使い
「土砂崩れが再び起きると?」
「はぁ、はぁ、はぁ……お父様は近づかないと言っていたし……40人ほどには触れたわ。全員が同じ場所に行くとは思えない。近隣に聞き込みに向かう者もいるだろうし、支援物資を届ける者もいるでしょう」
メイと話をするうちに、考えがまとまっていく。
「移動中に山賊に襲われるとか」
それは私も考えたけれど。
「護衛も付いているし、商人とは違い制服を着た兵の姿も何人も見えるのよ?全部で100名を超えるのに、山賊が狙うかしら?」
呼吸も落ち着いてくる。
「それに、もし襲われたとしても、全員が亡くなるもの?触れた者の中に1人や二人、逃げ出せそうなものじゃない?」
メイは私が少し落ち着いたのを確認すると、水差しからグラスに水を注いで私に差し出す。
「確かに。皆殺しにしようと思えば、倍の200人でも少ないくらいでしょう。300人、いえ500人は必要かと。その規模の山賊が動いていればすぐに分かりそうなものですよね」
メイが皆殺しに必要な人数を口にして驚く。
いや、知ってるか。何かあったときに、公爵令嬢の私を逃がすための方法を学んでるはずだし。私もだ。逃げられる可能性がある相手の場合と、逃げられそうにない場合の相手では対応を変えるというのも学んでいる。例えば交渉するとか時間を引き延ばすとかね。
しかし、だからこそメイが言うことにも頷くしかない。
「500人なんて、ちょっとした軍じゃないの」
戦争で動くような数だ。最も、戦争ではずいぶん少ない数ではある。
「ですが、お嬢様。むしろ、そのありえない様な山賊がいたとしたら?」
メイの言葉に、確かにありえないと思っているからこそ、いざそうなったときに逃げられないのか。
でも、王都から1日の距離を進むだけだよ?そんな王都の近くに500人規模の山賊がいたらとっくに討伐されてるだろう。500人の大所帯が食べていくためにとてつもない数の被害者がいたことになるし。それだけの被害を見過ごすほど王都の人間は馬鹿ではない。
500人の私兵を持つのも、いったいいくらかかるのか。考えればすぐに分かる話で。とにかく食わせるのには金がかかるからこそ、平時には兵や最小限。いざとなれば傭兵を雇ったり徴兵したりするのだ。
「あれ……?」
まさか、傭兵を集めたなんてことは……。
思考の渦にずぶずぶと沈みかけたところで、ノックの音が響く。
「お嬢様、殿下からの使いの者が見えておりますが」
は?殿下?
こんな朝っぱらから?殿下からの手紙をマーカスが届けに来る時間ではない。
朝早くから使いを向かわせるのは、その日のうちに面会をしたいというような場合だ。
けれど、学園にいる殿下と面会などできるわけもなく。、今は授業はなくて新入生の入学準備を在校生が行っていたんでしたっけ?だったら会えるのかな?でも、もし会えるとしても今は殿下と会っているような暇はない。心の余裕も。
首をかしげるとドアの向こうで声が続く。
「公爵様へ早急にお話があるということですが、いかがいたしましょう」
え?殿下の使いがお父様に?
「私が代わりに対応するわ。すぐにお父様の執務室に案内してちょうだい」
メイとともにお父様の執務室で使いの者を待つと、すぐにマーカスが現れた。
「使いって、マーカスさんだったんですね」
メイの姿を見て、マーカスが驚いている。そりゃお父様の執務室に入ってメイと私が待ち受けていたら驚くか。
「マーカス、お父様はすでにガルーシア地域に向けて出発したわ。私が代わりに話を聞きます」
マーカスが顔を手で覆ってしまった。
「あー、遅かったかぁ。どうしたもんかな……」
はぁーと大きなため息をついて、マーカスが勧めたソファに腰を下ろした。
「私には話せないこと?」
マーカスが、手に持っていた紙を私に手渡す。王室の透かし入りの紙で、殿下の印もある正式な書簡だ。