣市に恐怖しているようで、大きく目を見開いて大粒の涙を流し顔を強張らせている。
「ダリャッ! 」
剣市の掛け声と共に”白菊“が振り下ろされる。ガーゴイルは盾のように人質の女の子を掲げるが、その女の子共々”白菊“はガーゴイルを真っ二つに斬り裂いた。激しく血飛沫が上がり二つの亡骸が地面に転がった。
「やっちまった…… 」
隊員の一人が呟くが、人質毎斬り捨てられた仲間を見たガーゴイルは一斉に退却の姿勢をとる。そこにすかさず銃撃が浴びせられガーゴイルの3分の2を討伐する事に成功した。結果だけみれば少ない犠牲で成果を挙げることに成功した訳だが、民間人の女の子の犠牲は隊員の心に重くのし掛かっていた。そして、その悲劇はこの一回に留まらずこれからも起きていく事になる。