結婚線
「でも、お茶会に出すつもりもないならどうして玉露を取り寄せようと思ったのかしら?ジェフの口にはあった?」
チェンが首を横に振った。
「いえ、試飲用の茶葉もありませんでしたので……味が気に入ったわけではなく、話を聞いているうちに興味を持ったのではないかと」
「どんな話ですか?ジェフさんが興味を持つなんて……苦いのに、わざわざ取り寄せるなんて」
メイがやたらとジェフに対抗心を燃やしている。……もしや、恋の予感?
「店長が対応したのですが。そうですね、紅茶の何倍も、寝る前に飲むと眠れなくなるとか」
あら?
「まさか、夜遅くまで仕事をするときの眠気覚ましにするつもりかしらね?仕事熱心だわ。きっとジェフの運命線も、濃くて立派なんでしょうね」
ジェフの手相を想像して笑いがこみあげる。
「チェンさん、私にも玉露くださいっ!いえ、もっと目が覚めるお茶があれば、それを!私だって、寝ずに仕事するくらいできますっ!」
「ちょっとメイ、何を言っているの!嫌よ、寝不足で目の下にクマを作った侍女なんて……」
酷使してると思われちゃうじゃない。……それに。
「メイには無理をしてほしくないの。チェン、よく眠れるお茶は無いかしら?気持ちが落ち着いて安らぐような……」
「お嬢様……」
メイが目を潤ませて私を見る。
「茉莉花茶のジャスミンの香りも心を落ち着ける、飲まずに香りだけ嗅ぐといいです。桂花茶も同じね。他に、寝る前に飲んでも眠れなくなることないの、菊茶が有名」
メイがメモを取っている。
「玉露のように危険ない」
危険?
「玉露が危険ってどういうことですか?」
「強いお茶。飲み過ぎると吐き気する、あと宵越しのお茶は駄目」
お酒みたいなもの?
お酒も飲み過ぎると酔っぱらって気持ちが悪くなるわよね?
宵越しのお茶って、夜通しお茶を飲み続けるようなことは駄目ってことかな?
お茶というよりも、お酒のように飲み方に注意が必要ってことなのね。
びっくりした。危険って何事かと思ったわ。
「ではまた3日後に」
チェンが帰ってからメイはまたまた興奮気味に手相の本を手に取る。
「シャリアーゼ様、手相って楽しいですよね!」
今日は恋愛運に関する手相を訳してもらったのだ。
やはりメイも年頃の女性。恋愛関係に興奮しないはずがない。
前回は訳しながら自分たちの手相を見ていたため、時間がかかった。今回はとにかく訳すこと優先に自分の手相を見ずにいたのだ。
「シャリアーゼお嬢様、見せてくださいっ」
手の平を見せる。
「あー、ほら、これ、結婚線が太陽線にまで伸びているのは玉の輿なんですよね。シャリアーゼ様玉の輿……って、結婚相手は皇太子殿下ですから当然ですね。この高さは20歳ころですね。1本だけなので、運命の人なんですね」
「運命っていうか、政略結婚よね?それに公爵令嬢から皇太子妃にって玉の輿っていうかしら?それほど変わらないと思うんだけど……」
それに。婚約解消する可能性もある。
「メイはどうなの、見せて!」
メイの左手を取り、手の平の側面、小指の下を見る。
「……」
こ、これは……。
なんといっていいのか絶句する。
メイの結婚線が無い。
なんと声をかけていいのかわからずにいると、メイがぐっと手を握り締めた。
「わ……私は、仕事に生きる女!」
それからぱっと元気よく顔を上げると、メイは私に笑って見せた。
「シャリアーゼお嬢様、私は、一生シャリアーゼ様の傍にお仕え致しますっ」
うんと頷くしかできない。
メイがずっとそばに居てくれたら嬉しいのは確かだけど。
今のままならメイよりも私は随分早く死んでしまう。
長生き……したい。
メイのためにも。早死にしたくない。