なぜ
「玉露を手に入れたのはいつのことなの?荷物が奪われる前?……ずっと前に手に入れて、ここに書かれているものは……」
本の隅に訳された文字を指さしてジェフに見せる。
ジェフは薄く微笑んでいた。
私は、ただもう、流れる涙を止めることができずに……。
どうして。
どうしてなのっ!
ジェフが私が指さしている部分にかかれた文字を読む。
「宿茶……。忍者が玉露を材料に作る毒……」
玉露で毒が作れる……。苦いお茶である玉露から作った毒はいったいどんな味になるのか。
「もうすでに宿茶は完成しています……。私が玉露を手に入れたのは、荷物が奪われた直後ですよ」
荷物が奪われた直後?
それは、荷物を奪った犯人を知っているということ?捕まえた?……それとも。
「シャリアーゼ様のご想像の通りですよ。荷物を奪ったのは私です。知られたくなかったのでね」
ジェフが私が手に持っている本を指さした。
知られたくないから、店長を襲って荷を奪ったの?
知られたくないというのは何を?
毒の作り方を書いた本を手に入れたことを?その材料である玉露を手に入れたことを?
それとも、玉露を使って毒を作ること?
……その毒を、使うこと?
「店長はどうしたの?」
「ああ。本を訳してもらうために連れて来ました」
連れて来た?そうか。この本は東国の言葉で書かれている。だれかが翻訳したということだ。
「生きて……るの?」
ジェフが視線を動かした。階段の方だ。……鍵がかかっていたあの部屋?
ジェフが人を殺していなくてよかったとホッとする自分がいる。
……馬鹿みたい。
馬鹿みたいだよね。
人を殺してないからほっとするなんて。
殺そうとしたのに!
「アーノルド様の命を狙ったのは……ジェフ……あなたなの?」
憎まなくちゃいけない人間だ。
泣いている場合じゃない。でも、涙が止まらない。
「殿下は……あなたのこと、信じてたのに……」
信じて、頼りにして……それなのに。裏切っていただなんて。
心の中がぐちゃぐちゃだ。
殿下のために毒味していると思ったのに。疑いを自分からそらすために毒味役をしていたの?
殿下のために、お茶やお菓子を自ら買いに行っていると思ったのに。それも、忠誠心を示すための演技だったの?
何もかも、嘘だったっていうの?
「なぜ、どうしてっ!」
ひどい。ひどいひどい!
命を狙ったことに対しての言葉じゃない。
殿下を裏切ったことに対してだ。
これを知ったらどれほど殿下が傷つくか……。
もし、私がメイに裏切られたらと考えたら、胸がつぶれそうだ。人間不信になって、誰も信じられなくなってそれから……。
死にたいって思うよ。
「ねぇ、答えてよジェフ、どうして殿下を裏切るようなことを……!」
ジェフは泣きそうな顔をして、小さくつぶやいた。
「妹の……ためだ」
妹の?
ジェフには妹がいるの?
「妹のためってなに?誘拐されて脅されてるの?妹を助けたければみたいな?だったら、助けるよ。……妹を助ける手助けをするよっ。そして、ジェフを自由にしてあげる!ねぇ、だからジェフ……」
馬鹿なことを言っていると思う。
だって、すでに殿下の命を狙ったのだ。どう考えてもその罪はなかったことにならない。できない。
だけど、殿下は死んでない。極刑は逃れられるかもしれない。どこかへ幽閉されるとか強制労働になるとかなら……。時々殿下と手紙のやり取りでもしてくれるなら、それだけでも……きっとアーノルド殿下の心は救われるような気がする。
「……シャリアーゼ様……私は今、自由を手にいれました。バレてしまったからには……続けられません。もう、苦しまなくていい……」
何を言っているの?
自由って?
苦しまなくていいってどういうこと?
「ありがとう」
ジェフは満面の笑みを浮かべると、力の抜けた私の手から本を抜き取るった。
そして、窓へと走っていき、そのまま窓ガラスを割って外へと……飛び降りた。
「ジェ、ジェフ?」
驚いて動きが止まる。
がくがくと足が震える。
どうして私にお礼の言葉を?
「シャリアーゼ様っ!」
メイの言葉にハットする。
ぼんやりしている場合じゃなかった。
「メイ、護衛を呼んでちょうだいっ!」
メイが慌てて部屋の外に控えている護衛に声をかけた。
窓に駆け寄り見下ろすと、木の枝が折れているのが見える。木に遮られてそれ以上は見えない。
ジェフは?無事なの?
「どうしました?シャリアーゼ様?」
「窓が割れて……何が?」
護衛たちが部屋を見回して危険がないか神経をとがらせている。
落ち着くんだ。
落ち着いて、するべきことは……。
「で……殿下殺害未遂の犯人が窓から逃走しました。すぐに捕まえてください。この屋敷にいる者も仲間の可能性があります。全員拘束を。それから、鍵のかかった部屋に攫われた人が閉じ込められている可能性が……」
そこで意識が途切れた。
「シャリアーゼ様っ!」
メイの言葉が遠くに聞こえた。