傷
ジェフは自分が犯人だというようなことを言っていたよね。
でも玉露で作った毒で殿下を殺そうとしてなかった?一体どういうことなの?
「そうです。私も試させてもらいましたが、少量ではお腹さえくだることがありませんでした。お茶のよう多量に飲めばお腹が緩くなるような弱い毒です。……忍者……訳した本の記述では、トイレに行かせるために飲ませ、部屋が空になっている間に侵入して家探しをするなどと利用例が書いてありました」
店長の言葉に気が抜けていく。
「その……玉露から毒が作れるという話はジェフは何処から知ったのかは分かる?」
「いえ、そこまでは。殿下が毒を盛られる危険があるため、毒については情報を集めて勉強していると仰っていましたので、その中にあったのかと」
殿下のために毒の勉強を……?
混乱して頭の中がぐるぐるする。
ジェフは殿下を始末するために毒を研究していたのでしょう?
殿下を毒殺から守るためにじゃないでしょう?
妹のために殿下を暗殺しようとしていたんでしょう?
ジェフは……。
そうじゃないっていうの?
店長を守ろうとして閉じ込めていたというのは本当なの?
本を訳させるために、玉露のことを知れ渡らないように閉じ込めていただけじゃないの?
店長の話では玉露は人の命を奪える毒ではないというのは早くにジェフも知ったようだ。それなのに宿茶を作っていたのはどうして?店長を助けるため?
「ジェフ様が、荷を奪って私をさらったことになってますが、違うんです。偽装したことも罪だから言ってはいけないと言われていたのですが……ですが、私のためにジェフ様の罪が重くなってしまうなんて考えただけで胸がつぶれそうで……。シャリアーゼ様なら……殿下の婚約者であられるシャリアーゼ様なら何とかしてくれるのではないかと……」
店長がテーブルに頭をぶつけるほど深々と頭を下げた。
「どうか、ジェフ様の罪が少しでも軽くなるように、お願いします」
チャンもその隣で同じように頭を下げている。
「お願い、します」
ぽんぽんと、二人の肩を叩く。
さりげなく寿命を確認すると、極端に短い数字ではない。二人のもともとの寿命なのか、多少は短くなっているかまでは分からないけれど、問題が起きる感じではなかった。
「頭を上げてください。……どこまで力になれるか分かりませんが……玉露の話は伝えます。人を殺すような毒ではないこと。盗賊に襲われたと偽装したことに関しては黙っていますので。ジェフが口にしないことは私が言うべきではないと思いますので」
それだけでも十分悪いことだ。いもしない盗賊を探して何人もの人が動いたのだから。ジェフも店長が罪に問われないように黙っているように言ったのだろうし。
店長とチャンが帰ってから、メイは部屋の片づけを侍女に指示しながら私のことを気遣ってくれる。
そして、自室にもどり、二人きりになったところでメイがペンと紙を私に手渡した。
「シャリアーゼ様、悩んでいるよりも行動を起こした方が早いですよ!」
「メイ?」
「殿下に会いたいんでしょう?その一方でジェフのことを聞いてショックを受けてる殿下にどんな言葉をかけていいか分からないと会うのをためらっているんでしょう?もう3日経ちましたよ」
うう。メイにはすべてお見通しだ。
殿下を励ましたいと言う気持ちもある。だけど、どんなに言葉を尽くしても慰められる気がしない。
それに……。
私がジェフの罪をあばいてしまった。そのせいでジェフは姿を消し、殿下の元からいなくなったということが気になっている。
「シャリアーゼお嬢様もショックを受けているんでしょう?正直な話、私もかなりショックです。よきライバルだと思っていたジェフさんが……」
メイの言葉に本の少し気持ちが浮上する。
そうだね。ライバルとして認めていた人がまさか……って、ショックだよね。
もしかしたらメイは、私とは違った苦しみも感じていたのかもしれない。
私は、もしメイがジェフのように裏切ったらと考えて苦しかった。でもメイは、ジェフのように家族のために私を裏切らなければならない状況になったらどうしようかと考えたのかもしれない。殿下の気持ちを想像して涙したように、メイはジェフの気持ちを考えて涙したのかも。
「ありがとう、メイ」
「会ったら、傷をなめ合えばいいんですよ。まぁだいたいのことはそれで少し楽になります。励ましの言葉よりも、慰め、慰めの言葉よりも、共感、共感の言葉よりも傷のなめ合いで救われることもあります!」
えっへんとメイが自慢げに宣言する。
「え?傷のなめ合いって、不毛じゃない?」
メイが私にペンと紙を押し付けると、腰に手を当てた。
「その先のことなんて、傷が治ってから考えればいいんです。傷ついているときはまずは癒さないと!病人もけが人も、治るまで休みますよね?心の傷だって同じです。さぁ、考えても仕方ないことを考えるのは辞めて、殿下に会う約束を取り付ける手紙を書いてください!」
ありがとう、メイ……。