救いの手
「待て!」
「シャリアーゼお嬢様っ!」
山賊と護衛の声を背に、そのまま全速力で争いの場を駆け抜ける。
お父様!
お父様!
お父様に、いざという時に馬に乗って逃げることは教えられている。
護衛も心得ているはずで。山賊で馬に乗っていたのは2人だけで、1人は隊長と対峙していた。もう一人は馬をおりた。
大丈夫、私の寿命は変わらない。死なない。山賊に殺されることはない。
必死に馬を走らせる。
「あ、ああっ!」
髪がっ!
雨で折れた枝が低い位置にあり、髪の毛が引っかかってしまった。
痛みで上体が後ろにのけぞり、バランスを失う。
必死に手綱を握り締め落ちないようにしたけれど、馬はスピードを落として止まってしまった。
いけない。追いつかれてしまう。
後ろを振り返ると、ものすごい形相の馬に乗った山賊の男が近づいてきた。
「ばかがぁ!逃げられるものかっ!ひゃっはー!」
護衛は馬に乗れない状態だからか……!
私が男の隙をついて走ってこれたように、山賊のこの男も走ってこれたのだろう。
逃げなくちゃ。
血走った眼に、振り上げられた剣。
恐怖で身がすくむ。
大丈夫。……と、自分を励ますように心の中でつぶやく。
「行くよっ」
馬が動き出すのがやけに遅く感じる。
早く、逃げなくちゃ!
走り出した私の馬よりも、スピードに乗った山賊の馬の方が速い。
「逃げられると思ったかっ!」
腕をぐいっとつかまれた。
ああ、落ちる。
寿命は……32。
ああ、ここに来て寿命が伸びた。
……運命が代わるってこと?
殿下とともに歩む人生と違う人生が……。
山賊に捕まったら、私はどうなってしまうんだろう。
もう、殿下と会えなくなるんだろうか……。32年になった私の人生は……。
「シャリアーゼっ!」
落ちるはずの私の体は温かさに包まれていた。
「大丈夫か、シャリーアゼ!」
私の目に映るのは、アーノルド殿下の顔だ。
「あ……はは」
寿命が、また減った。
減っちゃったよ。
せっかく、32年にまで増えたのに。また15年になっちゃった……。殿下のせいで。
殿下のせいでっ!
「殿下!」
落馬しそうになった私を受け止め自分の馬に乗せた殿下に抱き着く。
寿命が減ったというのに、喜ぶ自分がいる。
馬鹿だ。
死にたくないのに。
でも、でもっ!幸せじゃない人生を長生きしても仕方がないって。
山賊に襲われて、売られて、みじめに生き続けるくらいなら……太く短く華麗で幸せな人生を生きたほうがいい!
「シャリアーゼ、なぜ一人でっ」
私を追ってきた山賊はマーカスがあっさりと倒しているのが見えた。
ああ、そうか。マーカスが殿下に報告して、二人で追ってきて来てくれたのか。
「とても……悪い予感がして……それで、殿下の手紙をお父様に……」
殿下が私を強く抱きしめる。
「悪かった。俺が……」
どうして、殿下が謝るの?
「マーカスを使いになどやらず、自分で説得に向かうべきだった」
「な、何を言っているんですか?皇太子がそんなこと、できるわけがないじゃないですかっ!」
せっかく私が自分の寿命を削っても殿下の命を助けようとしてるのに、無謀なことするなんて許さないから!
慌てて確認した殿下の寿命に問題はない。ことにホッとする。
いや、ほっとしてはいられない。
「殿下、いったい何があるんですか?」
殿下が軽く頭を横に振った。
「とにかく、今は急ごう」
言えない話?
自分の馬に乗り換えて、私と殿下とマーカスの3人で進む。
「殿下、護衛もつけずに……」
なんて、無謀な。
「やだなー、シャリアーゼ様。私が見えない?護衛、護衛。殿下の護衛」
マーカスがにっこりと笑う。
「そう、うっかり毒を入れるような奴だけど、剣の腕は確かだよ。師匠からのお墨付きをもらってる。国で2,3番を争うくらいの腕前だよ」
殿下の言葉にマーカスがぷすっとふくれた。
「そこは、国で1,2を争うって言ってもらえないですかね?」
二人のやり取りに少し心がほぐれる。
「ってことは、二人の言葉を合わせれば、マーカスは国で2番目に強いってことね。それは頼りになるわね」
マーカスががっかりした顔をしてる。