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法具補修師は王子殿下に求婚される  作者: 葵月さとい
プロローグ「法具補修師」
3/54

③サザナミとの出会い

ブクマくださった方、有難うございます!

 乗り心地の良い馬車に揺られていると、アウグストの視線に気付く。


「どうしたんですか?」

「すみません。不躾(ぶしつけ)に見てしまいましたね。あなたのつけている装身具(アクセサリー)ですが……もしかして法具(ほうぐ)ですか?」

「そうよ」

「法具とは、身に付けることも出来るんですね」


 興味津々という感じでアウグストはラオフィーネの手元を見ている。確かに法具を装身具(アクセサリー)のように身に付けているのは補修師だけだろう。もちろん意味はある。


「法具を補修するのに必要な時があるので、補修師はつねに法具を身に付けておくんです」

「ほぅ。そうなんですか……」

「わたしの法具は、父さまからのお下がりなんですけどね」


 ラオフィーネは右手の人差し指に()めている指輪と、左手首の付けている腕輪を撫でた。これは一見するとただの装身具(アクセサリー)だが、じつは立派な法具だ。


「サザナミ殿下をお救いした時に使った法具も()()ですか?」

「いえ、殿下を助けるために使ったのは、これとは別の法具です」

「そうですか。……いつか見てみたいものですね。法具に秘められた力を」


 そう言うとアウグストは眼鏡を外して、眉間をほぐすように指でつまんでいる。よく見ると目の下に大きなクマができていて疲労が滲みでている。

 王子殿下の側近。心も身体も休まる日は少ないだろう。それに今は……。


(サザナミ殿下の具合が心配ね)


 容態は良くないとアウグストは言っていた。

 法具を使った呪いも色々あるが、肉体に直接害を及ぼすものも多い。今この瞬間にも呪いで苦しんでいるかと思うと胸が痛くなる。


(――大丈夫。また絶対、助けてあげる……!)


 ラオフィーネはそっと首に巻いているストールに手を置く。シャラ……と金属が擦れる音がした。さっきアウグストには言わなかったが、ラオフィーネはもうひとつ法具を身に付けている。それは(チェーン)の形をした法具で、見た目はネックレスのようだ。普段はストールを巻いて隠している。


 そしてこれこそが、幼い頃、サザナミ殿下の命を救った法具だった。



 ――ラオフィーネ六歳のとき。


 ある日、自宅に帰ろうとラオフィーネは森の中を歩いていた。隣には年老いた番犬のロクスリーが一緒だった。

 あともう少しで家に着くという時に、ロクスリーが警戒を報せるように吠えはじめた。

 一体どうしたのだろうとラオフィーネが首をかしげたとき、突然、目の前に男の子が現れた。

 何者かに突き飛ばされたのか男の子は地面の上を転がり、呻きながらもすぐに立ち上がった。手には剣、服はボロボロで、怪我をしているのか所々に血が滲んでいる。


(たいへん! すぐに父さまに知らせなきゃ!)


 ラオフィーネは走って家に戻ろうとした。しかし今度は目の前に、大きな体格の男が四人現れた。しかも全員が正体を隠すように覆面(ふくめん)をしていて、ギラリと光る剣を手にしている。悪者にしか見えなかった。


 驚いたラオフィーネは尻もちをつく。


「あっ、ダメ! ロクスリー!」


 倒れた主人を守ろうとロクスリーが本格的に威嚇を始めた。武器を持った男達の目がいっせいにラオフィーネに向けられる。


(こ、こわいっ……!)


 全身がぶるぶると震え、立ち上がろうにも足に力が入らない。

 ――もしかして殺されてしまうの? 

 恐怖から、じわりとラオフィーネの目に涙が浮かんだその時だった。


「この子は関係ない! おまえたちが殺したいのは"僕"だろう!」


(――さっきの男の子!)


 ラオフィーネを背中に庇うようにして、男の子が前に立ちはだかった。

 ……金色の髪の毛。

 大丈夫か? と一瞬ラオフィーネを見た瞳は深い紫色。顔にもたくさん傷があった。服はやっぱりボロボロで血まみれ、右足を引きずっている。


(傷だらけのカラダ……きっとものすごく痛いはず……なのに、わたしを守ろうとしてくれた……!)


 それにこの状況。

 男の子は、この覆面のいかにも悪そうな男達から逃げているに違いない。それならラオフィーネに構わずさっさと逃げれば良かったのに、そうはしなかった。

 ……胸がぎゅっとした。


(たすけたい。この優しいひとを!)


 ラオフィーネのなかに勇気がうまれる。


「ロクスリー!!」


 叫ぶと同時に、ロクスリーが覆面の男達に飛びかかる。そしてその隙をついてラオフィーネは全速力で自宅に飛び込んだ。


「父さま!! 大変なのっ!!」


 しかし、いくら呼んでも返事がない。

 それならばと、ラオフィーネは父の仕事部屋へと足を踏み入れる。

 ここにはたくさんの法具があった。補修するために預かっているものもあれば、趣味で集めているものまで多種多様な法具がある。


「うーん……あった!」


 ラオフィーネは机の上に置かれていた(チェーン)状の法具を手に取る。


(きのう父さまが"なんでもお願いをかなえてくれる法具"っていってた!)


 これがあれば、悪いものから男の子を助けることもできるはず。


(父さまほど法具と仲良くはないけど、わたしだって法具と()()()()できるもの。きっとお願いすればダイジョウブ!)


 ラオフィーネは落とさないように、法具を頭からかぶって首から下げると外へ出た。

 男の子とロクスリーが必死に戦っている姿が見える。ロクスリーも怪我をしたのか、ふわふわの毛が血の色で赤く染まっていた。


 首から下げた法具を両手でにぎりしめ、ラオフィーネは祈る。


「お願い! わたしはラオフィーネ。わたしのお願いをきいて! 男の子とロクスリーをたすけて!!」


 すると手のひらの間が急に熱くなって、慌てて法具から手を離す。


 ――ガチャリ。


 大きな音がした。見ると鎖の一部がちぎれ宙に浮かんでいる。


「お願い――!」


 もう一度心をこめてラオフィーネは救いを求める。


 ちぎれた法具がめらめらと燃え上がり黒煙(こくえん)をはきだす。そして黒煙はゆらゆらと風に漂ったかと思えば、今度は黒い旋風(つむじかぜ)へと変化した。


「すごい……」


 ラオフィーネは息をのむ。

 黒い旋風は意思を持っているかのように速度を増し、覆面の男達だけを狙って襲いかかっていく。


(ほんとうに願いをきいてくれた! ありがとう!)


 嬉しくなって首元の法具を握りしめる。もう熱くはなかった。それに、ちぎれた箇所もいつの間にか繋がっている。


「もうダイジョウブだよ!」


 ラオフィーネが駆け寄ると同時に、男の子は力尽きたのかバタリと倒れる。ロクスリーも、よろよろしながら擦り寄ってきた。

 男の子の頭を自分の膝の上にのせて、顔をのぞきこむ。瞼を閉じたまま荒い呼吸をしている。すごく苦しそうだ。


「まってて……。父さまが帰ってきたら、傷の手当てをしてもらうから」


 そっと囁くと、男の子は薄っすらと(まぶた)を開く。


「これは……いったい何のチカラ?」

「法具だよ」

「ほう、ぐ……?」

「そう。法具にお願いして、たすけてもらったの」

「そっか。ありがとう……。きみは?」

「わたしはラオフィーネ」

「僕は、サザナミ」

「すてきな名前ね」


 覆面の男達はなおも襲いかかってくるが、黒い旋風(つむじかぜ)が今度は壁となり侵入を防いでいた。


 男の子はそのまま意識を失った。

 ラオフィーネはただじっとして、助けがくるのを待った。

 しばらくしてラオフィーネの父親と、とても身なりの良い大人の男の人達がやってきた。もう大丈夫だと安心した瞬間、ラオフィーネも意識を手放した。


 それから丸二日、ラオフィーネは眠ったままだった。


 目覚めたとき、襲われていた男の子がこの国の王子様だったということと、願いを叶えてくれた法具が、じつは呪われたものだということを知る。


「ラオフィーネ、この法具はね、何でも願いを叶えてくれるかわりに持ち主の命を奪うんだ。ひとつずつ願いを聞くたびに鎖は短くなっていき、やがて持ち主の首を斬り落としてしまうんだよ。だからいいね? もう二度とこの法具にお願いをしちゃいけない」


 なんでそれを早く教えてくれなかったんだろう。一瞬、父を責める気持ちになったものの、ラオフィーネは思いなおす。


(ううん、たぶんそれを知っていても、わたしはこの法具をつかっていたはず)


 あんな状況だったのだ。後悔はしていない。それどころかこの法具があって本当に良かったと思う。


 ラオフィーネの首から鎖の法具は外れない。


 そして真実を知ったこの日から、ラオフィーネは父のもとで本格的に法具について習うことになる。

 法具を外す(すべ)が見つかるまで、ラオフィーネ自身が強くなり、何があっても呪われた法具に頼らないために。


 知識と法具との関わり方を教わり、十年足らずでラオフィーネは一人前の法具補修師となった。


「法具補修師」とは、祭儀で使われる法具の手入れをするだけでなく、法具のもつ力を読み解き、それを思いのままに引き出したり、法具に宿る力が正常なままであるよう管理する者達のことを指す。





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