晴れ
口から出まかせ……であればよかったのに。殿下の生命線は前よりも薄くなっているように見える。
気のせいであってほしいけれど……1という数字が殿下の手の平の上で揺れていていて、薄くなったというのが気のせいではないと伝えているようだ。
「……そうか、俺は毒を盛られていたのか。犯人はまだあきらめていなかったんだ……。でも、よかった……」
よかった?何が?
全然よくない!と、殿下に言おうと顔を上げたら、殿下が私の顔をまっすぐと見ていた。
殿下の指先が冷たくなっている手で私の頬を撫でた。
「命を狙われているのが、俺で……シャリアーゼじゃなくてよかった」
殿下がにこりと笑った。
「な……」
何を言っているのっ。
「全然よくないですっ!」
私が何のために自分の寿命が短くなるのも顧みず殿下と婚約を続けていたと思っているのか!
殿下を死なせたくなかったから!
私のすべてが無駄だったってことになっちゃうじゃない!
「私の命に代えても、殿下は死なせません」
殿下が私を抱きしめる。
「俺の……命は、シャリアーゼお前のものだ。俺は、シャリアーゼのために生きよう」
背中に回された手が食い込むほど強く抱きしめられる。
ちょ、殿下の命が私のもの?
いやいや、それはさすがにないない!私は20代で死んでしまうんだから、私のために生きるって……あれ?
65……。
も、戻った……。ほぼ寿命が……80歳まで生きられる……。
私の66の数字の隣には殿下の1の数字。
殿下があと1年で死ねば、私は生きられる。
は、ははは。そんなの、一生後悔して80歳まで生きるなんて地獄じゃない?
そんなの、冗談じゃないってば!
ふざっけんなよ!
「殿下っ、二人で一緒に長生きしましょう!一緒じゃなきゃ嫌ですっ!二人、一緒じゃなきゃ……」
殿下が私を抱きしめたままちょっとかすれた声でつぶやいた。
「ああ、……シャリアーゼ……生きたい。二人で……俺はシャリアーゼと……ずっと一緒に」
耳元で切なげな声で囁くなんてずるいですっ。
ちょっとは私のこと好きなのかもそか思っちゃいそうになるから!
「殿下!とにかく、これから先のことを考えましょう」
「そうだな。犯人の思い通りになんてさせるものかっ!」
さて、じゃあどうしようかと相談を始めようとしたところで、遠慮気味に声がかかった。
「シャリアーゼお嬢様……そろそろお茶をお入れしてもよろしいですか?抱き合っているところ申し訳ありませんが……」
だ、抱き合ってる?
うひゃーっ!確かに、内緒話を自然にするふりで、密着してたけど……いつの間に、こんなことにっ!
慌てて殿下の腕の中からすり抜ける。
「メ、メイ、これはね、ご、誤解なのっ」
「誤解?いつもの馬に馴れるための接触のやつですよね?もう今日はそれくらいにして、お湯が冷めてしまいますし……」
真っ赤になって否定してたらメイがあっさりと返してきた。
「そ、そう、そうなのよ……あはは」
メイがこそっと私の耳元で囁く。
「殿下の表情がどこかすっきりしましたね。何を言ったんです?ジェフが戻らなくてショックを受けていたのでは?」
言われて殿下の顔を見ると、確かにつきものが取れたような晴れやかな顔になっている。遅延性の毒を盛られて殺されそうになっているというのに……。あ、そうか。
ジェフが戻ってこないのが毒のせいだと分かったから、嫌われているかもしれないという思いが晴れたのか!