お金が欲しかったら小説より動画を作るという話
友人の加藤がウェブ小説を書き始めて1年がたった。彼が小説を書き始めたのはただ面白かったからという理由もあるけど、お金が欲しかったのである。加藤も俺もフリーターである。高卒で初めて入った会社はブラックではなかったけどいい加減でいつつぶれてもおかしくない状況だったことを後になって知った。世間知らずの若者に会社の状況を把握するのはそう簡単なものではない。
そこで同期の加藤と出会ったのだ。趣味も二人ともオタクだったこともあってすんなり打ち解けて、愚痴を言いあいながら意気投合し、今じゃ高校の時の友人よりよく遊ぶようになった。
けど二人ともフリーターで、オタク趣味には言っちゃなんだけど、ソシャゲなどで押しとか普通にできてしまうと課金してしまうからお金がかかる。
バイトを増やすにはただゲームして楽しく暮らしていきたいだけなのに逆にストレスがたまりそうで、二人ともただ無難に生活できるレベルとなっていた。
そんなある日加藤が自分がウェブ小説を書こうかといったのが一年前のこと。最近はウェブで趣味で書いたり作ったものが簡単に収入になるようであると。
ただ加藤のその考えはちょっと甘いように思えた。俺もウェブ小説の業界にそこまで詳しいわけではないけど、出版までされる作品はそう多くないし、出版されたとしてバイト一か月分の給料とかになるくらいならその時間にバイトを増やした方がいい気までしたからだ。
それに流行りとかあるようだったし、いろいろ気にして、本来自分が書きたかったものもかけずに流行りに乗っかろうと四苦八苦している彼を見るとあまりいい気分にはなれなかったのである。
こんなことよりもっといい方法があるのではないかと悩んだけど一年間何かが思い浮かぶこともなかった。
そんなある日、とあるアプリを目にした。3分以内の短い動画を作って、アルゴリズムとタグで気軽に見れる。
スクロールして多くの人の目に映ったらクリエーター支援金が出るのだと。
いくら頑張って書いても流行りに乗っからないとどうにもならない小説書きはやめて、こっちにしてみないかと提案してみたのである。
けど今さら何の動画を作ろうかという話になって、あれあるじゃん、ピタゴラスイッチ。それを家で再現してみたら多くの人の目にとまるのではないかと。
それで実際に二人で四苦八苦しながらもいろいろやってみた。
後掃除は大変だったけど友情も深めて、普通に準備をやっていたりアイデアを出し合っている間にたくさん笑いあったし、楽しかったのだ。
流行りとテンプレをどうやって再現すればいいかわからず、自分に文才がないのかと辛そうにしていた加藤が、最近は軽い鬱ぎみだった加藤が、友人である俺と楽しく時間を過ごせたのである。
別にこれが収入にならなくてもこれでいいや、青春の思い出じゃないかと。
しかしながらまあ。
何十本の動画を作ってアップしていたけど、まあ、1000再生行ったらいい方だった。
それが急に話題になった。俺たち以外にピタゴラスイッチ系の動画を作ってる有名人、インフルエンサーがいて、それつながりにかなりの再生数まで登りあがったのである。
そしてクリエーターファンドから支援金をもらうようになり。
その金額はちょっと驚くほどだった。10万再生とか超えてる動画もそこそこあったので、いや、マジですかって気持ち。
ある日の昼下がり、二人ともオフで、彼女なんているわけもないから二人ともベンチに並んで座っていた。
公園には誰もいない。いや、いるけど、公園って都心部を突っ切ったりするから道として利用しているような人しか見えない。
そりゃこんな時間だ。平日だし。みんな忙しいのだろう。
「なぁ、加藤。まだウェブ小説でバズりたいか。」
暖かい缶コーヒーを飲む。いつも飲んでる奴である。
「いや、まあ、そんな気持ちがなくもないけど。」
「続けてどうすんの。俺たちこれだけで食っていける気しないか。」
「いや、けどバイトはやるでしょう。」
「居酒屋?」
「あれやめてラーメン屋にした。」
「ラーメン屋でバイトやってるの?毎日ラーメン食えるじゃん。」
「まあ。」
「太らない?」
「運動してるし。自転車乗ってるし。」
「自転車?盗まれない?」
「そりゃ気を付けるよ。」
ちょっと話が途切れてから俺から話題を投げる。これずっと言いたかった。
「あのお金どうしようか。結構たまってるよね。」
「いくら?数えた?」
「まあ、三百万超えた時点で数えるのやめた。あれ税金とかどうなるの?」
「わからん。」
缶コーヒーを飲み干して、隣にあるごみ箱にシュート。
「あれ中身飛び散ったら大変なことになるぞ。」
「誰もいねぇし。」
「今更こんなお金あって…、何しようか。なんか高いものでも食べに行く?」
「風俗行きたいんだけど。」
「お前、オタクだろう。」
「いや、まあ。オタクでも風俗はいくが。」そう言ってる加藤の野郎、いつの間に。
「行ったことあんの?」俺は行ったことない。24歳でまだ童貞である。そんな顔立ち悪いわけでもないんだけど。俺がこの子いいな、って思ったら絶対彼氏いるパターンで、結局二次元で満足するのである。
「ない。」
「ほら。家で二次元美少女を見ながらおなるほうがいいって。」加藤も共感するはずである。
「何その言い方。おめぇだってオタクだろう。」くすっと笑う加藤。
「彼女できねぇかな。三百万いますよって言ったら付き合ってくれねぁかな。」
「そんな釣れるもんなの。そんな言い方で釣れるもんなの。そもそも三百万って俺たちで稼いだものだろう。お前一人のもんじゃないだろう。」
「まあそうだけど。けど俺が提案したじゃん。」
「アイデアはほとんど俺が出すし。」確かに俺が提案したけど加藤は小説を書いた経験があったからか、頭が結構回る。
「ああ、もうわかった。それは置いといて彼女作るって話だよ。どうやって作れるの。彼女って別に道端で転がっているものでもないだろう、落ちてたらそりゃ拾うが。」
「何、そんなに飢えてるの?」そう言われてみればそうでもない気がしなくもなくもなくも…、やめよう。空しくなるだけである。
「お金あるからさ。使い道考えないほうがおかしくない?」
「逆に三百万で釣れる彼女ってどうなの。」何で釣っても彼女は彼女でしょうが。
「できればロり顔でデカパイの方がいい。後メイド服の似合う子。」
「メイドカフェ行けばいいじゃん。」
「いやいや。絶対彼氏いるでしょう、メイドカフェのバイトの子は。」俺は知ってる。可愛い子は全部リア充に食われているんだと。馬鹿じゃないのである。
「じゃあオタク彼女作ってコスプレさせちゃえばいいじゃん。」
「オタクの女子ってどこで探すの。俺今まで一度も見たことないんだけど。」
「それな。いてもBL好きとかだった気が。」
確か中学の時BLの話してた女の子がいた気が。
「BL好きってだめなん?」
「ダメだろう。逆にさ、俺たちみたいな美少女萌えとか好きな男ってキモオタとか言われてるじゃん。それと同じじゃね?」
「いや、ちょっと違う気がするけど。」
「なに?BL好きなん?ホモ?」
「ちげぇし。てかホモも人間だぞお前。差別すんな。」
「へいへい。」
「それでオタク彼女作れるかって話だったよな。」
「俺たちには三百万があるから何とかなる。」
「さっきからずっと三百万、三百万。そんな大金でもないだろう。あれ多分、サラリーマンとかやってて、投資とかしてるとそれくらい普通に入るんじゃない?知らんけど。」
「知らんのか。」俺も知らんけど。
「俺にサラリーマンの友達なんていねぇし。」俺もいない。高卒なこともあって、なんか加藤以外の友達も似たり寄ったりの生活しているのである。金持ちの親戚とかいないかな。俺の知らないところに。ちょっとあこがれる。
「けど三百万だぞ。」
「だからそれやめろって。」加藤の反応が芳しくない。
「なんかお金絡むと、友達関係破綻するって話聞いた気が。」
「お前何か使いたいことでもあんの。」
「お前も使いたいときあるだろう。なんか、なんか最近流行ってるあのゲームでなんか押しいるだろう。」
「あれさ、期間限定ガチャで。もう時期が過ぎていつ来るかわかんないんだわ。」
「けど三百万だぞ。」
「お前だって言ってるじゃん。」
「いやお前が言うから。」
「俺のせいにすんな。」
そんなこと言いながら笑っていたら、いいことを思いついた。
「カメラとか、いろいろ買おうか。んでyoutubeにも進出する。」
「あれ別々なんだろう。長い動画でバズってる人が短いでバズってるわけでもないし逆も同じ。」
「そうなん?」
「なんか家賃もっと高いとこへ行ったほうが、精神的によくないか。」
「家賃で消えるのって空しくない?」
「じゃあどうすんの。三百万で家は買えないでしょう、さすがに。」
「じゃあ貯金するの?」
「機材は買おう。」
「それは考えないとな。小説はもう書かない?」
「いや、まあ。今はいいかな。あれなんか、あれだよ。あんまり、なんか。創作しているのに創作というより作業している感じしかしない。」
「出版されない?」
「何がダメか自分でもわかんない。あれ出版社は美味しいとこ拾っていくだけだよな。助言もしてくれない。」
「お金が欲しかったら動画とった方がいいって。今のご時世。コンテンツは文学より動画だよ。個人だと特に。出版社が美味しいところだけ持っていくとかもないし。かかわってる人が多すぎて自分には大した収入にもならない、頭使うだけ使って、儲からないからと作品に愛着もあるからやめられない。そんなんやめたほうがいい。動画だと再生数に比例してお金もらえるけどウェブ小説はPVあたりにお金をもらえるようになっているわけでもない。3分程度の動画を作っても、世界中の人々と簡単に繋がれる。それって、めちゃくちゃロマンのある話だと思わないか?」
「なんだ、急に。」
「いや、なんか読者に見られている気がして。」
「ん?誰が見てるの?」
「ほら、見てるじゃん。」
「なるほどね。」