十六話 善悪の基準
十六話 善悪の基準
教団の信者たちはまるで何事もなかったかのように呪いの儀式が終了すると、奥の扉の中へ消えていった。拳勝たちは不審に思いながら倒れた女性信者を担ぎ教団の建物から外に出ると、禍対委に救援の要請の連絡を入れた。
「ありがとう、裂姫ちゃん 君が来てくれなかったら僕たちは殺されていた 」
「うん ケンショウが泣き叫んでたから来たの モミジたちも、もうすぐ来るの 」
拳勝が苦笑いしながら裂姫と話していると、指に包帯を巻いていた剣市が割り込んでくる。
「拳勝の知り合いなのか? 」
拳勝が友人だと言うと裂姫は嬉しそうに微笑んだ。
「それにしても凄いな 俺たち二人が手も足も出なかった奴を瞬殺だもんな…… 裂姫ちゃんでいいのかな 」
「うん、大丈夫 あんなに悪い奴は殺したかったの 」
裂姫が残念そうに呟く。
「裂姫ちゃんって怖いね 」
剣市が冗談ぽく言うが、拳勝は裂姫の恐ろしさも解っていた。裂姫は禍獣だけに限らず人間でも悪だと判断すれば容赦ない。そして、裂姫が本気になれば人間で対抗できる者はいないだろう。あの時間を止めるフールフールでさえ敗北した。想像したくないが、もし裂姫が敵にまわったらと思うとぞっとした。
「私は、殺戮の天使って呼ばれてるの 」
裂姫は無邪気に剣市と話している。その姿を見て、裂姫が僕たちの敵になるわけがないと拳勝はなんの根拠もないのに思っていた。
そうしているうちに遠くからバイクの音が聞こえ、段々と近付いてきた。そして、二台のバイクが猛スピードで突っ込んでくる。
「拳勝、大丈夫? 」
バイクから飛び降りるが早いか紅葉が叫ぶ。銃鬼もバイクから降りてきた。
「裂姫ちゃんに助けられた 」
拳勝は面目ないと紅葉に頭を下げる。まったく、あなた弱いんだから無茶しないでよ。ここに来る途中であなたが私に謝ってる姿が浮かんだから死んだのかと思ったじゃないと紅葉はぷりぷり怒りながらも涙ぐんでいた。
「拳勝 それで何か解ったのか 」
銃鬼が冷静に聞いてくる。
「ええ 教団の目的の一つは深淵の悪魔を倒すことにあるようです ですが、その為には手段を選ばない危うさがあります その助けた女性信者が詳しく話してくれればもっと詳細が解ると思いますが…… 」
「ふん 禍獣を倒すという面では我々と同じ目的というわけか 」
「でも、僕たちも襲ってきましたからね 何か隠している事があるんだと思います 」
「拳勝はこれからどうするの? 」
紅葉が話に割り込んでくる。
「禍対委の救援が来たら、阿部さんと宮内さんの遺体を運んで今日の報告をしなければだな あの女性信者も禍対委に連れて行って保護してあげないと…… 」
「そうか 私は裂姫ちゃんたちと一緒にいていい? 」
「ああ 僕もその方が安心だ 」
紅葉は少し淋しそうに頷いた。ごめん、紅葉、本当は僕が一緒に居てあげたいけど今一番安全なのは、あの二人と一緒に居る事だ。拳勝は心の中で紅葉に頭を下げた。
「おーい、拳勝 裂姫ちゃんが俺にこのカタナをくれるって 」
剣市が大声で嬉しそうに叫ぶ。拳勝と紅葉は驚いて裂姫の顔を見つめた。
「ケンイチもカタナ使いなの それで、さっきの悪い奴にカタナを取られたらしいの だから、あげるの 」
裂姫は、まるで何でもないビー玉でもあげるような軽い調子で答える。
「いいんですか、銃鬼さん あれは貴重なカタナなんでは? 」
「裂姫があげるというなら別にいいさ あれは裂姫のものだからな 」
銃鬼も別に何でもないというように答える。拳勝と紅葉は、あんな凄いカタナを簡単にあげてしまっていいのかと自分の物でもないのに心配になっていた。
「でも、ケンイチ そのカタナを悪い事に使ったら私が殺すの 」
裂姫が剣市をビシッと指差して言うのが聞こえた。
「大丈夫だよ、裂姫ちゃん 約束する 」
剣市は簡単に答えていたが、拳勝は少し不安になった。剣市にとっては善でも、裂姫から見たら悪だった場合、裂姫は容赦なく剣市を殺すだろう。裂姫にはそう云うところがあると拳勝は気付いていた。その時、紅葉が拳勝の手を握ってきた。もしかしたら紅葉も同じ考えが頭に浮かんだのかもしれない。裂姫の中では悪は残らず断罪する。これが最優先の考えのように思われた。善と悪の基準。それは考えや立ち位置によっても変わってくる。禍獣の立場になれば僕たちが悪だ。教団側になっても邪魔する僕らは悪だろう。
「なあ、紅葉 君は自分が善人だと思うか? 」
「私が善人のわけないでしょう 自分の為に盗んできた物をお金に代えているのに…… 」
「そうだよな、僕だって自分がまるきりの善人だなんて思わない 」
「でも、拳勝は善人だと思うよ 私はそう思う だって私や他の人の為に戦っているもの 」
紅葉は握る手に力を入れ、拳勝を見つめた。
「銃鬼さんや裂姫ちゃんにとっての”善”って何だろう? 」
拳勝は思わず頭の中の考えが口に出てしまった。紅葉もやはり同じ事を考えていたようで不安そうな顔を拳勝に向けていた。
「そのカタナは”白菊”とゆうの 白菊の花言葉は”真実” でもケンイチの好きな名前に変えていいの 」
「いやいや 名刀•白菊って、格好いいじゃない それに”真実”って意味もいいな 俺もそのままの名前で使うよ 」
裂姫と剣市は仲良さそうに話している。銃鬼も腕を組み、その二人を遠くから何も言わず見つめていた。