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本日、レオンお坊っちゃまが、人間を拾ってまいりました。
『どうなされたのでしょう。
極度の人嫌い、人見知りのあの坊っちゃまが…!』
まずは侍女達に、少女のあの汚いかっこうを何とかして、もらわなければなりません。
私は、足早に廊下を進み、バックヤードで仕事をして居る侍女2人を捕まえました。
そしてレオンハルト様の部屋にいるお嬢様に、湯浴みをさせ、着るものを準備するように指示します。
あんな小さな子は、困った事に、この公爵家に現在居はおりません。
とりあえず、レオンハルト様が、幼い頃着ていた普段着を着せ、湯浴みの途中にでも、目で大体の採寸をしておくよういい、手が、空いたら適当にドレスを見繕うようにさらに指示を重ねました。
目が不自由な様であるので、気配りすることを言付けるのも忘れずに伝えます。
何か杖か、杖の代わりになる物を探してくるように、庭に行こうとしていた、使用人を捕まえて言いつけます。
使用人は、直ぐに昔、お亡くなりになった、大旦那様が、使っていた、黒光した、持ち手に鳥の頭を象った杖を持ってきました。ですが、大人用です。
どう考えても、あの小柄な少女には、長すぎます。
かと言って、大旦那様の形見とも言える品を勝手に切ってしまうわけにもいきません。
使用人に、何か庭で木の枝を探し、周りをキレイにやすりがけする様に頼みます。長さは、大人のその杖の2/3程を指定しておきました。
店に注文して、出来上がるまでは、それを代用するしか、しかたありません。
次は、そのまま、裏にある別棟に行き、ダレルの帰宅を確認したが、まだ帰って居ない様子。
帰りしだい報告に来るよう言付けておきます。
あとは、屋敷にもどり、レオン坊っちゃまをお見送りしたら、普段の業務をこなしながら、空いた時間に、拾われた少女を見に行きました。
見違える程キレイにされていたが、コケた頬や痛々しい、手足の傷はそのままです。
ですが、服装が男装であるために、なんとも中性的で可愛らしくみえました。
侍女達の話によれば、ほとんどが、皮と骨で、服の下には、鞭で叩かれた痕や、殴られた様な痕もいくつかみられたと…。
報告を聞いて、侍女には、キッチンにいるだろう、直属の治癒魔法使いと診察室の医師を連れてくるように、いいつけます。
医師は、診療室で仕事をしており、連絡を受け直ぐに来てくれました。そして…
「食事は、柔らかい野菜のスープなど、まずは、消化に良いものを与えてください。
体調と食欲をみながら、普通の食事にする様に…。」など、細々と指示を出していきました。
それは、侍女により、後程キッチンに伝えられる手筈になっています。
とりあえず、診察中も、豪快にお腹を鳴らしていた少女に、柔らかいパンを細かく千切って、スープにつけた、パン粥を食べさせようと、準備いたしました。
目が不自由であるにもかかわらず、手探りで、すごい勢いで、食べ進め用とする少女…。
正直ビックリしました。
なせなら、手探りであるため、口の周りだけで無く、せっかく着替えた服やテーブル周りが、べちゃべちゃに汚れてしまったからです。
マナーもへったくれもなく、手掴みで食べる姿は、野生の猿を思わせました。
一旦、みかねた私が、皿を少女から取り上げれば、侍女達が、阿吽の呼吸で、手や口、首元や服を綺麗にしたあと、テーブル周りをキレイにしました。
侍女の1人に、取り上げた皿を渡せば、少女を座らせた椅子の斜め向かい側に、自分の椅子を置き、少女にスプーンで、少しづつ食事をさせはじめました。
その光景を見届けていれば、やっと治癒魔法使いのライムが現れました。
本当に、何をしていたのやら…。
恰幅のいい侍女長に、猫のように首元を掴まれて、引きずられてきているのが、いい証拠です。
『また、いつものように、逃げ回っていたんでしょうね…。
治癒魔法使いの癖に、小心者で傷が苦手な彼は…。
まあ、16歳の若者ですから、仕方ないと言えば仕方ないのでしょうか…。』
わーわーと、騒ぎながら連れて来られたライムは、自分より小さな女の子が、今回の患者と知り、直ぐに大人しくなりました。
手を握り、魔法を使えば、体のあちこちにある小さな傷は、直ぐに治りました。
ライムの話しでは、
「普通なら、鞭の傷やあざも今ので、消えているはずだが、本人の体力が、あまり無い今は、治りが遅いから、3日はかかる」と説明しました。
治癒魔法は、本人の治癒力を一時的に高める魔法である為、できることは、本人の体力次第な所が大きいのです。仕方ありません。
少女の目は、傷ではなく、長く明かりのない部屋に、閉じ込められていた為の弊害であるから、成長していない物は、自分には、治せないとライムが、言い切ります。
「もし、治せるとしたなら、本家のじじーだ。」
「では、旦那様にご報告の書類を作る際、一緒に、本家の治癒魔法使い様に、お願いを添えておく事にいたします。」
「じゃ、俺は、キッチンをほおってきたから、行く!」
用は済んだとばかりに、ライムは、踵を返し、部屋を飛び出ていきました。
あの態度…。ふー、これは、行儀教育をし直さなければなりませんね…!
そんな時間を過ごしながらダレルの報告を待っていました。
昼過ぎ、ダレルから、報告書が届きました。
報告に来るように、言付けたはずですが…。
まあ、仕方ないでしょう。彼らは…、日の光が苦手です。中でも、彼は特に…。
一刻も早く別棟に帰りたかったのでしょう。
そんな事を思いながら、報告書に目を通せば、
彼女は、先ほどシャドータイガーの通報により、逮捕された、汚職男爵の前の奥方との子でありました。
名はマリア。
1歳になる頃に、奥方がなくなり、数年後、今の後妻が家に、入った事で、5歳頃から、座敷牢に入れられていたようです。
少ない食事を与えられるだけの、何も無い生活を10年強いられていたとは…なんとも…。
無意識に眉間にどんどんシワが寄ります。
16歳になったら、娼婦か奴隷として売られる予定であったよですね…。
12歳程度にしか見えない少女は、実はもうじき16歳の男爵令嬢だったのですね…。
彼女の父親は、入り婿で、後妻も男爵家の血筋ではないようです。
では、正統な男爵家の血筋は、彼女のみ。
今回の汚職で、男爵家が、お取り潰しになるかならないかは、彼女の関与次第ということのようですね…。
彼女には、食事のマナーどころか、教養もありません。
なんとか5歳までの生活で得た言葉が話せるだけです。
関与なんて出来るはずがないではないですか。
監査官が、一度彼女に会いにくる予定とありますね…。では、すぐに潔白は証明されるでしょうね。
レオンハルト様の様子と、屋敷の様子と、少女の様子、本家の治癒魔法使い様への要請と、この報告書を添えて、本家にいらっしゃる我が主人、公爵様に、全てを報告いたしました。
次の日には、公爵様より、私、セバスチャンに密命が下ったのです。
【多少ハンデが有ってもよい!
その少女を立派な男爵令嬢に、教育し、育てあげ、
レオンハルトの嫁にせよ。】
「賜りました。旦那様。このセバスチャン、老体に鞭打って頑張らさせて、頂きます。」