二話 禍獣ファーヴニル
二話 禍獣ファーヴニル
残り二体か、拳勝は少し離れた場所にいるガーゴイルに見つからないように進み、背後から飛び出し拳と蹴りで瞬く間に二体のガーゴイルを始末した。
「よし これでバーボン頂きっ 」
拳勝が紅葉の方を振り向くと、紅葉が両腕で大きく後ろ後ろというようにジェスチャーしている。なんだ、と拳勝が振り向くと巨大な大蛇が大きく口を開けて飛び掛ってくるところだった。間一髪、地面に転がり敵の攻撃から逃れた拳勝は素早く立ち上がり次の攻撃に備えて注意を払う。
・・・ファーヴニルか 何処に行った ・・・
もちろん襲ってきた敵はただの大蛇ではなく禍獣ファーヴニルだった。ファーヴニルはファフニールとも呼ばれる蛇の禍獣で、獲物を狙う時その口は人間より大きく開き一呑みにする。そして、呑みこんだ後は体内で締め付け骨をバラバラに砕き動けないようにし、ゆっくり消化するのだ。体表皮も固く、ぬるぬるとした粘液で覆われているため通常の武器が役に立たない相手をするのが面倒な禍獣といえた。
「おい、紅葉っ スーツのクリーニング代も頼むぞっ 」
拳勝はスーツの汚れを叩きながら大声を出す。
「バーボン、取り返してくれたら出すわよっ 」
紅葉も大声で答える。と、その声に反応したのかファーヴニルが紅葉に向かって暗闇から飛び出してくる。
「ちょとっ 拳勝、何やってるのっ 」
紅葉が悲鳴を上げて逃げ出した。拳勝は近くに倒れていたガーゴイルの死骸を軽々と持ち上げるとファーヴニルに向かって思い切り投げる。ファーヴニルはそれに気付くと後ろを向き一口で跳んできたガーゴイルの死骸を呑み込んだ。そして、狙いを変え、そのまま拳勝に向かってくる。
・・・よし 来い ・・・
拳勝は拳を構えてファーヴニルを迎え撃つ。そして、ファーヴニルが口を開け拳勝を呑みこもうとした瞬間サイドステップで横に跳び、ファーヴニルの頭部側面に拳を叩き込んだ。しかし、体表を覆う粘液の為、打ち込んだ拳は打点がずれダメージを与えられない。が、拳勝はそのまま前方に跳び身体を回転させるとファーヴニルの胴体に踵を落とす。拳勝の踵落としで地面に叩きつけられたファーヴニルは鎌首を上げ拳勝を睨みつけ長い舌を出して威嚇する。
拳勝は怯むことなくファーヴニルとの間合いに入ると連続で拳を叩き込む。しかし、やはりどの拳もまったく手応えがなかった。
「まったく ツルツルとして嫌な奴だ 」
拳勝はひとり愚痴り、アウトボクサーのようにステップを刻み出す。そして、身体を左右に動かしファーヴニルの右目を狙い集中的に拳を撃ち込む。ファーヴニルは拳勝の集中攻撃を嫌がり、その巨大な身体を伸ばし逃れようとするが拳勝も大きくジャンプし拳を右目に撃ち込む。その時、拳勝は今までと違い確かな手応えを感じた。
「うおぉぉぉーーーっ 」
拳勝は雄叫びを上げ拳を思い切り振り切る。拳勝の拳がまともに入ったファーヴニルの頭部がパーンという音と共に吹き飛んだ。そして、ファーヴニルは地響きを上げて倒れると身体を痙攣させていたが、そのうち動かなくなった。
「紅葉 居るか? 」
拳勝が声を掛けると瓦礫の陰から両手に鈍い光を放つ軍用ナイフを握った紅葉が現れた。
「おいおい、そんな物騒な物持つなよ 」
「何言ってるの あなたが私の方に禍獣を向けるからでしょう 」
紅葉はぷりぷりしながら歩いてきた。
「よーし バーボンを確認しに行こうか 」
「ちゃんと本数数えてあるからね 」
紅葉が拳勝に釘を刺しながら、奥のコンテナの前まで行く。どうやらコンテナは無事のようだった。紅葉は鍵を出しコンテナの扉のロックを解除し、中に入る。拳勝も続いてコンテナの中に入った。紅葉は懐中電灯の光で一つ一つボトルを確認し安堵の息を漏らした。
「よかった、無事みたい 奴ら無理にコンテナを壊そうとしないでくれてよかったわ 」
「さっそく祝杯を上げないか 」
拳勝がボトルを一つ手に取り栓を開けようとすると、何かが飛んで来てボトルの入っていた木箱に突き刺さる。見るとそれはごつい軍用ナイフだった。
「おい 紅葉っ 危ないだろうっ 」
「あなたがふざけた事するからでしょう 」
拳勝が抗議の声を上げるが、逆に紅葉に怒鳴り返される。
「あなたが居ると油断も隙もないわ もう外に出ていて 」
紅葉は拳勝をコンテナから押し出した。拳勝はぶつぶつ言いながら外に出たがそこで息を飲んで足を止める。
「紅葉 君は出るなよ 」
拳勝はゆっくりと足を開き拳を上げ戦闘体勢をとる。紅葉がどうしたのかとコンテナの扉から顔を出し外を覗くと、そこには三体のファーヴニルに囲まれた拳勝の姿があった。一体でも苦戦する敵が三体。拳勝一人では無理……。紅葉は覚悟を決めた。
「おい 出るなと言ったろう 」
コンテナから出てきた紅葉を見て拳勝が言う。
「強がるのはいいけど、お互い死にたくないでしょ 」
そう言うと紅葉はヒールを脱ぎ、手に持った軍用ナイフでタイトスカートを切り裂き戦闘体勢をとる。
「私のスカートはあなたが弁償してよね 」
言うが早いか紅葉は左のファーヴニルに斬りかかる。体表は粘液で覆われているので狙うは目あるいは口。紅葉は超技能”縮地”を使い一瞬でファーヴニルとの距離を詰め右手のナイフを敵の左目に突き刺し左手のナイフで敵の口内を狙う。だがファーヴニルは左目にナイフを突き刺されながらも素早く口を閉じ鋭い牙でナイフを挟み、そのまま首を振り回し紅葉を空中高く放り投げた。
「危ないっ 」
拳勝が紅葉の落下する地点に駆けつけようとするが他のファーヴニルがその前に立ちはだかる。その拳勝の後ろからもう一体のファーヴニルが尾を鞭のように振る。かろうじてその攻撃を避けた拳勝に前にいたファーヴニルが突進し頭突きを食らわすと、そのまま頭を大きく振り上げ拳勝を空中に投げ出す。
なんとか受け身を取った拳勝だったが全身を襲う痛みにすぐに起き上がれずにいた。見れば少し先でも地面に叩きつけられた紅葉が横たわったまま起きれずにいる。
「くそっ 不味いな 」
三体のファーヴニルは倒れた拳勝と紅葉の周りを囲み、ご馳走を前にした猛獣のように口を大きく開け涎を垂らした。禍獣の中には人間を食料とする者も居る。まさにこのファーヴニルがそうだった。
この窮地を脱する為にどうするか、拳勝は必死に頭を回転させた。