第3話 猛牛と賢者
俺の名は藤田龍。おそらく昨日、ここに転生した。この世界では異世界から人が現れることを賢者の旅と呼んでいて、客人としてとても丁寧にもてなされる。賢者の旅は年に数回発生しているためそこまで珍しくはないらしい。
そんな俺は今、転生先にあった村の青年と共に戦闘の訓練をしていた。RPGでいうと俺はレベル1でこの村の周りには弱いスライムしかいないという感じらしい。
「おーい、そろそろ飯にしようぜー。」
少し離れた場所でスライムと戦っていたブルが声をかけてきた。高身長で筋肉ムキムキ、派手な赤い髪でハンサムな笑顔を振りまく村長の息子。そして剣術の腕は村一番のうえ魔術の心得もある、いわゆる優等生だ。
俺も辺りのスライムはほぼ倒していたので、村に戻り昼食をとることにした。
ほら、と手渡されたサンドイッチはブルが作ったものらしい。料理までするなんて完璧にも程がある、なんて思っているとブルが話しかけてきた。
「それにしてもリュウは流石だな。ちょっと教えただけでスライムくらいなら簡単に倒せるなんて、やっぱり賢者は特別な力があるみたいだ。」
急に褒められてキョドった俺は少し言葉に詰まりつつも
「い、いや、そんなことねーって。ブルの方がなんでもできてスゲーと思うよ。」
と返した。ブルはありがとな。と一言返事をした後、今後の予定について説明を始めた。
「腹も膨れたことだし、午後のスライム狩りに行こう、と言いたいところなんだが。」
そう言うとブルは、俺に耳を貸せという意味でチョイチョイと指を折り曲げる仕草をした。逆らう理由もないので言う通りにする。
「本当はまだ禁止されているんだが、スライムよりもう少し強いモンスターを狩りに行かないか。」
ブルは真面目な顔で俺を見つめていたが、俺の答えはもう決まっていた。
「ここだ。」
ブルに連れられ、村から離れた場所にある森の入り口へと辿り着いた。まだ太陽が出ているにも関わらず、生い茂った草木が光を遮り、森の中はかなり暗くなっている。随分と前に設置されたものなのか、老朽化しており文字の読めない立ち入り禁止の看板が2つ建っていた。
マジでここに住んでるモンスターを狩りに行くのか?ブルは強くて頼りになる男だけど、ちょっと怖いな。
「リュウ、大丈夫か?不安ならスライム狩りに戻ってもいいんだぞ。今日じゃなくても来週だっていいんだ。どうする、引き返すか?」
俺の不安を感じ取ったのか、ブルが戻ろうと提案してくれたが、そんなブルの気遣いに俺は完全にブルを信頼することに決めた。俺は黙って首を横に振ると、ブルはその意気だ。と言い、薄暗い森の中へと歩みを進めて行った。
森へ入ってモンスターを戦闘するまでは不安で正直泣きだしたいほどだったが、スライムの次に弱いモンスターというのは本当らしく、驚くほどサクサクと奥の方まで来れてしまった。そうなると緊張も解けて柔らかい雰囲気になって、ブルに話しかけてみた。
「ブルはそんなに強くて見た目もカッコ良くて、この村よりもっと大きい町に行きたいとか考えたりしねえの?」
素朴な疑問だった。どうしてなんだろうと。別段深い意味を込めて質問した訳ではなかったがブルは少しだけ戸惑ったような表情をした。ような気がした。
「いや、俺はこの村が好きなんだよ。村長の息子でもあるし、お前みたいなヒヨッコ賢者を育ててやらなきゃいけないしな。」
いつもと同じ。いや、それ以上の笑顔でそう言うのだった。
「じゃあそろそろ戻るとするか。そういや無駄に怖がらせないよう言ってなかったんだが、この森には誰も見たことのない伝説の白狼がいるらしいぜ。なんでも横の大きさじゃあなく、高さが3メートルを優に超えていて、その毛は月夜に湖畔で水浴びをする乙女のように幻想的で美しい白銀、その爪や牙はこの世の何よりも硬く鋭く、そのしなやかな肉体を食したものには永遠の命が与えられる。らしいぜ。」
「そんなデッカくて美しい白狼がいるなら、一度でいいから見てみたいと思わないか?お、例えばほら、これくらいデッカい足跡なんだろうな。・・・・・・というかこの足跡、犬みたいじゃないか?それにしてはついてる感覚が広すぎる。」
ブルはゆっくりとこちらに振り向き、俺を見つめていた。その目はまるで幼稚園くらいの子どもが特戦隊を始めて見た時のように輝いていた。
「絶対に戦わない。もしかしたら死ぬかも知れない。でも、いいよな、リュウ?足跡を追ってもいいよな?」
俺が何を言っても止められる気がしなかったし、内心俺もドキドキしていた。こんな「異世界っぽいこと」が転生してすぐに起こるなんて!
そうして俺たちは慎重にその足跡を追っていった。
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