十四話 急転
十四話 急転
倒れた女性信者はそのまま気を失ったように動かない。それまで笑みを浮かべていたダンタリオンの顔つきが険しいものに変わった。
「大丈夫ですか? 」
拳勝たちが声をかけるが女性信者はピクリとも動かない。拳勝がダンタリオンに早く医者をと言うが、ダンタリオンは倒れた女性信者を憎々しげに見つめたまま動こうとしなかった。
急ぎ阿部がスマートフォンで病院に連絡しようとした時、ダンタリオンがチッと舌打ちしたのが聞こえた。そして、阿部の前の空間が裂け阿部のスマートフォンを持つ手を飲み込む。
「ひいぃぃぃーーっ 」
阿部が悲鳴を上げ左手首を押さえる。拳勝が見ると阿部の左手首から先が無くなり血が噴き出していた。
「阿部さんっ 」
剣市と宮内が急いで止血の為、阿部の手首を縛りあげようとしたが、そこへ拳勝が体当たりする。
「危ないっ 剣市っ 」
剣市のいた場所の空間が裂け、そして、閉じるところだった。
「何をするっ 」
剣市がカタナを抜きダンタリオンを問い詰める。だが、ダンタリオンは不敵に笑みを浮かべたまま誘うように大きく腕を広げた。剣市はカタナを構えたまま自分の間合いに踏み込み、ダンタリオンにカタナを振り下ろした。
「剣市っ 殺すなよっ 」
拳勝が剣市に向かって叫ぶが、剣市に余裕はなかった。ここで致命の一撃を与えなければ不味い。剣市の直感がそう告げていた。剣市の超技能、高速の剣。その名の通り、剣市のカタナの速度は人の目では捉える事は不可能だった。剣市の間合いに入り、そのカタナが振られれば逃れる術はない筈だった。が、ダンタリオンの前の空間が裂け、剣市のカタナと両腕を飲み込む。
「うおぉぉーーっ 」
剣市は両腕を引き、腕は無事に空間に飲み込まれるのを防いだが、持っていたカタナは消滅していた。
「剣市、宮内さんっ 阿部さんとその女性信者を連れて早く逃げろっ!! 」
拳勝がダンタリオンの前に立ち塞がる。
「馬鹿っ お前一人じゃ無理だ、俺も残る 」
剣市が拳勝と並びダンタリオンに対峙しようとするが、拳勝はそれを押し戻す。
「お前はカタナを失った、ここは俺に任せろっ 早く行けっ 」
拳勝の言葉に剣市は返す言葉が見つからず、倒れている女性信者の肩を抱きあげる。そして、宮内もぐったりしている阿部に肩を貸そうとした時、その阿部の前の空間に再び亀裂が入った。阿部の頭が飲み込まれる。
「うわあぁぁーーーーっ 」
宮内が絶叫し辺りに血が飛び散った。阿部の首から上が消滅し、首の切断面から大量の血が噴き出していた。
「貴様ぁーっ 何てことするんだっ 人の命を何だと思っている 」
激高した剣市がダンタリオンに殴りかかるが、あっさりとかわされ、たたらを踏む。その剣市の足元の空間が裂けた。剣市は足を止める事が出来ず、そのまま裂けた空間に足を入れてしまった。ダンタリオンは笑みを浮かべ空間を閉じようとした瞬間、拳勝の拳がダンタリオンの側頭部に入る。
「ごあぁっ 」
ダンタリオンは横に吹っ飛び、口から血を吐き動かなくなった。
「まともに入った 普通の人間ならば、もう起き上がる事はない すまない、こうするしかなかった 」
拳勝は、横たわるダンタリオンを見て頭を下げた。禍獣ではなく人間を殺してしまった事で拳勝は罪悪感に包まれていたが。ここは早く退くべきだと気持ちを切り替える。これ以上人間同士で争いたくない。それにしても、この信者たち、すぐ横で人が死ぬような争いがあったというのに動じる事無く、像に向けて呪いの言葉を浴びせている、どういうことなんだ?拳勝は大きな疑問を抱えたまま、剣市と宮内を促しドアから外に出ようとした。
「まったく 床掃除が大変なので少し遠慮しすぎましたか 」
その声で拳勝たちが振り向くと、倒れていたダンタリオンがむっくりと起き上がっていた。
「馬鹿な、僕の拳をまともに受けて生きていられる筈がない 」
驚愕する拳勝の顔を見てダンタリオンは口の血を拭き取ると、ニヤッと笑った。
「フールフールなら時間を止めて難なくあなたたちを殺すのでしょうがね 私の超技能は空間を裂くのではなく空間を操作する能力です どうです インパクトの瞬間、感触が違うと思いませんでしたか 」
ダンタリオンは余裕の表情で拳勝たちを見回す。拳勝は小声で背後の剣市と宮内に話しかけた。
「奴が空間を操作すると云っても、おそらく一度に一か所だけでしょう さっき、僕と剣市が同時に飛び掛かった時、空間が裂けたのは剣市の方だけだった そして、僕の拳をガードする為、剣市の足を諦めてガードにまわした なのでまた僕と剣市で同時に攻撃します おそらく僕の方を空間を操作してガードしてくる筈だ 剣市、これを使え 」
拳勝はダンタリオンに見えないように剣市に”ナックルダスター”を渡した。剣市も気付かれないように、それを拳にはめる。
「宮内さんも銃で援護してください 」
宮内が頷くのを確認し、拳勝は剣市と目で合図しダンタリオンに向けて飛び出した。そして、二人同時にダンタリオンにパンチを繰り出す。が、その二人の前に巨大な裂け目が現れた。
「うおぉぉーーーっ 」
二人は横っ飛びに逃れ、裂け目に飲み込まれるのを防いだが、そのままバランスを崩し床に転がった。
「くそっ もう一度だ 」
素早く起き上がった二人が見たものは、いつの間にか宮内の背後にいるダンタリオンだった。
「危ないっ 宮内さんっ 」
拳勝が叫ぶより早く気配に気付いた宮内が振り返りダンタリオンに銃を向けた。が、その時には宮内の体の右半分が空間の裂け目に飲み込まれていた。
「まったく、この年寄りは危機感が足りませんね 自分は狙われないとでも思っているのでしょうか 」
ダンタリオンは笑いながら空間を閉じた。宮内の半身が消滅し血と内臓を零れ落としながら宮内は人形のように崩れ落ちた。
「うわあぁぁぁーーーーっ 宮内さあんーーーーっ 」
拳勝と剣市は絶叫した。
* * *
「どうしたの? 裂姫ちゃん 」
深淵に向かう途中で不意に立ち止まった裂姫と銃鬼に紅葉はぶつかりそうになり慌てて足を止めた。
「ケンショウが泣き叫んでいるの 」
「えっ 」
紅葉は、裂姫が何を言っているのか咄嗟に理解できなかったが、裂姫と銃鬼が遥か遠くを見つめる顔を見ると拳勝の身に良くない事が起こったのではと不安に駆られ心臓の鼓動が早くなっていった。