謎の少女
「そういえば、村で雨が降って川の水が濁っているのに、水の量が増えずにおかしいと言っていたわ」
「ガルーシア地方だけではなく、このあたりでも何かあったのか?」
万が一、前方で山賊とにらみ合っている可能性も考え、目立たないように馬を下りて道の脇に入り、馬をつなぐ。
殿下はいつどこで命を狙われるか分からない立場だ。
木々の間を身を隠しながら近づいていく。
最後尾まであと少しというところで、少女の声が聞こえてきた。
「この先に進んではなりません、宰相様」
お父様に話しかけているようだ。
「このまま様子を見に行こう」
殿下が声を潜めた。頷いて、そのまま森の中を進んで前方の様子をうかがいに行く。
マーカスは森の中に敵が潜んでいないかも確認している。人の気配はないようだ。
どうやら、取り囲んでお父様たちを襲う計画というわけではないらしい。
「なんだありゃ」
前方の様子が見えると、マーカスが呆れたような声を出す。
お父様たちの行く手を遮るように立っていたのは、私と同じ年くらいの令嬢だ。
自然豊かな緑の山々に囲まれた街道において、異常に目立つ薄桃色のドレスを着た令嬢。
ドレスの色を映しているのか、長く伸ばした金の髪は光の加減でピンクに見える。
「ずいぶんかわいらしいお嬢ちゃんだな」
マーカスの言葉に苦笑いする。
確かに、小さな鼻に大きな目。ピンクの唇に白い肌。とてもかわいい顔をしている。
だけれど、ウエストや胸を強調する夜会に行くようなドレス姿でこの場に立っていることの異常さにかわいいと思うより先に私は恐怖を覚えたのに。
「マーカスはああいう子が好みか?」
殿下が突っ込むとマーカスが息を吐きだした。
「単なる感想じゃないですか。私はああいうかわいさよりも、シャリアーゼ様のような凛とした美しさの方が好きで……痛っ」
マーカスの言葉が終わらないうちに、殿下がマーカスのみぞおちにこぶしを叩き込んだ。
ちょ、何してるの!
いや、好みの女性のタイプをのんきに話してる場合じゃないってのは分かるけど、やりすぎ。
少女の後ろには、2頭立ての小ぶりの馬車がある。あれに乗って来たのか。2人の中年男性が馬車の脇に立っている。御者と護衛?
「私を宰相だと知っているのだな。だったらどきなさい。この先に一刻も早く行かねばならぬのだ」
お父様が少女をたしなめるような口調で言葉を発した。
「いいえ、宰相様。駄目です。この先で土砂崩れが起きます」
え?
起きたではなく、起きる?
「どういうことだ?」
少女は3歩前に出てお父様の前で不格好ながらもカーテシーをして見せた。
膝を折り頭を下げた状態で口を開いた。
「私、ミミリアと申します」
ミミリアは姿勢を戻すと、にこりとかわいく微笑んでお父様に告げた。
「未来予知能力がありますの」
「未来予知だと?」
ミミリアの言葉に、殿下が大きな声を出した。
「誰かいるのかっ!」
お父様が私たちの隠れていた場所に目を向けた。
護衛たちが慌ててこちらに近づいて剣を構える。
「お父様」
隠れていた木の後ろから姿を見せると、警戒していた護衛たちが慌てて剣を下ろす。
「シャリアーゼ?」
ぼそりとミミリアがつぶやいたような気がしたけれど、それどころではない。