飢える
「遅延性の毒が入っていると分かっているなら、食べなければいいのではないですか?」
メイが首を傾げた。
「あ、誰が入れているのか突き止めて毒の混入を防がないとと思っていたけど、確かにそうね」
ぽんっと手を打つ。
「殿下、苦みを感じる食事……夕飯に毒が混入されていると分かっているのなら、夕飯は食べなければいいんですわ!」
殿下の手を取り、数字をチェック。
まだ、1のままだ。
「犯人は、毒の混入に気が付かれたと別の手に出ないか?……例えば朝食にも毒を入れるとか」
「苦ければ気が付くでしょう?朝食も食べなければいいのでは?」
数字はまだ1。
「……シャリアーゼは俺を飢え死にさせる気か?」
殿下が恨めし気な顔をした。
「そうですわね。確かに、昼食は学園で食べられるとしても、1日一食ではお腹がすきますわよね?えーっと、でしたら……夕飯は食べたふりをしておけば、毒を食べてると信じて朝食には手を出されないのでは?」
私の言葉に殿下が頷いた。
「そうだな。毒が入っていることに気が付いたと、犯人に知られない方がいいだろう。知られれば、またすぐに始末されてしまうかもしれない。せっかく黒幕につながる手がかりが手に入るかもしれないからな。夕飯は食べたふりを続けよう。そのうえで犯人探しをするのが現実的だろう」
「あ」
思わず声が出る。
寿命が戻った。
殿下は1から79に。私は65から15に。
……あああ、あわよくば、私は65のままにならないかと思ったけど、私も戻った……。
ぐぬぅ!
「協力者が必要だな。食べたふりをして処分する食事が犯人に見つからないように……ジェフ……マーカスに頼むか」
マーカスが協力者になったとしても殿下の寿命は79から変化がない。味方のようだ。
だったら……。
「マーカスに直接、公爵家……いえ、婚約者の私から殿下への贈り物だと荷物を届けますわ」
殿下が驚いた顔をしている。
「シャリアーゼが、俺に、贈り物を?」
「ええ、贈り物の名目で、食べ物を差し入れますわ。さすがに夕食を毎日抜いてはお腹がすくでしょう」
ニコリと笑うと、なぜか殿下が不満げな顔を見せる。
「あー、贈り物……ってそういう……」
「メイに持たせますわ。メイからマーカスに渡れば、犯人が毒を入れる隙は無いはずです。殿下は、婚約者からの贈り物は他の者に見せたくないと言えば不自然はないでしょうから
「ああ、そうだろうな。じゃあ、俺も不自然が無いように、贈り物のお礼を贈るよ」
「……えーっと、そういう体で、処分する毒入りの食事を渡されるんですね」
分かってますよって顔したら、殿下がすんっとした表情をする。
それから、すぐに気を取り直したようにコホンと咳ばらいを一つした。
「そうだな。できれば、公爵家で毒の特定をお願いしたい」
「ええ、もちろんですわ」
任せてくださいと頷くと、殿下が私の目をまっすぐ見つめる。
「お礼なんて言わずに、贈り物をするから。シャリアーゼは何がほしい?」
私の欲しいもの?
「俺から、何がもらいたい?」
「殿下から……」
欲しいものは寿命。でも……。
殿下からもらうような、殿下の命と引き換えにしたいとは思わない。
「殿下が……生きていてくだされば……幸せな人生を送ってくだされば十分です」
私の寿命を削ってまで生きてもらって、不幸な人生だったなんて言われたら最悪だ。
「お、俺は、シャリアーゼがいてくれれば幸せだからな!」
殿下が私の顔を真剣に見ている。
「だから……俺の傍にいてくれるよな?結婚して、一緒に……この国を支えてくれるんだよな?」
泣きそうな顔になった殿下。
「殿下が婚約解消しようと言わない限りは……」
ゆっくりと微笑むと、ゆっくりと、殿下に抱きしめられる。
壊れないように優しい抱擁。いつもと違う仕草に、ちょっぴりドキドキしてしまう。
……結婚なんて……想像したこともなかった。婚約者なんだから当然結婚するんだろう。
結婚すればいつかは王妃という立場で国のために働く。……当たり前なのに実感がない。
20歳で死ぬかもしれないと思っていたから。
いまも、29歳までしか生きられないのだし……。
私とは婚約を解消して別の人と結婚したほうがいい……と。常にそれが頭にあるから。
でも、不思議となぜか、今は少しだけ二人で王宮のバルコニーに立ち、笑顔で国民に手を振っている姿が思い浮かんだ。
傍らには、幼い我が子。
そんな日が来るなんて、思えないのに。来たらいいなって思うのは、どうしてだろう。
……でも。
アーノルド殿下が急に国を支えるなんて言い出すのは、ジェフのことがあるから?
きっと殿下は側近……後々は宰相になるかもしれないジェフと国を支えていくつもりだったのに。ジェフが側近をやめるかもしれないということが不安で……?