ハグ
「シャリアーゼ、2か月ぶりだ」
2か月ぶりに会った殿下は、また身長が伸びて大人っぽくなっていた。
初めて会ったときは、威厳のある振る舞いと生意気な振る舞いの違いも分からないような子供だったのに。
女みたいと言われて傷ついていた美しい顔も、少年から青年へと成長する過程の何とも言えない色気を放っている。
「会いたかったよ」
そういって、殿下は私を抱きしめた。
すかさず寿命チェック。
今日も長生き問題ないです。
……それにしても……。
殿下はあれから順調に、乗馬の時に馬と親しくなった手順通りにスキンシップを増やしてきた。
指先から、手の平……そして、半年ほど前から、こうしてハグするようになった。
いつまでも、私は殿下にとっては馬のようなものなんですね……。
今日のハグはいつもよりも力強い。
ドキドキする心臓を沈めながら殿下に声をかける。
「殿下、離してください」
まぁ私が言い出したことですが。殿下に慣れるためにと。
寿命チェックするために触れるための言い訳だったのですが。
顔が赤くなってやしないかとどぎまぎしながら殿下の体を手で押しのけて、髪を整えるふりをする。
「シャリアーゼ、嫌だったか?その……」
「もう、殿下といることで倒れるようなことはありませんので。馬と触れ合って慣れていく時期は終わりにしませんか?」
殿下がびっくりしている。
「馬?え?何のことだ?」
何のことだって……?
首をかしげると、殿下がハッとした。
「いや、ああ、あー。確かに……昔そんな会話を……」
何?忘れてた?いやいや、でも馬と馴れる手順通りの行動してましたよね?
「指先から触れ、手の平で、それから抱きしめられるまでになってから、馬に乗ったのですわよね?流石に私は殿下を乗せるわけにも、殿下に乗るわけにもいきませんし……」
殿下が真っ赤になる。
「大丈夫ですか?」
殿下の顔を覗き込むと、ふいっとそらされる。
「す、すまん、その大丈夫だ。ただ、その言葉の表現に、俺が変な想像をしただけで……」
変な想像?
私が四つん這いになった殿下にヒールを押し当て鞭を振るところでも想像したのかしら?それで、怒りに顔を赤らめたとか?
「お、俺は、その、慣れたからといって、馬に冷たくするような男ではないんだが」
気持ちを立て直した殿下が私に手を差し出した。
エスコートされるままに王宮の一室のバルコニーに出る。
警護しやすいからと相変わらず室内でのお茶会なのだが……。今日のバルコニーからは色とりどりに咲き誇る薔薇園がよく見える。
風に乗って、薔薇のよい香りが広がっている。
「そうですわね。馬など道具の一つとしか思わずひどい扱いをする者もいると聞きますが、殿下はそのような人ではないと知っておりますわ」
「そうだろう?」
と言って、殿下が両手を広げて再び私をハグしようとする。
分かる、分かるんですよ。
私も愛馬はいっぱい撫でてあげたいと思うんですが。それでも、私は殿下を馬主だと思えないですし、私は馬じゃないんです。殿下がいくら馬だと思っていようが……。
「殿下、事情を知らない方から見れば、ただの男女の抱擁ですわ」
「ああ、ただの男女の抱擁に間違いはない。それが何か問題か?」
問題大ありです。
私の心臓的に。
殿下にとっては「こいつでいい」程度で選んだ婚約者でしょうけど。