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法具補修師は王子殿下に求婚される  作者: 葵月さとい
第一章「法具補修師は王太子殿下の呪いを解く」
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③ラオフィーネの法具

 右手の人差し指に嵌めている法具は"火"の属性。指輪のカタチをするそれの内側には「支配」と「破壊」の意の紋様が刻印されている。

 法具から噴き出した炎がラオフィーネの指先に収束する。

 頭のなかでは紙に書きつけられていた呪いの紋様の意味を反芻(はんすう)


 ――光は闇に。

 ――光を闇に。

 ――そこへ魔が満ちる。

 ――魔は「光の器」を食い殺す。


 紋様(もんよう)は月の満ち欠けを模していたが、この世の(ことわり)を屈折させるものだった。

 欠けていく月面。光が当たっているはずの部分が闇に覆われていく。やがて新月を過ぎ、時を経て満ちていくはずの光は完全に失われており、永遠に月は存在しないものとなる。月と繋がりをもつ「光の器」はやがて朽ち果てていく……。

 まるで物語の紡ぐかのように呪いは描かれていた。


(紙切れ一枚で(ことわり)まで捻じ曲げようなんて、傲慢すぎでしょっ!)


 この呪いを組んだ者は、自分の能力にさぞかし自信があるのだろう。

 厄介なのは、紋様を意のままに扱うことができるだけでなく、この城にある法具に精通していることだ。

 サザナミと繋がっている法具の属性は光。光には三種類ある。太陽と月と星。

 そしてこれは月の祝福を(いただ)く法具。だからこそ月の満ち欠けを応用した呪いを作り出したのだ。おそらく敵は身近に潜んでいる……。


(まずは闇を光に戻す……!)


 ラオフィーネは虚空(こくう)に指先で紋様を描く。

 光が闇に反転されたのなら、それをまたひっくり返すのみ。


『闇を光に。闇は光に。月の光は闇に()われない。たとえ地上から見えなくとも、月の光は消えたりしない。それが世界の(ことわり)なのだから――』


 指先に集めた炎で、ラオフィーネは(よど)みなく解呪の紋様を刻む。

 薄暗い室内に真っ赤な光が浮かびあがる様子を、アウグストとグルドが固唾(かたず)をのんで見守っている。

 紋様を描き終ると、ラオフィーネは呪いのかけられた法具を掲げた。


「闇なんて(あぶ)りだしてやるんだからっ! 出てきなさい!」


 宙に浮かぶ紋様が法具に絡みついていく。ゴオオオと音が鳴り、内側からどす黒い(もや)が漏れでてきた。


「ラオフィーネ殿! でっ、殿下の身体からも、何か黒いモノが出てきましたがっ!?」

「それが闇……呪いの正体です!」

「!!」


 戦慄(せんりつ)を覚えるアウグスト。だがそれでもサザナミのそばを離れようとはせず、黒いモノが呪いだと知ると、しっしっと手を振って遠ざけようとしている。


「安心してください! 身体から出ちゃえばこっちのもんです!」


 これでサザナミは助かる……。

 法具と法具に繋がっているサザナミの身体から呪いが取り除かれれば、もう命の危険は無い。傷んだ肉体も、ゆっくり静養すれば元の健康を取り戻すはずだ。


(もう大丈夫だからね)


 ラオフィーネはひとまず安堵する。


「ですが補修師殿! この闇はどうされるおつもりかっ!?」


 グルドが険しい表情で指摘する。

 炙りだした闇が、ふたたび入る器を探して室内を駆け巡っている。

 サザナミの身体に入り込もうとするが、胸の上に置いていたグルドの法具が淡い光を放ち、それを阻止していた。

 ラオフィーネはちゃんと心得ている。


「大丈夫です! 今から闇を()()()もらうからっ――!」


 両腕を持ち上げる。

 右手の指先には火の属性の法具。

 そして左手首に()めてる腕輪のカタチをした法具は、土の属性。


「イーフ!」


 ――"(あるじ) やっと呼んでくれたか"


「ダイン!」


 ――"我に まかせておくがよい"


 ラオフィーネは身につけている法具に呼びかける。応える声。ボゥと浮かびあがるように二つの影がラオフィーネの両脇に立つ。


「ま、まさか、……降霊(こうれい)法具(ほうぐ)なのかっ!?」


 グルドが驚いている。


「降霊法具? なんですソレは?」

「滅多にお目にかかれない特別な法具なのですよアウグスト殿。ワタシも見るのは初めてだ……なんと神々しい……」


 恍惚(こうこつ)とした表情でグルドは(なめ)らかに語り出す。


「法具の起源は遥か海のむこうの大陸、古代にまで(さかのぼ)る。法具とは宇宙と人を結ぶための器。かつて法具職人が聖職者と呼ばれていた時代……。頂点に君臨するのは霊視の力をもつ巫女だった。巫女は儀式によって法具にあらゆる精霊を取り憑かせ、使役し、混沌の時代に光をもたらしてきたと、歴史には残っておる……」

「グルド師、もしかしてラオフィーネ殿の法具には……」


 聡いアウグストは、はやくも理解に至る。


「そう、精霊が宿っておる。……見よ、あれは人間ではない」


 ラオフィーネのそばには、法具から抜け出てきた精霊が立っている。見目麗しい男性の姿に見えるが、肉体は透け、肌のところどころが(うろこ)のようなもので覆われている。火の法具に宿る精霊をイーフ。地の法具に宿る精霊をダインと、ラオフィーネは呼んでいた。


「イーフ、ダイン、お願いね! なるべく部屋を壊さないように気を付けて!」


"主の望みのままに"

"我らが一瞬で浄化してやろう"


 不思議な声とともに、イーフとダインの姿が変化していく。人のカタチから、今度は大きな翼を持った四足の生き物の姿に……。


「なっ、なんとっ、天の竜鳥と、地の竜鳥ではないかっ――!」


 グルドの興奮が最高潮に達した。


(さすがグルドさん、詳しい……)


 子供のようにはしゃぐ壮年の補修師の姿に、思わず笑いをこぼすラオフィーネ。

 確かにイーフとダインは、人間が存在するよりもずっと前、太古の昔、火の空気が満ちていた空と、まだ固まっていない泥濘(ぬかるみ)の大地に存在していた竜鳥(ドラゴン)だ。

 いつかの時代……。力ある巫女が法具に竜鳥のエネルギー体を降霊(こうれい)させたのだろう。それが廻りめぐって、今はラオフィーネの手元にある。

 

(といっても、この法具はもともと父さまのだけど)


 ラオフィーネの父は降霊法具の収集家(コレクター)でもあった。

 補修師にとって今や伝説となりつつ降霊法具だが、それは単に数が少なく、扱える者のもとにしか置けないからである。

 イーフとダインは、ラオフィーネを主人として受け入れていた。


"主の前から消え去れ"


 イーフが火の粉を散らした翼で飛び回っていた闇を追いつめると、口を大きく開いてまるごと飲みこむ。腹のあたりが膨張していく。


"我の番だ よこせ!"


 今度はダインが大きく口を開く。そこへイーフが飲みこんだ闇を炎の(かたまり)にして吐き出す。待っていたと言わんばかりに、ダインはぺろりと炎を美味そうに飲みこんだ。


「味は良くないと思うけど、ダインにとっては栄養補給みたいなものね」


 バチバチと雷のような電気がダインを包んでいく。ラオフィーネの腕輪にもびりびりとしたものが伝わってきた。これで呪いの元凶は完全に消滅した。


"主 なにも無くとも たまには呼べ"

"我らは いつもそばにいるのだから"


「いつもありがと。イーフ、ダイン……」


 ラオフィーネが両腕を差し出すと、竜鳥(ドラゴン)たちは消えていく。法具のなかに戻っていったのだ。


「終わったのですか、ラオフィーネ殿……」

「はい。すべて終わりました!」

「お見事でした補修師殿……」

「いいえ。グルドさんの法具の力も借りましたしね」


 閉めきっていたカーテンを開けると、ラオフィーネは床で眠ったままのサザナミのそばに寄る。

 夕陽に照らされたサザナミの顔色は、最初に比べてだいぶ良くなっていた。


「はやく元気になってね。サザナミ……」


 ラオフィーネはそう言って、明るい金色の髪をそっと撫ぜた。

 

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