十七話 深淵の底へ
十七話 深淵の底へ
土埃をあげて禍対委のワンボックスカーが数台到着した。拳勝と剣市が到着した隊員に報告と指示を出している。紅葉、裂姫、銃鬼は邪魔にならないように脇に避けて作業を見ていた。教団の建物の中から頭と左手の無い阿部と半身が無い宮内の遺体が担架で運び出されてくると紅葉は思わず口を押えた。
「酷い…… なんでこんな事出来るの…… 」
紅葉は遺体の酷い有様にショックを受けていた。裂姫が、モミジ大丈夫なのと紅葉の体を抱きしめる。
「こんな悲劇が二度と起きないように少しでも早く深淵を潰さないとな…… 」
銃鬼が紅葉に向けて、俺たちは深淵に戻るぞと言った。紅葉たち三人はバイクに向かって歩き、こちらを向いた拳勝に手を振る。拳勝も、隣にいた剣市も大きく手を振った。
* * *
再び深淵に戻って来た三人はバイクを降り山中に分け入る。裂姫を先頭に、紅葉、銃鬼と縦に並んで歩いていくと、禍獣の集団を発見した。裂姫が”向日葵”を抜き禍獣に近付いていく。
「カタナ、一本しかなくて大丈夫ですか 」
紅葉が銃鬼に心配そうに言うが、銃鬼は、裂姫はあの”向日葵”がお気に入りだから、あれがあればいいのさと笑いながら言う。いや、そういう問題じゃないと思うと紅葉は突っ込みたかったが、この人たちには常識は通用しないと紅葉は口をつぐんだ。
裂姫は、タンッと禍獣の群れに斬り込むと楽しそうに”向日葵”を振り回す。まるで、踊るような仕草だ。あの”黒い裂姫”の時は、その闇に包まれたものを地獄に落とす悪魔のように見えるが、今の裂姫は確かに以前裂姫が言っていた”殺戮の天使”のように見える。いや、でもどちらも恐ろしい者に変わりないか、紅葉は思わず失笑した。銃鬼は、それを見て、大丈夫か紅葉はという顔をしたが、それは娘を心配する父親のような顔であった。そして、裂姫はあっと言う間に禍獣を倒してしまった。ゴブリンやファーヴニルは裂姫にとっては、なんの脅威にもならない禍獣なのだろう。”向日葵”で斬られた禍獣は激しく燃え上がり、裂姫の頬を照らした。
「おい、裂姫 山に火が燃え移らないように、ちゃんと消せよ 」
銃鬼の尤もな言葉に裂姫はぷうっと頬を膨らませて、綺麗なのにとぶつぶつ言いながら燃えている禍獣に土をかけて火を消し始めた。紅葉も、慌てて手を貸し火が延焼するのを防ぐ。銃鬼も、やれやれと重い腰を上げ土をかけ始めた。
ようやく火を消し止めた三人は、深淵のふちから下を覗き込んだが、その底が見えない深さに紅葉は背筋が凍りつくような恐怖を覚えた。深淵の裂け目は対岸までは十メートルはある。横は遥か先まで見えない程だった。
「どうするの? 」
紅葉が二人に尋ねると、何わかり切った事訊いてるのといった表情で裂姫が深淵の裂け目を指差し、降りるのと言った。
「こんな深さも分らないところ、どうやって? 」
紅葉が驚いて訊き返す。裂姫がさっきと同じ表情をする。
「飛び降りるの 」
まさかと思っていた答えを、案の定、裂姫があっさりと答え紅葉は愕然とした。
「飛び降りるって…… 死んじゃうわよっ 」
紅葉が抗議すると、裂姫と銃鬼は顔を見合わせた。そして、うんと頷く。
「モミジ ほら、あそこなの 」
裂姫が深淵の崖の中間を指差す。紅葉が、何っと目を向けた。
トンッ……
裂姫が軽く紅葉の背中を押す。えっと思った時には紅葉は深淵の中に落ちていた。
「嫌だぁーーっ 死んじゃうぅぅぅーーーっ 」
紅葉は空中でバタバタと手足を動かし涙と鼻水を垂らしながら大声で泣き叫ぶ。
「モミジ 気持ちいいの? 」
紅葉の横に裂姫がいた。一緒に並んで落ちている。
「気持ちいいわけないでしょ こんなのロープのないバンジージャンプじゃない 嫌だぁぁーーっ もう死んじゃうぅぅぅーーーっ 」
手足をバタつかせ涙と鼻水と涎で汚れた顔で大声で泣き叫ぶ紅葉のその姿が可笑しいのか、裂姫は楽しそうに笑い、右手を握ると親指をぐっと突き出した。
「モミジ 最高っ!! 」
・・・拳勝がこの二人といれば一番安全と言ってたけど冗談じゃないわ もし生きて帰ったら絶対ぶん殴ってやる ・・・
紅葉は、拳勝に対する殺意をメラメラと胸に秘め拳を握りしめた。と、その握りしめた拳を裂姫が掴む。
「そろそろお楽しみは終わりなの モミジ、私に掴まるの 」
えっなんでわかるのと思いながら紅葉は裂姫にしがみ付く。すると、裂姫は深淵の壁を蹴り、身体の向きをクルッと変えると今度は対面の壁を蹴った。それを何度も繰り返し、最後はスタッと深淵の底に降り立つ。
「ここが深淵の底? 」
紅葉が辺りを見ると暗闇かと思っていた深淵の底は周囲が薄く青い色に発光している。そして、見上げてみても遥か頭上に一本の線が光っている以外は何も見えなかった。そして、禍獣がいるような気配も感じられないが、紅葉には逆にそれが不気味だつた。
「さてと、ここの深淵の主を探すとするか 」
紅葉たちのすぐ後に降りてきた銃鬼が言うと、両手にデザートホークを構えた。そして、裂姫もスッと”向日葵”を抜き構えると先頭にたって歩き出した。