第1話 長ネギ星人
アーメン。意味もわからない祈りの言葉に、俺は涙を流しながら縋っている。家でそこまで追い詰められている理由は、子供じみたなんとも馬鹿げたものだった。
ラーメン。祈りの言葉に似た至高の料理の器に、大量の長ネギが載っている。いや、もはや長ネギの塊が本体で、小さいラーメンの器が添えられているというのが正しいのかもしれない。二郎系の表現を使って表すなら、ネギマシマシマシマシマシマシマシマシ……、といったところ。こんなの食えるはずがない。
「いや、食べれるでしょ。たかが、ネギ10本分よ? カロリーでいったら、そのラーメンよりも低いくらいじゃない。食べれない方がおかしいでしょ」
俺の横には、バカな理論を繰り広げる頭のおかしい女子がいる。髪や瞳は、長ネギのように綺麗な緑色で、肌や服は長ネギのように純白…………。要するに、長ネギを擬人化したご当地キャラのようにあからさまな見た目をしている。
「なにが、ご当地キャラよ。私、そんな安っぽい見た目じゃないんですけど。まぁ……、長ネギに似てるって言ってくれたのは……、ちょっと嬉しいんだけどね…………」
決して誉めた訳でもないのに、長ネギバカは、顔を真っ赤にして…………。
「ストップ! 長ネギバカはちょっと不適切なんじゃない? せめて、そこは長ネギを愛し続ける一途で可憐な少女。……みたいな感じにするべきだと思いま〜〜すっ!!」
「なぁ……。ちょっと気になる事があるんだが、聞いても良いか?」
「え? あ、初めて喋った。君、そんな感じの話し声なんだ。脳内ではイケボ風のかっこつけた声だったのに、実際は声出し不足の陰キャボイスなのね」
人が声をかけてやったというのに、この女は…………。俺は怒りで手に持った箸を握りしめる。落ち着け、まずは疑問を解決する事が第一だ。殺意で震える箸をやっとの想いでネギの山に刺すと、俺は改めてネギ女の大きな瞳を見つめた。
「さっきから、ちょくちょく俺の心の声に答えて喋っているように聞こえるんだが……。これは、俺の聞き間違いか?」
「ううん、違うわよ。普通にテレパシー使っただけ。だって私、異星人だもん」
「そうか、そうか。異星人か………。近頃の日本も、物騒になってきたなあ。特に若い世代がこんなんじゃ、未来が思いやられるってもんだ………」
「どこの年寄りの台詞よ。君、私が言うこと全然信じてないでしょ。頭空っぽにしたところで、全部お見通しなんだからね」
バレたかあ。でもね、健康な人間ならそんなこと言っても信じる訳ないと思うよ。まず、心が読める能力ってだけで頭がいっぱいになるんだから、異星人なんて情報入れたらキャパオーバーしちゃうでしょ。
「そんなこと言う割には、テレパシーを上手く利用してるじゃない。というか、ラーメン食べないなら私にちょうだいよ。早く食べないと、長ネギがシナシナになっちゃうでしょ。ほら、早くよこしなさいっ!」
ネギ女は俺から重量感溢れる丼を奪い取ると、一気に長ネギの山をかきこんでいく。俺は口いっぱいにネギを頬張りながら恍惚の笑みを浮かべる自称異星人の姿を眺めつつ、ことの経緯に思いを馳せていた。