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二十話 次の深淵へ


 二十話 次の深淵へ



 病院で治療を受けた紅葉は、しばらく安静で入院となった。慌てて駆けつけてきた拳勝に裂姫は頭を下げて謝っていた。紅葉は、裂姫ちゃんのせいではないからと、裂姫を庇うが、裂姫は私の責任なのと自分の不甲斐なさを悔いていた。


「それより、拳勝 こっち来て 」


 紅葉に呼ばれた拳勝が、なんだよ仕方ない奴だなあと鼻の下を伸ばしていくと、いきなり紅葉の平手が拳勝の頬に炸裂した。


パアーン


 ひと際大きな音が病室に響き渡る。拳勝は頬を押さえ、どうしてと涙目になっていた。


「あーっ、すっきりした 」


 紅葉が手のひらをヒラヒラさせていると、剣市も見舞いにやって来て拳勝の顔を見ると爆笑した。


「なんだ、拳勝 その手の跡 紅葉ちゃんと喧嘩したのか? 」


「うるさいな、僕は何もしてないよ 紅葉の奴が勝手に怒ってるんだよ 」


 病院の中で痴話喧嘩はやめた方がいいぞと拳勝に言ってから剣市は、裂姫に目を向ける。


「裂姫ちゃん、このカタナ凄いわ この”白菊”のおかげでファーブニルや他の禍獣もあっさり倒せたよ、ありがとう 」


「それは良かったの ケンイチなら使いこなせると思ったの 」


「あれっ、そういえば一緒にいた黒い服のごつい男の人はどうしたの? 」


 剣市の問いに裂姫は顔を伏せ小さく呟く。


「運命とは、最もふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶのだ 」


 それは、いつもの裂姫の口調ではなかった。なぜか寂しげに聞こえ拳勝には裂姫がどこかに消えてしまいそうな儚さを感じた。


「あぁー--っ、それ知ってる 」


 紅葉が突然叫び、自慢気に鼻の穴を膨らませる。


「シェイクスピアの名言だよね 」


 裂姫が、ポカンとしていると紅葉が、今言った裂姫ちゃんの言葉だよと言う。裂姫は、何て言ったかなと思い出しているようだった。そして、ああと頷く。


「うん モミジ、よく知ってたの シェイクスピアの名言と云われているけど出典はわからないの 」


 紅葉は、得意気な顔で拳勝たちの顔を見回す。


「銃鬼は、次の深淵に向かっている筈なの 私たちの使命は深淵を潰す事だから、深淵が私たちに最もふさわしい場所なの 」


 裂姫は、私ももう行くのと立ち上がり”向日葵”を手にする。それを見て紅葉がベッドから起き上がる。


「裂姫ちゃん、私も行く 」


 へっと拳勝と剣市が驚くが紅葉は、すっくと立ちあがり右手を上げ天井を指さすと大声で叫ぶ。


「コギト・エルゴ・スム 我思う、ゆえに我ありよ 」


 全員が固まった。


「モミジ、なぜ今ここでその言葉なの 」


「紅葉ちゃん、意味知って言ってる 」


「紅葉、君、有名な言葉を言ってみたかっただけだろ 」


 全員から白い眼で見られ紅葉の顔が真っ赤になる。


「いいじゃない もう、着替えるから男は出て行って 」


 裂姫がそんな紅葉を指差して大声で笑う。


「モミジ、バカだけど面白いから好きなの 」


 紅葉は、ぷうっと頬を膨らませた。その顔を見て、さらに裂姫が笑い転げる。拳勝は楽し気に笑う裂姫を見て、よかったと思う。そこには少し前に感じた裂姫の儚げな様子は微塵も感じられなかった。

 その後、病院と揉めたが紅葉は強引に退院してしまう。そして、心配する拳勝にこっそりと訊く。


「我思う、ゆえに我ありってどういう意味なの 」


「えっ…… それは、周りの全てが幻だったとしても、それを幻と疑っている自分は確かに存在するという意味だよ 」


「自分はいるに決まってるじゃない、バカなの、その人 」


「デカルトをバカ呼ばわりか 紅葉らしいな 」


 それでも拳勝は紅葉が明るく生きていられれば嬉しかった。紅葉が、裂姫のバイクの後ろで小さくなっていく姿を見送りながら拳勝は早く紅葉を安全なエリアに行かせてあげたいと思いを固くした。


「拳勝、よかったのか 紅葉ちゃん行かせて 」


「ああ、あの人たちと居るのが一番安全だからな 僕ではあのフールフールという教団の奴が来たら紅葉を守れない 」


「時間を止める奴か そんな奴に裂姫ちゃんは勝ったんだよな なあ拳勝、お前、裂姫ちゃんとは友人といってたけど彼女たちは何者なんだ? 俺には普通の人間とは思えないが、このカタナだって普通にあり得ないだろう 」


「すまん、僕もよくは知らないんだ でも、良い人たちだっていうのはわかる 僕は信頼しているよ 」


「カタナを失くした俺に惜しげもなくこんな凄いカタナをくれるんだからな、良い人だよな、俺にもわかる でも、どこか俺たちと違う感じがしてならないんだ 」


 それは剣市に言われるまでもなく拳勝も感じていた。時々、普段は明るい裂姫が見せる孤独な寂し気な表情の裏には何があるのか、気なっている。何か自分たちだけで抱えている。そんな気がして、いつか二人とも何処かに消えて行ってしまうのではないかと不安を感じたりもしていた。

 早く平和な世の中になれば、こんな不安も笑い話に出来るのかな、拳勝はその為に自分ももっと力をつけなければと心に誓った。


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