十五話 黒い闇
十五話 黒い闇
紅葉は、裂姫と銃鬼の険しい顔を見て不安になった。
「ケンショウ 教団の何処の支部に行ったの 」
紅葉が裂姫におおよその住所を伝えると、銃鬼が素早く距離を計算する。
「直線で二十キロ位か 」
裂姫はチラリとバイクを見た。
「バイクは諦めろ、裂姫 」
「うん 」
銃鬼の言葉に裂姫は頷くと地面に両手を突き腰を落とした。まるで陸上選手のクラウチングスタートのような姿勢をとる。そして、裂姫の髪が銀髪から黒へと変わり、その服も白から黒へと変わった瞬間、文字通りロケットのように飛び出していった。銃鬼の後ろで衝撃波を避けていた紅葉に銃鬼はいたわるように話しかける。
「心配するな、紅葉 裂姫なら一分かからずに拳勝の元に行ける 」
そう言いながら銃鬼はバイクに跨った。
「俺たちも行くぞ 」
うんと頷くと紅葉もバイクに飛び乗り、セルを回しアクセルを開けた。
「バイクだと二十分位か 飛ばすぞ、紅葉 」
二台のバイクも裂姫を追って飛び出した。
* * *
ダンタリオンは拳勝と剣市を微笑みながら見つめる。
「これ以上床を汚したくないのですが仕方ありませんね 」
そう言いながらダンタリオンは、くくっと小さく笑い出した。
「何故、私が自分の超技能の話をしたと思いますか あなたたちをここで始末するからですよ 」
「剣市っ 動けっ 同じ位置に居るとやられる 奴に位置を特定させるな 」
拳勝と剣市の二人は素早くランダムに動きながら攻撃の隙を伺う。が、ダンタリオンに近付くことさえ出来ずに二人は徐々に追い詰められていった。そして、ついに壁際まで追い込まれてしまう。
「くそっ 不味いぞっ 」
「剣市 お前の方が足が速い 僕がここで出来るだけ此奴を止めるから、お前が逃げろ 奴の空間操作は転移とは違う 奴の知らない場所へ逃げ込めば見つからない筈だ 」
「いや、逃げるのは拳勝、お前だ お前には紅葉ちゃんが居るだろう 紅葉ちゃんを幸せにするのがお前の夢だと言ってたじゃないか 遠慮するな、早く行け 」
「何をこそこそ相談しているのか解りませんが、そろそろ呪いの儀式の終わりの時間です あなた達の始末も終わりにしたいと思いますが 」
ダンタリオンは両手を上げ、まるで指揮者がタクトを振るように腕を躍らせる。その動きに合わせて空間の裂け目が現れては消えた。拳勝と剣市は、その縦横無尽に襲い掛かる凶悪な裂け目からギリギリ逃げられていたが……。
「うわぁっ 」
とうとう剣市が現れては消える空間の裂け目に左手の小指を飲み込まれ、声を上げるとそのまま蹲った。消滅した小指の付け根から血が溢れ出している。
「だめだっ 剣市、動けっ 」
拳勝が叫ぶが剣市は蹲ったまま動けずにいた。その剣市の背後に裂け目が現れ剣市の上半身を飲み込もうと広がっていく。
「剣市っ よけろっ 」
叫びながら拳勝は剣市に体当たりした。剣市の体がごろごろと床を転がり裂け目から逃れられたが、今度は拳勝の目の前に空間の裂け目が広がっていた。
・・・ごめん 紅葉 ・・・
もう逃れる事は出来ない、拳勝が覚悟を決めた時、壁を斬り裂き入ってきた黒い何者かが拳勝を突き飛ばした。床を転がりながらも拳勝はその黒い人影を見つめる。
・・・まさか ・・・
拳勝は素早く起き上がり、剣市を助け起こすと改めて飛び込んできた黒い人影を見つめる。それはやはり間違いなく拳勝のよく知る裂姫だった。裂姫は”白菊”と”向日葵”を抜き構えると拳勝を振り向いた。
「ケンショウ 大丈夫なの 」
いつもの調子で言う裂姫の言葉に拳勝は自然と涙が出てきた。そして、拳勝は裂姫に向かって大きく頷くと右手を握り親指を突き出す。裂姫はニコリと微笑むとダンタリオンに目を向けた。
「ケンショウを虐めたの、許さないの それにそこに倒れてる人はあなたが殺したの? 」
裂姫は床に無惨に転がっている阿部と宮内の死体を指し示す。
「不心得者を始末するのが私の仕事、是非もありませんな 」
ダンタリオンはそこで言葉を切り裂姫を見つめる。
「あなたは、あのフールフールの左腕を飛ばしたお嬢ちゃんですね まったく恐ろしい あなたとは何の準備もなく戦う気はありません ここは引かせてもらいます 」
すると裂姫はダンタリオンに向かってニコリと微笑んだ。その笑みにダンタリオンは背筋が寒くなる。
「こんな酷い事をしたあなたを私が逃がすと思っているの 私からは逃げられないの あなたはここで残酷に殺されるの 」
「ひっ 」
ダンタリオンは目の前で微笑む小柄な黒い少女に、深淵の奥に潜む七悪魔、いやそれ以上の恐ろしさを感じ体がぶるぶると震えていた。
・・・何者だ、この娘 ・・・
ダンタリオンは気付かれないよう背後に空間の裂け目を創り逃亡する為の準備をする。しかし、裂姫はダンタリオンの逃げる素振りを見逃さず飛び出す。
「剣市、構えろ 衝撃波がくる 裂姫ちゃん、あの信者は普通の人間だ そっちは避けてっ 」
拳勝が叫び、裂姫は信者の列を避け奥の壁際へダンタリオンを追い詰めていった。ダンタリオンは超高速で動く裂姫の黒い闇に飲み込まれ悲鳴を上げていた。そして、悲鳴を上げながら空間を操作し必死に攻撃をガードしていたが、それも限界を迎える。ほどなくして、ひと際大きな悲鳴を上げると右腕が宙を飛んだ。そして、次に左腕も黒い闇の中で粉々に斬り刻まれると燃え上がる。
「あひぃぃっ 」
両腕を肩口から失ったダンタリオンは血を噴き出し、涙を流しながらがっくりと膝を落とす。そのダンタリオンの両足を容赦なく”白菊”が簡単に切断し、切断された両足は血を吹き流しながらクルクルと宙を飛んだ。
「助けてっ 」
両手両足を失ったダンタリオンは口から泡を吹きながら床に転がり涙を流す。裂姫はそのダンタリオンの胸を右足で踏み付け動けないように押さえ付けると、ダンタリオンの額に”向日葵”の切っ先を当てた。そして、再びニコリと微笑む。
「この”向日葵”をあなたの頭に突き入れれば、あなたはもう痛みを感じる間も無く脳が燃え上がり一瞬で死ぬの 」
裂姫は残酷に微笑みながら向日葵に力を入れた。
「ひぃぃっ 嫌だぁ、許してくださいっ 」
ダンタリオンが必死に許しを請う。すると、裂姫の動きが止まった……。
そして、声がダンタリオンの頭に直接響いてきた。
「まだ超技能は使えるのか、ダンタリオン 」
ダンタリオンが頷くと声の主がダンタリオンの体を持ち上げる。
「早く使え 本部までだ 」
拳勝は目を疑った。ダンタリオンを追い詰めていた裂姫の前から突然ダンタリオンの姿が消えた。裂姫はしてやられたというようにカタナを鞘に納めると拳勝の元に歩いてきた。もう”黒い”裂姫ではなく普通の裂姫に戻っている。
「あのダンタリオンって奴はどうなったんですか? 」
拳勝は裂姫に尋ねると、裂姫は申し訳なさそうに、逃げられたのと小さく答えた。
「あのフールフールというお爺さんが助けに来て逃げられたの 」
「えっあの時の…… 時間を止める奴が…… 」
拳勝はまったく気が付かなかった自分が情けなかった。それでも生き残れた事に対して素直に裂姫に感謝している自分がいた。