二十六話 【嫉妬】リヴァイアタン
二十六話 【嫉妬】リヴァイアタン
裂姫と銃鬼は公言通り七つの大罪の悪魔、嫉妬のリヴァイアタン討伐に向かう。海の悪魔でもあるリヴァイアタンはおそらく海中の深淵に潜んでいるのは明白だが、この広い海の何処に深淵が口を開けているのか、それを探すのが至難の技だった。だが、あのリヴァイアタンの力の影響を受けたと思われるダゴンが現れた事から、その近くの海底に深淵が口を開けていると推測できる。
「今回は拳勝と紅葉は待機していてくれ お前らでは海中の戦闘は難しいからな 」
「拳勝、紅葉を頼むの 」
二人は近所に散歩にでも行くような軽い口調で告げると海中に入って行く。その時、裂姫が振り向いた。
「嫉妬の大罪に対する美徳は”感謝”なの 紅葉も感謝するの 」
ぷぷっと笑いながら裂姫は海の中に入っていった。
「な、何? 裂姫ちゃんは何が言いたいの? 」
紅葉は戸惑った顔をするが、拳勝は尤もらしい顔で紅葉を見つめる。
「紅葉もたまには人に感謝しろって言いたいんだよ 分かるだろ 」
そう言いながら拳勝は爆笑する。紅葉は、プウッと頬を膨らませた。
* * *
「さて、どうするか この間のダゴンみたいに向こうから出向いてくれると有難いんだがな 」
「悪魔は人間の恐怖が大好物なの 紅葉、連れてくれば簡単に誘き寄せられたの 」
「こらこら、何て事言うんだ裂姫 紅葉は…… 」
「うん、分かってるの 」
裂姫と銃鬼が潜っている海の海上に1隻の船舶が航行していた。船の中には大勢の人間の姿がある。その中にフールフールの姿があった。
「我ら教団も協力すると申したというのに、まったく当てにしてくれないとは一抹の寂しさを感じますね 」
フールフールは一人ぶつぶつ呟きながら甲板を歩き回る。
「この広い海洋で一体の悪魔を見つけるなど不可能ですよ 頭を使いませんとね それに多少の犠牲もやむを得ません 」
クククとフールフールは残酷な笑みを浮かべ、この船に乗せられた信者たちを見回す。信者たちは真っ直ぐ前を向いて穏やかな笑顔で甲板に立っていた。
「どうやら、この辺りが深淵の真上に当たるようですね それでは始めますか 」
フールフールは信者に指示を出し、数名を透明な箱の中に入れる。そして、それを船に装備してあるクレーンでつり上げると、そのまま海の中に下ろしていった。海中に降ろされた信者は、さすがに箱の中で慌て始めるが、狭い箱の中で海中ではなにもする事が出来ない。その内に箱の中の酸素が欠乏してきた。信者たちは喉を、胸を掻きムシリ苦しみだす。その、信者たちから発する苦しみと恐怖の波動が海中に発散された。それは、裂姫や銃鬼たちにも感じる事が出来た。
「これは、何が起こっているの? 」
「何処かで人間が苦しんでいるようだが…… 」
「拳勝や紅葉が泣き叫んでいるわけではないの 」
二人が海中を進んでいくと、箱の中に閉じ込められた人間を発見した。
「何これ? 何があったの? 」
「とにかく海上に上げるぞ 」
二人が箱を海上まで持ち上げ顔をだすと、船上にフールフールの姿を見つけた。二人は船上に乗り込むとフールフールに詰め寄る。
「おじいさん、何て事してるの 返答次第ではもう一本の腕ももらうの 」
「怖い怖い、お嬢ちゃん 私はあなた方の手助けをしているのですよ 」
「手助け? 」
「そうですよ この広い海原でリヴァイアタンを見つけるのは至難の技 そこで人間の恐怖を発散させて誘き寄せようという算段です どうです、合理的でしょう 」
が、裂姫は”向日葵”を抜きフールフールに突きつける。
「そんな事で人間を苦しめるのは許さないの ここで、もうこんな事はしないと約束しなさい それに私の事は今後お嬢ちゃんではなく裂姫タンと呼ぶの 」
「はっ? ま、まあよろしいでしょう、裂姫タン それより、リヴァイアタンが現れましたよ 」
フールフールの指差す海上が大きくうねりを上げ盛り上がっている。そして、ザパァと海の中から巨大な海蛇のような悪魔が姿を現した。目は赤く輝き大きく裂けた口には無数の鋭い牙が並んでいる。そして、黒い鱗に包まれた体から巻き放たれる邪悪な波動は近くの生物の生気を吸い取るように広がっていった。
「みんな、恐怖に呑まれてはダメなの あんな蛇、何も怖くないの 」
それでも、船上の信者たちは目の前に迫りくるリヴァイアタンの巨体に恐怖を覚えずにはいられなかった。
「ひ、ひぃぃぃ 」
逃げ場のない船上で信者たちは手を合わせ震えながら自らが信じる神に祈る。奇跡が起きる事を信じて……。そんな信者をかき分け裂姫は船首に立つとリヴァイアタンを睨み付けた。
「あなたは七つの大罪の悪魔【嫉妬】のリヴァイアタンで間違いないの? 」
「ほお、私を知りながら私の前に立つか その意気や良し お前はさぞかし美味な馳走になるだろう 」
「残念 私があなたを喰らうの 」
裂姫は”向日葵”を抜いてリヴァイアタンに斬りかかるが、リヴァイアタンはその巨体に似合わず敏捷な動きで裂姫の高速の剣撃をかわした。裂姫は海中に落下するが、そのままリヴァイアタンに海中から斬りかかった。リヴァイアタンも海中に潜り裂姫に向かって口から水の渦を吐き出す。
「うわぁぁぁ 」
裂姫は渦に巻き込まれ、激しい勢いで回転していた。その渦に巻き込まれた魚や海底の岩などはバラバラに粉砕されていく。
「ほお、私の海流”螺旋”に巻き込まれて体がバラバラにならないとは、なかなか丈夫な娘であるな 」
感心したように呟いたリヴァイアタンは、さらに強力な”螺旋”を吐き出す。裂姫の体が海中であらゆる方向に捻られていく。
「海中で私に挑むなど恐れを知らぬ娘だ このまま恐怖に包まれて死ぬがよい 」
リヴァイアタンは巨大な尾を回転させ裂姫に狙いをつける。
「スパイラル 」
リヴァイアタンの尾から発した巨大で高速な渦巻きが、螺旋で痛め付けられた裂姫の体を襲う。