野菜
「殿下、何か、その……何かここ最近、変わったことはありませんか?」
ジェフがいなくて別の側近になっているという変化は確かにあるだろうけれど。
他に……何かヒントはないんだろうか。
「うーん……変わったこと?」
「些細なことで構わないんです。何か新しく体を鍛えるために始めたこととか、どこかへの視察の予定が決まったとか、いつもと違う……その、例えば食事の種類や味が変わったとか」
殿下がちょっと複雑な顔をする。
それから、わざと声のテンションを高くして、口を開いた。
「シャリアーゼ、お前さ、そんなに俺のこと気になるのか?」
ジェフのことを気にして暗くなりがちなのを無理やり忘れようとしているようにしか見えない。わざと軽い口調なんだろうと分かるんだけど。
「……殿下のことでしたら、何でも聞かせてほしいと思います」
ヒントが欲しい。寿命が1年に縮んでしまった理由が知りたい。
からかうような言葉に真面目に答えると、殿下がびっくりしたように口を閉じて耳を赤くしながら横を向いてしまった。
それから、ふぅっと小さく息を吐きだしてから顔を私に向けた。
「いいだろう、教えてやる。……最近はたくさん野菜を食べるようになった!」
自慢げな言葉に、はてなマークが頭に浮かぶ。
野菜?
「そういえば、前、ジェフにからかわれていましたね。野菜を無理に口に押し込んだりしないと。殿下は野菜が嫌いだったんですね」
ふふっと笑うと、殿下がちょっと寂しそうな顔をする。
「そうだ。ジェフが戻って来た時に、野菜を食べられるようになったと驚かせてやろうと……。苦い野菜も食べるようにしていたのに……」
ジェフが戻るのを殿下は戻ってきた後のことを楽しみに過ごしてきたのか。
「その、ジェフはどうして……戻らないのですか?」
殿下のことを嫌っていたようには見えなかったけれど。
「体調がすぐれないと手紙が来た……」
体調が。
殿下の表情は来ないための言い訳だろうと思っていることがありありと分かる。
……けど、本当かもしれない。
あれほど生命線が弱弱しかったのだ。寝不足ではなくて、何処か体を壊していた可能性もある。
ジェフの寿命はどれくらいだったっけ?
……そうだ、見てないんだった。あの時見ておけばよかった。
ううん、違う。今からでもジェフのところへ訪ねて行って見ればいいんだ。
……なんともなければいいけれど。
あれ……。
かちりとパーツがはまったような音がした。
ジェフが体調を崩している。
殿下はジェフがいなくなってから寿命が短くなってしまった。
ジェフは、毒味役を買って出ていた。
「あっ」
思わず声が出る。
「どうした?シャリアーゼ」
殿下の腕に自分の腕を巻き付けて引き寄せる。
「シャリアーゼ?!」
殿下が突然の私の行動に焦っているようだ。
「その、もし、俺を慰めるためにその、こうしてくれるなら、あー」
慰める?そんなものは後。
一刻を争うんだからっ!
他の人に声が聞こえないように、殿下の耳元近くに顔を寄せてひそひそと話す。
「殿下……もしかすると、遅延性の毒が食事に混入されていたなんてことはないですか?」
「え?」
「苦いと感じるのは毒という可能性はありませんか?」
殿下が、私の腕をするりと外し、肩に手を回した。
「……どうしてそう思った?」
「ジェフが毒味役をしていたのでしょう?ということはジェフも知らない間に遅延性の毒を口にしていて体調が悪くなったのでは?」
「いや、だが俺はジェフが味見をした食事をしていたのだから、体調が悪くなるなら俺も同じように……あっ、そういうことか。ジェフは苦い野菜の入ったものも食べていたが、俺は苦いものは残していたから……だから、必然的に毒の摂取量が少なかったから影響も少なかったということか?」
こくんと頷く。
「毒の苦みをごまかすために苦い野菜の入った料理へ遅延性の毒を入れていたとしたら……」
遅延性の毒、少しずつ体内に入れることで、不調が少しずつ出て、死に至る毒。
口にしたらすぐに痙攣したり血を吐いたりする即効性の毒であれば、毒味をすればすぐに発見できるが、遅延性の毒を少しずつ接種させられているのは、毒味をしても気が付くことはまずない。
殿下の手を取る。
「俺の……毒味をしていたせいでジェフが……」
殿下の手は小刻みに震えている。
見える数字は1だ。寿命が見えるということを言うことはできない。だから、手を見る。
「殿下……やはりそうです。生命線が前に見た時より薄くなっています」
そうか?と殿下は首を傾げた。