ラブレター
「私が、手紙でも書いたらと勧めたことが原因で婚約解消になっていたら、今度こそ打ち首間違いなかった……やばかった」
何を言っているのか、聞き取れないけれど。やばかっただけ聞こえた。
やばいのは残りの寿命が3年になる私の方だよ!
「メイ、お茶にしましょう、マーカスも座ってちょうだい」
マーカスが座り、メイはお茶とお菓子の準備を始める。
「それで、今日は手紙を渡すだけではなく白紙……を持ってきて面会をというのは、あの、どんな暗号……暗示なのでしょう?婚約を白紙に戻すといったたぐいでなければ……」
マーカスが手を前に突き出した。
「ま、待った、待った。まず、その暗号だとか暗示だとか、どうしてそうなったんですか、本当にあれはただの手紙、恋文、ラブレターですって」
ん?と首をひねる。私の代わりにメイが答えてくれた。
「今まで要件を書いた手紙のやり取りしかしていなくて、突然短い手紙が渡され、しかもすぐに返事をといわれたら何か深い意味があるのかと勘繰るのも当然ではありませんか?」
そうよ、そうよ。メイの言う通り。
「それに、人払いをして人には聞かせられないような話を始終しているわけですから、当然手紙も人には見られてはまずい内容が書かれている可能性を疑いますわ」
うん、うん。メイの言う通り。
「あー、悪かった。私が悪かった。ちゃんとただの手紙だと言えばよかった。まさか、ただの手紙を暗号だと勘違いされるなんて……いや、私も悪いが殿下も悪い。いくら何を書いたらいいのか分からないからって、短すぎるよな。手紙として認識されなかったのは、短すぎる謎っぽい文になったのも原因だ」
メイがテーブルにレモンティーを準備する。
櫛切りにしたレモンは切り込みをいれてカップに飾ってある。
カップに紅茶を注ぐと、レモンに触れて、紅茶の色が薄く変わる。
この瞬間が楽しいのだ。
マーカスは、そんな楽しい瞬間を見もせずに、頭を抱えている。
「何を書いたらいいのか分からないと、何とか絞り出した結果ああなったんだよ……」
マーカスの言葉に首をかしげる。
「なぜ、書くこともないのに手紙を?」
「いやいや、理由いらないよね?婚約者に毎日手紙を送るのに、理由はいらないでしょう?ラブレターですよ、ラブレター!」
マーカスこそ、何を言っているのだろう。
婚約者になって、私と殿下は何年たつと思っているのか。今まで理由のない手紙のやり取りなんてしていなかったのに、突然手紙を毎日送り合うなんて何らかの理由なくしてはありえないことだよ?
「あ……、殿下は何を書いてよいのか分からずに、ずいぶん悩んでいたのですよね?」
マーカスが私の問いに頷いた。
「そう。婚約者に当てたラブレターなんて、早く会いたいだの、夢に出てきただの、今度こうしようだの、とっとと書けばいいのに。あーでもないこーでもないと」
マーカスの言葉に苦笑する。政略結婚だ。会いたいだとか甘い言葉を交わすような間柄ではない。そりゃ、悩むよね。
でも……。
「ありがとうマーカス」
お礼を言うと、マーカスがプチューッと力加減を間違えたのか、レモンを思い切り絞って汁を飛ばした。
「うわぁ、失礼しましたっ!」
メイが慌ててハンカチを手に私に駆け寄る。
「大丈夫ですかお嬢様、もうマーカスさん、そのレモンは絞らないでいいんですよっ!レモンが半分紅茶に沈むのでそれで充分なんですっ!」
マーカスが目を白黒させている。
「あ、そうなのか、その、体を動かした後なんかはレモンを丸ごとかじることもあるから、あー、絞って入れたほうがレモンの味が引き立つのかと……」