毒見
「ジェフは東の国の商人の店に何度か行ったことがあるだろう?シャリアーゼが本の翻訳を頼みたいそうなんだが、頼めそうな人はいるか?」
ジェフが不審な目を私に向ける。
「どのような本でしょうか?」
「怪しい本じゃないわよ。手相ってご存じ?東の国では手のしわを見ていろいろなことを知ることができるのですって。その本をお父様が手に入れてくださったのよ」
ジェフが胡散臭いなという目で私を見る。
「占いのようなものですか?女性は好きですね」
……。
「ふふ、楽しいわよね、占いは。メイもそう思うでしょう?瞳の色が濃い殿方は情熱的、薄い方は薄情なんていうものもありましたわね?」
後ろに控えていたメイに声をかけると、メイが続けた。
「瞳の色占いですね。茶色は穏やかな性格で、青はクール。灰色は暗くて緑は明るいなんていうのも聞いたことがありますわ」
ジェフの顔を見る。
「ジェフは薄い茶色の瞳ですから、瞳の色占いで言えば穏やかな性格の薄情な方となりますわね?」
ジェフは顔色一つ変えずに私の言葉を聞いた。無表情に近い。
どちらかといえば、この反応はクールだろう。
穏やかという言葉ではあまり表現しない。
「あはは、当たってるか?ジェフが穏やかで薄情だと」
殿下が楽しそうに笑ってジェフを見た。
「残念ながら瞳の色占いは当たらないようですわね。ジェフは殿下のために毒見役を買って出るほど情が深いですもの」
私がジェフの代わりに答えると、ジェフが嫌そうな顔をする。
「どうでしょう。私は……殿下が野菜を残しても無理やり口に押し込めたりしない程度には穏やかであり、好き嫌いをすることによって成長の妨げになるのを見逃す程度には薄情だと思っておりますが」
ジェフの言葉に、殿下がうっと口をつぐんだ。
ふふ。
殿下は嫌いな野菜を残すことがあるんだ。すっかり大人っぽくなってきたけれど、子供っぽいところがあるのを知って嬉しくなる。
「手相の本の翻訳ができる者がいるか、尋ねてみましょう」
ジェフは、占いのためにわざわざ本を翻訳させるのかと言わないから、やっぱり薄情ではないよねぇ?
「ええ、お願い」
お礼を言うと、メイがジェフに尋ねた。
「ところで、ジェフさんはなぜ東の国の商人の店に出入りしていらっしゃるのですか?」
ん?
ジェフが黙っている。もしかして金木犀の手配も、側近であるジェフさんが自らしてくれたのかな?それを口にすればちょっと恩着せがましいと思って黙っている?
メイも。侍女なんだから、その辺分かるだろうに。なぜ、尋ねた。
「黙っていても私には分かりますわ」
メイが、ふっと口の端を上げてジェフに告げる。
「お茶でしょう」
金木犀でなくお茶?
ジェフの表情は若干固くなった気がする。
「お茶会に持ってくるお茶屋やお菓子……。東の国には変わったお茶があると聞いたことがありますわ。それを入手しようというのですね?」
メイの言葉にジェフが表情を緩めた。図星をさされ観念したのか。
「その通りです。ですが東の国のお茶……いくつか紹介してもらいましたが、苦みが強く苦いものが苦手な殿下の口には合わないと断念しました」
苦いのが苦手。ふふふ。
そういえば野菜も残すと言っていましたけど、苦みを強く感じるからかもしれませんね。
ちらりと殿下を見ると、殿下はジェフを恨めしそうな顔をしてみていた。
「ジェフも、メイと一緒ね。私たちのお茶会用のお茶屋お菓子を、買いに行くだけではないのね。評判を聞いて、試食して、選んでくださっているのね」
メイに言わせると、公爵家の名誉のためにジェフが用意するお茶やお菓子に負けるものを持っていくわけにはいかないと言うことだけど。
もしかしたらジェフも、殿下の名に恥じないようなものをと思って研究しているというかもしれませんが。
「私は、試食と毒見という名目で、いろいろおいしい物を食べたいだけですよ」
殿下の顔を見る。
「私と殿下においしいものを食べてもらおうという気持ちが嬉しいですわね」
「ん、ああ、そうだな。確かに、毎回お茶もお菓子もうまい。ありがとう二人とも」
殿下がジェフとメイにお礼を言った。
「私は、お礼を言われるようなことはしておりません」
ジェフがむっとした。いや、むっというよりは、ちょっと悲しそうな顔?
使用人にお礼を言うものではないという考えの持ち主なのかな。
まぁ、謝罪は場合によってはするものではないとしても、お礼はいくら口にしても減らないと思うけど……。