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法具補修師は王子殿下に求婚される  作者: 葵月さとい
第一章「法具補修師は王太子殿下の呪いを解く」
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①信頼できる者

 王城に着く。平時(へいじ)のときは一般庶民の立ち入りは禁止されている。開放されるのは王族の婚儀や生誕祭、戴冠式などの特別な行事があるときだけだ。

 馬車はわざわざ王城の裏手にまわり、そこで停まった。降りるときにアウグストが手を貸してくれる。


「ではまず殿下のもとへ行きます。くれぐれも勝手な行動は慎むように」

「わかりました……」


 ラオフィーネは素直に頷いておいた。こんな王城でたったひとり、無闇やたらに動き回るつもりなんて毛頭ない。目的を果たせればそれで良いと思っているのだが……。


(アウグストさんて神経質? 探検が好きな子供じゃあるまいし、勝手な行動なんてするわけないのに)


 人気のない真っ直ぐな回廊を歩きながら、ラオフィーネは窓の外に目を向ける。庭園が見えた。高い造園技術を持った庭師がいるのだろう。整備された花壇のなかで美しく咲き綻ぶ色とりどりの花々は、ひとつひとつが輝いてみえる。記憶に残したくなるような光景に心を和ませていると、アウグストがポツリと言った。


「最近になって、急激に増えたのです」

「なにがですか?」

「サザナミ殿下のお命を狙う者が……ですよ」


 ラオフィーネは、はっと息をのむ。


「増えたのには、なにか理由があるんですか?」

「おそらく……殿下が南の地へ一時赴任(ふにん)することが決まったせいですね」

「南の地……カスファール地方?」

「その通りです。よく分かりましたね」

「はい。父さまが仕事で行ってるので、もしかしたらと思って」

「ああ、なるほど」

「でも、それが理由で?」

「……(こころよ)く思わない者がいるということです」


 アウグストは大きな溜め息を吐いたあと、ふたたび表情を引き締める。


「なので、これから貴女も気を付けなさい」

「え? わたしも?」


 ラオフィーネは、きょとんと首を傾げる。


「当たり前です。これから貴女には殿下の呪いを()いて頂きます。ですが敵はどこで見ているか分からないんですよ? もしも貴女の存在に気付いて邪魔だと判断すれば、命を狙われる可能性だってあるんです」

「つまり、いつ襲われてもおかしくない……ということですね?」

「そうです。なので、くれぐれも行動には気を付けなさい」

「わかりました。警戒を怠らないようにします」


 大真面目に答えると、アウグストは満足そうに頷いた。


(アウグストさん"勝手な行動するな"って、わたしの身を案じて言ってくれてたんだね)


 気品に溢れるが、どこか近寄りがたい冷気を放つアウグスト。でもそれは見た目だけで根は優しい人なのかもしれない。生粋の貴族である彼が、庶民のラオフィーネの身を案じてくれるのは意外だった。さすが王子殿下の側近だ。


(でも、わたしの心配は無用だよ。返り討ちにあうだけなんだから)


 ラオフィーネは自分の強さに絶対的な自信を持っていた。


「あそこが殿下の執務室になります」


 回廊を抜けた突きあたりに大きな扉がある。執務室ということは仕事部屋ということになる。容態が良くないのに仕事をしているのだろうかと心配になる。


 扉の前には警衛(けいえい)がひとり立っていた。二十代半ばくらいの青年だ。紺色の防御にも適していそうな厚地の詰襟(つめえり)ジャケット。腰に巻いている革ベルトにはホルダーがついていて、そこに長剣を備えている。たまに街で見かける王立騎士の人たちの恰好とよく似ていたが、色と装飾が少し豪華な気がする。


「無事に戻ったか、アウグスト」

「殿下の具合は?」

「相変わらず良くない。おまえの指示通り、仕事が忙しいことにして殿下への面会はすべて断ってる状況だ」

「よろしい。殿下が呪いを受けたなど、周囲に気取(けど)られるわけにはいきませんからね」


 ここで青年の視線がラオフィーネに向けられる。


「もしかして、こちらのお嬢さんが?」

「そうです。「法具補修師」で幼少の殿下を暗殺者の手から救った、ラオフィーネ・エルネスタ殿です」

「はじめまして。ラオフィーネです……」


 ぎこちなく挨拶をすると、青年はにっこりと笑顔を見せた。

 (いぶし)がかったような金色の短い髪。瞳は深い藍色。さわやかな笑顔はアウグストと正反対で親しみやすさを感じる。


「はじめまして。オレはサザナミ王太子殿下直属の衛士(えじ)をつとめているハーキマーだ。よろしくお嬢さん!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げるラオフィーネ。


「ちなみにですが殿下の呪いのことを知るのはわたしたち三人と、殿下が懇意(こんい)にしている城仕えの法具補修師、グルド師だけになります」


 つまりラオフィーネを含めて四人だけということになる。それが多いのか少ないのかよく分からないけれど、きっと味方より敵の数のほうが多いのは確かだ。


(それって、すごく辛いことだよね……)


 好きで王族にうまれたわけでもないのに、幼い頃から命を狙われ続けてたサザナミ。信頼できる者だって限られている。刃を向けられ、傷付けられ、毒まで盛られる……。どんなに強い精神力を持った人間だって、挫けることはあるはずだ。

 サザナミのこれまでの人生を思うと、ラオフィーネは泣きたい気持ちになった。


「ではハーキマー、引き続き見張りを頼みましたよ」

「わかってる。そっちも何かあれば大声で呼んでくれ。殿下をよろしくなっ、お嬢さん」

「はい。殿下の呪いは必ず解いてみせますから」

「ハハ、頼もしいな!」


 アウグストが周囲を一度確認したあと、執務室の扉を開ける。

 室内はカーテンでしっかりと窓を遮っているせいか暗かった。何も見えない。


「殿下? アウグストです。ラオフィーネ・エルネスタ殿をお連れ致しましたよ」


 しんと静まり返った室内。アウグストが動く気配がしたあと、小さな明かりが灯る。高級な蜜蝋の匂いがした。

 ぼんやりと浮かび上がるように大きな机が目に入った。そこに男が突っ伏している。サザナミに間違いない。

 身動きしないサザナミに、一瞬、心臓がひやりとしたが、肩がわずかに上下しているのがわかって、ラオフィーネは安堵した。


(良かった……。まだ無事でいてくれた)


「殿下、大丈夫ですか? 生きてますよね? ラオフィーネ・エルネスタ殿を連れてきましたよ」


 もう一度アウグストが言うと、今度はぴくりと頭が動いた。それから緩慢な動きでゆっくりと上体を起こすサザナミ。


「ラオ……フィーネ?」


 声はひどく掠れていた。

 ラオフィーネは前に進みでる。


「法具補修師のラオフィーネです。ご無沙汰しております、サザナミ殿下」

「!!」


 ラオフィーネの声はちゃんと耳に届いたようだ。弾かれたようにサザナミは顔を上げた。



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