逃げる
「な、何よ、そ、それは……その……」
ミミリアが言葉に詰まっている。
「確かに、どこも似たような景色だな。宰相、開けた場所まで移動したほうがいいだろう」
お父様が殿下の言葉に、頷いた。
「来た道を戻って開けた場所に待機だ!」
お父様の言葉に、皆が迅速に動き出した。
そのときだ。
ドーンと、ものすごい音が聞こえてきた。
何かが爆発するような音。
「ほ、ほら、私の予知通りだわ。あっちで土砂崩れが起きたのよ!ね、私の未来予知すごいでしょ?」
ミミリアがちょんちょんと飛び上がって喜んでいる。
土砂崩れが起きたのに喜ぶなんて……。
「まだ、音が続いている……」
ゴゴゴと地を這う様な音が足元から響いてくる。
「土砂崩れは1か所だけとは限らないんじゃないか?逃げるんだ、早く!」
殿下の声に、お父様たちは急いで馬を走らせた。
「馬車は後で回収できる。まずはこの場を離れるんだ!シャリアーゼ、来なさい!」
お父様が私の手を握る。
あ。
数字が元に戻っている。もう大丈夫だ。
「お父様行ってください、私と殿下の馬はあのあたりにつないでありますから、すぐに後を追います」
「分かった」
お父様を見送ると、マーカスが馬に乗って来た。手には殿下の馬の手綱も握られている。
うわ、優秀。あのやり取りの間に馬を回収しに行ってくれたんだ。
「シャリアーゼ様、行きましょう」
マーカスが私に手を伸ばした。
「え?嘘でしょう?がけ崩れじゃなくて、土石流?」
ミミリアが素っ頓狂な声を上げる。
土石流?
道の向こうから、まるで濁流のように土砂が押し寄せてくるのが見えた。
「そんなぁ、予定外よ!」
ミミリアが逃げもせず叫び声をあげている。
「飲み込まれたらアウトだ!逃げろっ!」
マーカスの太い腕が私を乱暴に馬上に引き上げると、ものすごいスピードで馬を走らせる。
「お前も、逃げるぞっ!」
殿下が馬にまたがり、ミミリアの手を掴んだのが見える。
背後からは木々をなぎ倒しながら、山を崩しながら、土砂が流れてくる。メキメキと太い木がなぎ倒され、押し流されていく。
「アーノルド様っ!」
殿下には、マーカスのように馬上から人を引き上げることができなかったみたいで、いったん馬を下りている。そして、ミミリアを馬に押し上げたところで、馬は殿下を置いたまま、土石流から逃げるように走り出した。恐怖でおかしくなっているのだろう。
アーノルド様は馬に置いて行かれ、走ってこちらに向かっている。
ダメ、人の足じゃ間に合わない……!
そう思った瞬間だ。
森の中から1頭の馬が姿を現す。
ああ、あれは私が乗って来た馬。森につないでいた馬だ。
馬を操っているのは……。
「ジェフっ」
どうしてジェフが?
ジェフは迷うことなく殿下に手を伸ばした。
殿下も、驚いた顔はしたものの、迷わずジェフの手を取る。
ジェフは、すぐに殿下の体を馬の上に引っ張り上げ、手綱を殿下に握らせた。
ああ、でも。
すぐ後ろに土石流が迫ってきている。マーカスが必死に馬を走らせ、私と殿下たちとの距離はどんどん広がっている。
殿下のあのスピードでは逃げられない……と、思った瞬間。ジェフは自ら馬から飛び降りた。
ゴロゴロと地面を転がり、立ち上がって、殿下を見ている。
殿下がジェフと叫んだ声は、迫りくる土石流の音にかき消された。
乗っている人間が二人から一人に減ったことで馬はスピードを上げる。
ジェフが口を動かしている。
穏やかな顔で。
そして、そのまま土石流にジェフは飲まれていった。