一話 拳勝と紅葉
一話 拳勝と紅葉
仕事からの帰り、在原拳勝は今は使われていない駅の西口で腕時計を見ながら人を待っていた。短髪で眼鏡を掛けチャコールグレーのスーツに、モンクストラップの革靴を履いた拳勝は、一見ビジネスマン風であるが彼の仕事はおよそビジネスとはかけ離れていた。
「ごめんなさい 待った? 」
そう言いながら二条紅葉が黒いロングヘアを揺らし小走りにやって来る。紺のビジネススーツでタイトスカートにハイヒールの為走りにくそうだった。
「大丈夫だ まだ待ち合わせの時間前だよ 」
拳勝は紅葉に笑いかける。それよりと拳勝は紅葉の手を引くと、瓦礫の陰のベンチに座らせた。
「わざわざ僕を呼んだという事は、やっかいな事が起こったのかな 」
紅葉は、困ったという顔をした。
「やっぱり、そうか 」
拳勝は、やれやれという顔をして紅葉を見つめる。
「まったく、いつも君には振り回される 君の事が好きでなかったら、とっくにサヨナラをしているところだ 」
紅葉は、肩を竦めると拳勝の手を握る。
「悪いと思ってる 今度、ターキーのトリプル奢るからさ 」
紅葉は、慣れたもので拳勝の好みのバーボンで釣ろうとする。
「本当かっ…… 分かった、何すればいい? 」
紅葉の思惑通り、拳勝はあっさりと釣られた。そこで、紅葉は早速相談事を告げる。
紅葉、曰く。販売する為に今では貴重なバーボンのボトルを集めていたが、それを保管していた倉庫が禍獣に狙われ占拠されてしまった。禍獣を撃退してバーボンを取り戻したいという事だった。
「禍対委に頼まず個人的に僕に頼むという事は、まともな仕入れではないのか 」
「それは別にいいでしょ 奴らに飲まれたり割られたりしたら、あなただって嫌でしょ 」
「確かに…… それで場所は? 」
紅葉は地図を広げて、拳勝に場所を示す。よし、分かった。待ってろと拳勝は言い、飛び出そうとしたが、紅葉が引き止める。
「ちょっと、待ってよ 私も行く 」
「君がっ? 無茶言うな、死ぬぞっ 」
「私が行かなかったら、あなた絶対バーボンをくすねるでしょう 」
「………… 」
「図星ね だから、私も行く 」
拳勝は仕方なく紅葉を連れ、駅の近くに停めてあった自分のバイクに跨ると、乗れと後ろのシートを指差す。そして、紅葉がスカートをたくし上げてシートに跨ると、掴まっていろよと言いギアを入れアクセルを開けた。
夜の街中を二人を乗せたバイクが走っていく。走っていくにつれ瓦礫の山が増えてきた。この星全体を大規模な災害が襲ったのは、もう半世紀以上も前の事だ。その時に人類とそれまで築いてきた文明はほとんど壊滅した。そして、その時出来た深い地割れの地の底から異形のものが現れた。その異形のものは、いつしか人類に禍をなす「禍獣」と呼ばれるようになり、禍獣は僅かに生き残った人間を殺戮してまわった。しかし、人類もやられるだけではなく、禍獣に抵抗する為に組織をつくり反撃に打って出た。それは”超技能”と呼ばれる人間を超えた能力を持つ者たち中心に組織され、残された人々の希望となっていた。
その組織は「禍獣対策委員会(略して禍対委)」と呼ばれ、地割れによりずたずたに分断された各地区に人員を配置し禍獣から人々を守る活動をしていた。そして、拳勝もこの禍対委の一員だった。
「あれか 」
拳勝がバイクを止め、紅葉に確認する。そこは倉庫というよりコンテナボックスで、いくつものコンテナが並んでいた。そして、そのコンテナの周りには翼の生えた人型の禍獣が何体も確認された。
「ガーゴイルか 少々やっかいだな 」
拳勝は物陰から様子を伺い、敵の数を確認する。ガーゴイル単体ではそれほど強い敵ではないが、その翼で空を飛び連携して攻撃してくるので数が多いと面倒な敵である。
拳勝は、紅葉にここで待っていろと言い、敵に気付かれない様に近付いていく。そして、近付きながら両方の拳に力を込める。すると拳勝の拳がうっすらと赤く輝き始めていた。
「おいっ 君たちっ 」
拳勝は物陰から飛び出すとガーゴイルに声を掛ける。そして、振り向いた一体のガーゴイルの顔面に拳を打ち込んだ。そのガーゴイルの頭部が血飛沫とともに吹き飛ぶ。そして、掴みかかりにきたガーゴイルの腹部に一発。これも打撃の衝撃でガーゴイルの腹部にポッカリと穴があき背面から血と肉片が飛び散った。続いて空から飛び掛ってきたガーゴイルには身体を回転させて廻し蹴りを頭部に叩き込む。ガーゴイルの頭が人形の頭のようにポロッと取れ血を噴出しながら地面をゴロゴロと転がっていった。
拳勝は、一瞬のうちに三体のガーゴイルを始末する。拳勝の超技能、それは手足、頭部に力を集め、その集中させた力をインパクトの瞬間解放し敵を粉砕する能力だった。
紅葉は物陰から拳勝の戦いを見ながら周囲にも目を配る。紅葉がわざわざ拳勝にこの仕事を依頼したのはガーゴイル以上の強力な禍獣がここに居るのを確認したからだった。その禍獣を倒すには自分ひとりでは手に余る。拳勝の超技能ならば対抗出来ると踏んでいた。
紅葉はその禍獣が何処に潜んでいるか油断なく目を光らせながらも自分の逃げ道の確保にも余念がなかった。