金木星は特別
好きだと思われてないと分かっていてもドキドキするものはドキドキするんですよ。
万が一好きになったらどうするんですか。
好きになるつもりはないんです。……殿下にも好きになってもらうつもりはないんです。
29歳で死ぬ運命のままなら婚約解消してもらおうと思ったところですし。そうですね……学園を卒業するころまでには?それとも20歳くらいまでに?結婚を引き延ばすにしても20歳を超えると不自然だし……。
子供に幼い時に母親を失う悲しみを味合わせたくないし。それに……。
愛するお母様を失ったときのお父様のあの憔悴しきった姿を思い出す。
あんな悲しい思いを殿下にしてほしくはない。
殿下には長生きする人を好きになってもらいたい。
95歳までの長寿の女性はそれほど多くはないだろう。
でも、10歳年下で80歳まで生きる女性なら、かなり長く一緒にいられるわよね?
ってことは、殿下は30歳になるころに20歳の娘と結婚する感じでちょうどいいかもしれない。
いや、流石に30歳まで結婚しないというのは、周りが黙っていないのかなぁ?
だとすれば私と契約結婚するパターンもありなのかしらね?
私はどうやら短命なのでとか言って。病弱設定にでもするか。
ああ、それにはやっぱりあれが役立ちそうね。手相を学んで言い訳にした方がいいわよね。
もし寿命が延びたとしても手相が外れたということにするだけだものね?
「とにかく、来年になれば私も学園に入学いたします。学内で抱擁する男女の姿など風紀を乱します。示しが付きません」
「それはそうだが……人目を避けるわけにもいかない……か」
はい?そうですよ。
人目を避けて抱擁なんてもってのほかです。いつ暗殺されるかわからないのに、自分から命を狙うチャンスですよって行動なんてできるわけありません。
って、抱擁をそもそもする必要がないんです。
問題をはき違えてません?
まさか、殿下は私を抱きしめたいの?
馬を抱きしめられない代わりに?
寂しいとか?
ぬいぐるみでも今度贈ろうかしら?確かに、抱きしめると落ち着くのよね。
「そうですわ、そんなことより」
「そ、そんなこと……」
「以前、金木犀を贈ってくださったときにお世話になった東の国の商人を紹介していただけませんか?」
バルコニーに出ると、すでに準備されていたソファに並んで腰かける。
「追加で金木犀をと考えているのか?」
まぁ確かに。金木犀でモイストポプリを作れば売れるんじゃないかなぁとは思ったのは確か。
乾燥させるだけのポプリでは匂いが飛んでしまって商品にはなりそうもなかったけれど。乾燥すると匂いが飛ぶ花にも使い道はある。それが香料や塩を使ったモイストポプリなんだけど。
……けれど。
金木犀の香りはありふれた香りにしたくないと思った。
「いいえ、金木犀ではありませんわ。お父様が東の国の本を手に入れてくださったのですが、文字が読めなくて。翻訳してくださる方がいないかと……」
殿下がうんと頷いた。
「なるほど。だったら、一度商人を家に呼んだらいい。ジェフ」
殿下が側近のジェフを呼ぶ。
ジェフは11歳の初めて会ったころから変わりない。今は28か29だろうか。
そういえば結婚の話は聞かないけれど、男性でも30歳まで独身の人は少ない。
ああ、王弟殿下も29かな。婚約者もいないのには理由があるんだろうか?実は愛する者がいて、身分差で結婚できないとか?ロマンスを想像して口元が緩む。
一人でニマニマしている間に、殿下がジェフと話をしている。