工芸茶
手相にあまりはまっているということは表に出さないようにした方がいいと忠告を受けたけれど、せっかくだからと本の翻訳は最後まで続けてもらっている。
占いなんて……と言われようが、こうして人の慰めになるのであれば無駄ではないのだろう。
時々使用人が悩み事があるとメイに相談しているみたいだし。背中を押してほしいとか、不安を取り除きたいとか、まぁ何かの役に立つなら覚えて損はないのかなと。
「はい。お父さ……副店長はきっと無事に荷物を運んできますよね。……あの、シャリアーゼ様、工芸茶も届くはずですから、届いたら早速持ってきます!」
リンの気持ちが上向いたようでほっと胸をなでおろす。
工芸茶、そういえば何かお勧めのお茶をチャンさんは言っていたよね。そうか。頼んでから1か月ほど到着までかかるのか。
……っていうことは、ジェフは玉露をずいぶん前に注文したんだよね。1か月前の荷物は奪われてしまっているし、その前に到着した荷物で受け取ったとすると……。いったい、いつから玉露を飲んでいたのか。
そりゃ、無理しすぎだわ!2か月しっかり休んでも足りないくらい。というか、そこまでの仕事好きだと、そろそろ「2か月も休んでいられません、もう大丈夫です!」と、仕事に復帰していたりして?
ついに次のお茶会の日がやってきた。
「ふふふ、この工芸茶を見たら、きっと驚きますよ!」
王宮に向かう馬車の中でメイはウキウキだ。
まぁ、分からなくはない。
今日は桂花茶を出すつもりだったのに、リンが持ってきてくれた工芸茶を見たとたんに桂花茶のことなど頭からポーンと抜けたようだ。
「これなら、ジェフさんの用意するどんなお茶にも勝てますっ。ふふ、早く負けたって顔が見たいです」
いや、だからね、メイ。いつから勝負になってるの?
でもまぁ、メイがこれだけワクワクとするのも分かる。それほど工芸茶はすごい。
リンが工芸茶をニコニコ笑顔で持ってきたあの日の衝撃は忘れられない。
チャンさんが無事に帰ってきて嬉しいのかと思ったけれど、あの笑顔は今のメイと同じで、工芸茶を見せたくてたまらない笑顔だったんだよね。
あまり数が無いからと、あのとき1つ試したきりで、今日まで飲めなかったのだから、私も今日が楽しみ。
いろいろな種類があると聞いている。
試したときとは違う工芸茶なのだ。いったい、今日はどんな花が咲くのか。
そう、花が咲くのだ。工芸茶は。丸い小さな塊になったお茶の葉で、珍しいなと思っていたら。
お湯を注いでしばらく待つと、塊がふわりと広がり、包んでいたお茶の葉が剥がれ落ちて、中から綺麗な花が咲くのだ。
もう、あの感動と言ったら!バラの花びらを浮かべたお茶は飲んだことがあったけれど、丸ごと、綺麗な花がティーポットの中で咲くのよ?しかも、はじめはお茶の葉にくるまれているから茶色い塊にしか見えないのに……!
今日のはあの時とは別の花だということだから、ワクワクが止まらない。
ちなみに、すぐに工芸茶の追加注文をした。……お店は継続するのかどうかまだ分からないということだけれど、半年は店長の帰りを待つつもりらしい。
王宮の一室に通される。
今日は1階の東の部屋だ。
部屋に入ると、殿下がドアの前に立ち、迎え入れてくれる。
……あれ?最近はいつも、すぐにハグしてくるのに今日はしないのだろうか?
って、私が男女がイチャイチャして見えるからやめようって言ったんだけど。ほら前回はそれを無視されたのに。
今日はどうしてハグしないの?……べ、別にがっかりなんてしてないよ!
殿下の差し出した手に手を重ねる。普通のエスコート。
「あっ」
嘘だ。