二十八話 【暴食】ベルゼブブ
二十八話 【暴食】ベルゼブブ
裂姫の炎の渦がリヴァイアタンに襲いかかり、その体を炎で包みそのまま渦の勢いでリヴァイアタンを海上まで押し上げていく。かたやリヴァイアタンの放った黒い球体は裂姫に向かって海中を高速で進んでいく。
「ゴハァッ 」
リヴァイアタンが海中から海上へ引き出された。
「うわぁ 」
その時、裂姫も海中でリヴァイアタンの放った禍々しい漆黒のエネルギー体に捉えられていた。が、しかし裂姫は“向日葵“を縦横無尽に振り回し無理矢理球体を突き破る。球体を粉砕した裂姫はリヴァイアタンを追って海上に飛び出した。リヴァイアタンは炎に包まれたまま海上でもがいていた。
「さあ、もう終わりなの 直接触れなくてもあなたを倒す技はいくらでもあるの 」
裂姫は笑みを浮かべ”向日葵”を構えリヴァイアタンに狙いをつける。が、咄嗟に身をかわすとゲーデ教団の船上に着地する。裂姫のいた場所には空中から黒い閃光が貫いていた。
「おやおや、お嬢ちゃん いや裂姫タンでしたか ずいぶんはしたない格好ですな 」
フールフールが裂姫の姿を見て呆れたように言う。裂姫は、リヴァイアタンの放ったエネルギー体から抜け出した際、衣服は全て破れ剥ぎ取られ全裸になってしまっていた。しかし、裂姫はフールフールの言葉などまったく意に介せず、リヴァイアタンではなく空の一点を見つめている。
「何時までも姿を隠していないで、いい加減出てきたらどうなの 」
裂姫の見つめる一点に向かい銃鬼がデザートホークの引き金を引く。すると何もないと思われていた空中に穴があき血が流れる。
「ほう、私の体を傷つけるとは…… リヴァイアタンを追い詰めるだけのことはありますね 」
何もない空中から声が聞こえ、徐々に何かが現れてくる。それは、人の体に蝿の頭が付き蝿の羽で空中に浮かんでいる悪魔だった。
「あの醜悪な姿は悪魔ベルゼブブですね 私は虫が嫌いなので、あの姿を見ただけで虫酸が走ります 」
フールフールはまるで落ち着いて感想など述べているが、信者たちはリヴァイアタンだけでなくベルゼブブまでも現れ、この世の終わりだというように恐怖に顔を歪め震えていた。
「【暴食】のベルゼブブか 捜す手間が省けて助かるな 」
銃鬼が再びデザートホークの引き金を引こうとした時、ベルゼブブが呪文を放つ。
「聳え立つ、ベルリンの壁…… 」
ベルゼブブの前に、嘆き悲しむ巨大な血塗られた壁が現れデザートホークの射線を塞ぐ。
「慌てるな人間 矮小な貴様らの相手など何時でもしてやる それよりも今はリヴァイアタン、お前だ ククク、無様な姿だな 今、引導を渡してやる 」
「貴様、ベルゼブブ この時を狙っておったのか 」
どういう事なのと裂姫が疑問に思うが、フールフールは当然の成り行きだと平然としている。
「悪魔と云うのは自分一人”個”が一番なのです 隙があればそれが誰であろうと排除するのが当然といえましょう 」
フールフールの言葉に納得したわけではなかったが裂姫と銃鬼はしばらく様子を見る事にした。
「ククク、いかな私でも貴様のテリトリーである海中では相手をするのに手に余る まさかこんな小娘にやられて海上に姿を現すとはな 私の部下に見張らせておいて正解だったわ 」
ベルゼブブは再び呪文を唱えた。
「煉獄より出でし棘よ、愚かなる者を拘束せよ 」
と、突然現れた無数の巨大な棘がリヴァイアタンに絡み付き、その動きを封じる。
「何、あれ 植物なの? 」
裂姫が能天気に呟くが、銃鬼が律儀に答える。
「あれは地獄の植物を召喚したものだろう 近くの者を捕えて焼き付くして補食する煉獄の植物だ 」
「なんだ、ただの雑草なの 」
「これで、リヴァイアタンが倒れてくれれば残ったベルゼブブを倒せば、一度に2体の悪魔を排除できて効率的だな 」
二人の会話を聞いていたフールフールは、いったいこの二人は何者なのかと以前にも増して疑問に思った。間違いなく普通の人間とは思えない。それに羞恥心というものがないのですか、この娘は。フールフールは素っ裸で腰に手を当てどうどうとしている裂姫に、自分の方が恥ずかしくなってきていた。
「お、お嬢ちゃん…… 」
フールフールがおそるおそる声をかけると裂姫にじろりと睨まれた。
「あ、いや 裂姫タン その格好では風邪をひきますぞ 教団の服ならあるのでお貸ししますよ 」
「そんな動きにくい服、要らないの このままで大丈夫 心遣い、ありがとうなの 」
そう言われては次の言葉がないフールフールだった。裂姫は、地獄の棘に巻き付かれ炎に包まれているリヴァイアタンよりベルゼブブの方に目を向けている。そして、裂姫はベルゼブブに飛びかかろうとタイミングを計っていた。まず、立ちはだかるベルリンの壁を粉砕し、その後ベルゼブブに一太刀与える。ベルゼブブがリヴァイアタンに意識を集中した時がそのチャンスだった。
「我に仇成す愚かな者よ 腐れよ 」
ベルゼブブがリヴァイアタンに向けて腐敗の魔法を放った。リヴァイアタンの体がぐずぐずと崩れていく。
「ふはは 終わりだ、リヴァイアタン 」
が、リヴァイアタンの大きく開いた口から青白い水流がまるで光線のように噴き出した。ベルゼブブは慌ててベルリンの壁を移動させ自分を守ろうとするが、リヴァイアタンの放った水流は、4000気圧、音速の3倍といわれる水圧カッターのように簡単にベルリンの壁を切り裂いた。辛うじてリヴァイアタンの攻撃をかわしたベルゼブブだったが右腕を肩口から切断されていた。しかし、リヴァイアタンの反撃もここまでで、リヴァイアタンはぐずぐずに崩れ、もうその姿は失くなっていた。
「素直に倒れればいいものを余計な事をしてくれましたね 」
片腕を失ったベルゼブブが憎々しげに呟いたが、背後に殺気を感じ咄嗟に身をかわす。
ザシュッ!!
ベルゼブブの眼前を”向日葵”の斬撃がギリギリすり抜けていった。その体勢を崩したベルゼブブの羽を銃鬼のデザートホークが撃ち抜く。そして、ベルゼブブの羽が再生するより早く裂姫が切り裂いた。そのまま裂姫は落下しながらベルゼブブの足を掴んでいた。
「一緒に堕ちるの 」
落下していく二人の下にフールフールが船を躁船し移動させていた。裂姫とベルゼブブは甲板に落下する。
「ぐはっ 貴様ら人間風情が私と対等に立つなど許されん 」
ベルゼブブは落下の衝撃からヨロヨロと立ち上がるが、ベルゼブブの周りはゲーデ教団の信者でぐるりと囲まれていた。
「はーい、皆さん 今なの 」
元気な裂姫の合図で教団の信者が一斉にベルゼブブに向けて何かを噴射する。
「ぐわぁぁ、なんだこれは体が溶ける 」
「もう、あなたたち悪魔は過去の遺物なの これは殺虫剤、あなたが権勢を誇った時代にはなかった物なの あなたには特に良く効果があるの 」
裂姫が大きく口を開け残酷に笑う。フールフールは、その裂姫の姿を見てどちらが悪魔なのかと考えずにはいられなかった。
「く、苦しい 息が出来ぬ 」
ベルゼブブは甲板に倒れ動かなくなっていた。その体も溶けてしまい原型を留めていなかった。
「本当に恐ろしいのは人間なの あなたたち悪魔も人間の恐ろしさに畏怖するといいの 」
裂姫の言葉が海上を渡る風に飛ばされていく。七つの大罪の悪魔。残るは5体。しかし、七つの大罪の悪魔だけが敵ではない。この世界の深淵を塞がなければ未来が続くとは思えなかった。
「それでは、裂姫タン そろそろ服を着ましょうか 」
フールフールが目のやり場に困ると云うように再び提案した。
「それより、モミジから買ったバーボンは持ってきてないの? 」
「おお、そうだな さっそく勝利の乾杯だ 」
裂姫と銃鬼の言葉に呆れながらフールフールは紅葉から入手したバーボンを振る舞う。信者たちも交えて船上で酒盛りが始まった。フールフールはその酒盛りの最中、一人気付かれないように抜け出し通信室に籠ると、周囲に気を配りながら連絡していた。
「リヴァイアタンとベルゼブブの討伐に成功しました やはり、あの二人は只者ではないですね 残り5体 居場所は把握しております あの二人を利用すれば意外に早く片付くかも知れませんな あとは”四凶”ですかこちらは早く探索しませんと 」
フールフールは通信を切りながら笑みを浮かべた。こちらの思惑通りに事が進んでいる。フールフールは紅葉から購入した取って置きのバーボンを手にすると甲板に向かって口笛を吹きながら歩き出した。