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ファーストダンスは、陛下が踊られたそうです。
レオン様のお母様が、どれほど素晴らしいステップかをお話しして下さいました。
次は上流貴族の方々が、踊ります。
それが済めばみな、思い思いに踊るそうですが、レオン様のお家は、上流貴族です。
陛下とお妃様程ではないにしろ、注目されます。
レオン様が、エスコートしていた腕を外し、ダンスの手に持ち替えました。
いよいよです。
レオン様のお父様とお母様が、動いた気配がしました。
その数拍後、レオン様が動きます。
私は、足音を追う以外もうできる事はありません。
ある場所まで行けば、レオン様が足を止めます。
体勢はホールドの状態で、曲が奏でられるのを待ちます。
曲が鳴り始めれば…。
レオン様の腕のリードと、ステップの音に全神経を集中させます。
顔は下げずに、笑顔を貼り付ける。ダンスの先生や公爵家のみなさんから、何度も言われた言葉です。
それを心で繰り返しながら、曲に合わせてステップを踏みます。
曲は、公爵家でも、何度か練習した事のある曲でしたから、とても助かります。
レオン様の腕の安定感もとてもよく、安心して踊れます。
少し慣れてくれば、なんだか楽しくなってきます。
笑顔が、作り笑顔ではなく、本当の笑顔になります。
「レオン様とのダンス、とても踊りやすくて、なんだかとっても楽しいです。」
ついつい弾んだ声を上げそうになりますが、今は大きな声は出してはいけません。
レオン様に聴こえるギリギリの声で呟きます。
一瞬だけ、リードの手を優しく握られました。
優しい雰囲気から、レオン様も、楽しく思っているように感ます。
楽しいダンスは、はじめの緊張が嘘のようにありません。そして直ぐに終わってしまいました。
ダンスが終われば、レオン様にエスコートされ、またどこかに向かいます。
少し温度が涼しいので、窓際か、壁ぎわによったのかもしれません。
ダンスのワクワク感で、体温が上がっていたためか、涼しいこの場所が、気持ち良く感じました。
「座るかい?」
レオン様が優しく声をかけて下さいました。
「よろしいのですか?」
「慣れない靴で、足が痛いんだろ?先程から少し足を引きずってる。まだ帰るわけにはいかないから、少し休んで。」
有無を言わさず、肩を後ろに押されます。
押されて、体が後ろに下がれば、膝裏に椅子があたりました。
どうやら、はじめから座らせるために、ここに向かったようです。
促されるままに、座ります。
足がシュワッと血が通った気がしました。
楽しさに興奮して、自分の足の痛みなど、気がつかなかったのに、レオン様は、私の足のことなのに、気付いて下さったんですね…。
本当にお優しい…。
「そのまま動かないで、飲み物をもらってくるから。」
レオン様は、私をそのまま残して立ち去られました。でも、靴音でだいたいの位置はわかります。
何でしょう、私の前に、数人人が来ました。靴音から、男性でしょう。この方たちも、休みに来たのでしょうか…。
「お嬢さん、僕と一曲いかがですか?」
「いえ、お嬢さん、私と一曲踊りましょう。」
「先程は、見事なダンスでした。子豚のお相手では、不満でしょう。どうぞ、あなたと踊る栄誉を私に…」
「その美しいお姿を一目みた時から運命を感じでおりました。豚公爵より、僕とダンスを…」
「壁の花になるのは、お早いかと…。よろしければ、僕とダンスを…」
えーーっと…。
皆さん誰に話しているのでしょう…。
この辺りに、女性の足音はしません。誰か椅子にかけてみえるのかしら…。
でも、豚と言う単語が沢山でてきますね?
もしかして、私に、話かけていたりするんでしょうか?
曖昧に、返事をするわけにはいきませんし…どうしたら…。
不安になり、先程レオン様が、向かった方に顔を向けます。
「なかなかつれない態度ですね…。」
「いやいや、あなた方が、一気に話しかけるから、怖がっているんですよ。僕は、大丈夫ですから、僕の手をお取り下さい。」
「何が大丈夫なんだか、そのまま連れ帰るつもりのくせに、よく言うよ。」
「ご令嬢ここは、はやく手を取った方がいい。みなが、喧嘩をはじめますよ。」
私でしょうか?私に言われているのでしょうか…。
声の向き的に私な気がしますが…。
無理です。レオン様は、あの靴を履いてみえるから、リードについて行けますが、普通のしかも、知らない方となんて、無理です。どうしたら…
顔から血の気が引き、背中には、嫌な汗がながれます。
「君たち、邪魔だ。彼女は、今夜僕のパートナーだ。誰とも踊らせるつもりはない。」
と、男性達の背後辺りから、声が聞こえてきました。
あまりの安堵に、
「レオン様!」
と、立ち上がりました。男性達が、数本道を開けたのがわかりました。身分がレオン様より低い方達なのでしょう。
足音で、レオン様が近づいてくるのがわかります。
そして、手を取られると、腕に置かれます。
私は、その腕にギュッとしがみつきます。
よかった。どうしたらいいかわからなくて、すごく、すごく心細かったのです。
近くにある、レオン様の匂いと体温に落ち着きます。
ふん。とか、失礼した。とか、口々に何か言いながら、男性たちの足音は遠ざかった。
「飲み物だ。1人にして悪かった。」
「ありがとうございます。レオン様は、何も悪くありません。私が頼りないばかりで…。申し訳ありません。」
「君は悪くないから、気にしない。飲み物のんで」
「はい。ありがとうございます。」
それからしばらく、先程の窓辺の椅子に2人並んで、くつろいでいました。
何か変です。
「レオン様、お伺いしてもいいですか⁈王城の使用人や侍女さん、執事さんは、足音を忍ばせて走りますか⁈」
「?使用人や侍女は、足音を極力立てないように歩くなぁ。」
「大人数で、コソコソと走りますか?」
「まず走らない。特にこう言った場所ではな。走るなら急を知らせる伝令など1人だ。」
「では、なんでしょうか?」
「何か聞こえるのか?」
「はい。二階あたりの外に、数十人…」
「何!?ここは吹き抜けだ。二階はない。では屋根の外か…
父上に知らせる。少し早く歩くぞ。」
レオン様に引き立たされ、そのまま歩き出しました。
「足音が、あちらの方に向かっています。」
「あちらは、王がいる。狙いは、王か!」
レオン様は、さらに足を早めます。
「父上、失礼します。至急お話しがあります。お耳を…。」
レオン様は、お父様を見つけたようです。
手を離されて不安ですが、足音でそばにいるのはわかっているので、大丈夫です。
すると肩に優しく手が添えられました。ビクン。と肩が揺れてしまいました。
「驚かせてごめんなさい。レオンの母よ。目が見えないから、1人では不安かと思って…」
「ありがとうございます。嬉しいです。」
レオン様の優しいお母様の気遣いに、笑顔が溢れました。
レオン様から、話を聞いた、レオン様のお父様から、やや物騒な雰囲気が漂っていますが、気のせいでしょうか…。
「2人はここにいなさい。私達は少し動いてきます。」
「マリア、母上から離れないで、まってて。」
お二人は、何処かに…いえ、怪しい足音が、動いている方に、向かわれたようです。
「あの…。どうしたのでしょうか…。」
「仕事に行っただけよ。大丈夫直ぐに戻ってくるわ。」
はい。と頷こうとすれば、ミシミシと不思議な音がなる。
「あの…。上に、ガラスなんて無いですよね?」
「ああ。見えないからね。あるわよ。アーチ型にステンドグラスで、キレイに飾らせているから。間からは夜空の星も綺麗に見えるわ。」
「あの、今ガラスの下にいますか⁈」
「そうね。だいたいが屋根ガラスだから…」
「失礼します。」
と、レオン様のお母様の肩を触れば、布はない。オフショルダーと言うタイプの肩を出すドレスを着ている事がわかる。
急いで、私は肩掛け用の上着を脱いだ。
バサっと、私より背の高い、レオン様のお母様に被さるように、かける。
それと同時に、
ガシャン!!!!!!
と、けたたまし音がして、ガラスの破片が、パーティー会場、特に、怪しい足音がしたあたりで、降り注いでいる音がした。