第1話 波浪の龍
これから前書きは書きません。
この村では一年に一度、日々の感謝をこの土地を担当している神に伝えるための祭りが開かれる。着込むと少し暑いが薄着では肌寒い、森の獣が長い眠りにつき始める季節。今年はそんな日が祭りの開催日と決まっていた。遠方からの旅人である私は偶然、その大切な祭りの準備中にも関わらず村に世話になってしまっている。
この村のすぐ近くには大きな洞窟が存在していて、そこを歩いている時に何者かに襲われ意識を失ったのだ。目が覚めると既にこのベッドにて介抱されており、村人によれば2日間も眠り続けていたらしい。
意識が戻ってからは親切な住民たちが代わるがわる私の様子を見に来てくれていて、時折話をすることもあるのだが、もう少ししたら祭りだという話やこの村では巫女と呼ばれる役職の女性がいること、逆に私の今までの話をしたりもした。
「ウヅモさん、傷の方はどんな具合ですか?本来ならばもっと効き目の有る、良い薬を処方したいのですが、薬学を学んだ若者たちは皆祭りのため城下町へ向かってしまって。ああ、そういえば巫女様が伝えたいことがあるそうで、もうずっと横になりっぱなしですから散歩も兼ねて訪ねてみてください。では私はこれで。」
いつもありがとう。と軽くお礼をしてから何気なく思ったのだが、私はこの村に来てから1週間程、この部屋以外の場所を見ていないのだ。もちろん、まだ傷が癒えていないということもあるのだが自力で歩けないわけではないのだが、今はまだ安静にしておくべきだと言われ、それもそうかとベッドの上で過ごしていた。まあ今までも、旅人を極端に嫌う村や町も少なからずあった。そう考えるとこの部屋の中で大人しくしておいてほしいという気持ちも大いにわかる。
しかし巫女様に呼び出されたということは外出許可を得られたということに等しい。今は祭りの準備をしているらしいし、どんな村なのかがとても楽しみだ。
そうして私が部屋から出るとそこには、まるで信じられない、とても素晴らしい光景が広がっていた。真っ先に目に飛び込んできたのは、まるでこの場所から世界が始まったかと思えるほど大きく強く神秘的な大樹だった。青々と茂った枝葉が太陽光を遮り、周囲に影を落としている。圧倒的な太さを持つ、100年かけても切り倒せそうにない幹には、ここ風習か何かだろうか。絵や文字のようなものが彫られている。それが何かは理解できなかったが、それが何か大切なものであろうことは無意識のうちに感じ取っていた。
そしてその大樹の後ろには広大な海が存在していた。その透明度は一周回って恐ろしいほどで、船が浮かんでいなければ全く気が付かなかっただろう。そんな在るか無いかわからない海面に風が吹き、波浪が生まれると、まるで鏡に映したかのように鮮やかな大樹が姿を現す。
こんなにも素晴らしい、私の持つ語彙では表現することの出来ない場所がこの世界にあっただなんて!感動の余り、呼吸をすることさえ忘れて唯々その場に立ち尽くしていた。
そうして、どれくらいの時間が経過したのか。実際には数分も経っていないであろう永久を終え、あたりを見回してみると、これまた信じられない事実が判明した。全く住宅がないのである。そんなことがあり得るのだろうか?私はつい先ほどもこの村の住民と話し、更には巫女に呼び出されたというのに。
気付けば私が眠っていたはずの部屋も、出てきたハズの扉も、身体にあった傷さえも綺麗さっぱり無くなっていた。
「おーい、誰かいないかー。私は先日ここに来たウヅモという者だー。聞こえていたら誰でもいい、返事をしてくれー。」
大声で呼びかけてみたが反応は全くない。今までの旅でも、自分ひとりで危機を乗り越えなくてはならない場面はいくつもあった。何度も命を落としかけたが運良くまだ命がある。とりあえず行動することだ。大樹の幹を調べてみよう、何か情報を得られるかも知れない。
「・・・・・・フム。」
そこに彫られていた絵や文字は全く見たことのないものだった。絵の方は辛うじて人間の様な形をしているが、文字は一部分すらも解読できそうになかった。しかし、知っている言語だったとしても読めるかどうか不安なほど、風化してしまって幹の表面はボロボロなのだが。
一応、幹の大部分に何かが彫られているようだったので何かないか探すことにした。と言っても、全て先ほどと同じ形状の文字であり、読むことは不可能なのだが・・・・・・。と、半周ほど歩いた時、やっと理解できる絵を見つけた。私はすぐに駆け寄り、その絵を眺めた。
「これは飛龍に見える。隣に描いてあるのは人間か。」
余談だが、私は頭の中で考えて整理するときについブツブツと独り言を言ってしまう。悪い癖だが物心ついた頃からそうなのでもう受け入れている。まあたまに気味悪がられて傷つくこともあるのだが。
「ん・・・・・・?飛龍の下に書いてあるこの文字と人間の下の文字は一緒に見えるな。」
そこには人間の絵と飛龍の絵を補足するように同一の文字が書かれていた。
「もしも本当にこの2箇所の文字が同一のものならば、人間と飛龍も同一と考えるのが自然か。」
「いやしかし、そんなことが現実に起こり得るのか?人間が飛龍、飛龍が人間になるなど。」
「だが今はその仮定を信じるしかない。他にも同じ箇所がないか探してみるか。」
そうして私は先ほど見つけた飛龍を意味するであろう「オレ」という文字を探した。そう簡単に見つかりはしない。とあまり期待はしていなかったのだが、驚くべきことに「オレ」は至る所で見つかった。どうやら文の最初につけることが多いらしい「オレ」は、人間の絵の下にも書かれていることから推察するに、この文を書いた本人の名前が「オレ」で、飛龍に変身する特異な能力を持っているようだ。
「となると問題はこの文の内容が読めないことではなくこの人物が誰にこのことを伝えたかったのかということだ。私ではないことは明々白々なのだが・・・・・・。ダメだ、疲れて頭が回らない。」
どうやらこの場所は、私が数日前まで暮らしていた世界とは何かが違うらしく、少し活動しただけでいつの間にか身体が疲弊していた。
「どうせ何もわからないし、誰もいないんだ。少し横になって、また後で考えることにしよう。」
そう独り言を残し、大樹の下で微かに潮の匂いを感じながら眠りについた。
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