③サザナミとの出会い
ブクマくださった方、有難うございます!
乗り心地の良い馬車に揺られていると、アウグストの視線に気付く。
「どうしたんですか?」
「すみません。不躾に見てしまいましたね。あなたのつけている装身具ですが……もしかして法具ですか?」
「そうよ」
「法具とは、身に付けることも出来るんですね」
興味津々という感じでアウグストはラオフィーネの手元を見ている。確かに法具を装身具のように身に付けているのは補修師だけだろう。もちろん意味はある。
「法具を補修するのに必要な時があるので、補修師はつねに法具を身に付けておくんです」
「ほぅ。そうなんですか……」
「わたしの法具は、父さまからのお下がりなんですけどね」
ラオフィーネは右手の人差し指に嵌めている指輪と、左手首の付けている腕輪を撫でた。これは一見するとただの装身具だが、じつは立派な法具だ。
「サザナミ殿下をお救いした時に使った法具もそれですか?」
「いえ、殿下を助けるために使ったのは、これとは別の法具です」
「そうですか。……いつか見てみたいものですね。法具に秘められた力を」
そう言うとアウグストは眼鏡を外して、眉間をほぐすように指でつまんでいる。よく見ると目の下に大きなクマができていて疲労が滲みでている。
王子殿下の側近。心も身体も休まる日は少ないだろう。それに今は……。
(サザナミ殿下の具合が心配ね)
容態は良くないとアウグストは言っていた。
法具を使った呪いも色々あるが、肉体に直接害を及ぼすものも多い。今この瞬間にも呪いで苦しんでいるかと思うと胸が痛くなる。
(――大丈夫。また絶対、助けてあげる……!)
ラオフィーネはそっと首に巻いているストールに手を置く。シャラ……と金属が擦れる音がした。さっきアウグストには言わなかったが、ラオフィーネはもうひとつ法具を身に付けている。それは鎖の形をした法具で、見た目はネックレスのようだ。普段はストールを巻いて隠している。
そしてこれこそが、幼い頃、サザナミ殿下の命を救った法具だった。
――ラオフィーネ六歳のとき。
ある日、自宅に帰ろうとラオフィーネは森の中を歩いていた。隣には年老いた番犬のロクスリーが一緒だった。
あともう少しで家に着くという時に、ロクスリーが警戒を報せるように吠えはじめた。
一体どうしたのだろうとラオフィーネが首をかしげたとき、突然、目の前に男の子が現れた。
何者かに突き飛ばされたのか男の子は地面の上を転がり、呻きながらもすぐに立ち上がった。手には剣、服はボロボロで、怪我をしているのか所々に血が滲んでいる。
(たいへん! すぐに父さまに知らせなきゃ!)
ラオフィーネは走って家に戻ろうとした。しかし今度は目の前に、大きな体格の男が四人現れた。しかも全員が正体を隠すように覆面をしていて、ギラリと光る剣を手にしている。悪者にしか見えなかった。
驚いたラオフィーネは尻もちをつく。
「あっ、ダメ! ロクスリー!」
倒れた主人を守ろうとロクスリーが本格的に威嚇を始めた。武器を持った男達の目がいっせいにラオフィーネに向けられる。
(こ、こわいっ……!)
全身がぶるぶると震え、立ち上がろうにも足に力が入らない。
――もしかして殺されてしまうの?
恐怖から、じわりとラオフィーネの目に涙が浮かんだその時だった。
「この子は関係ない! おまえたちが殺したいのは"僕"だろう!」
(――さっきの男の子!)
ラオフィーネを背中に庇うようにして、男の子が前に立ちはだかった。
……金色の髪の毛。
大丈夫か? と一瞬ラオフィーネを見た瞳は深い紫色。顔にもたくさん傷があった。服はやっぱりボロボロで血まみれ、右足を引きずっている。
(傷だらけのカラダ……きっとものすごく痛いはず……なのに、わたしを守ろうとしてくれた……!)
それにこの状況。
男の子は、この覆面のいかにも悪そうな男達から逃げているに違いない。それならラオフィーネに構わずさっさと逃げれば良かったのに、そうはしなかった。
……胸がぎゅっとした。
(たすけたい。この優しいひとを!)
ラオフィーネのなかに勇気がうまれる。
「ロクスリー!!」
叫ぶと同時に、ロクスリーが覆面の男達に飛びかかる。そしてその隙をついてラオフィーネは全速力で自宅に飛び込んだ。
「父さま!! 大変なのっ!!」
しかし、いくら呼んでも返事がない。
それならばと、ラオフィーネは父の仕事部屋へと足を踏み入れる。
ここにはたくさんの法具があった。補修するために預かっているものもあれば、趣味で集めているものまで多種多様な法具がある。
「うーん……あった!」
ラオフィーネは机の上に置かれていた鎖状の法具を手に取る。
(きのう父さまが"なんでもお願いをかなえてくれる法具"っていってた!)
これがあれば、悪いものから男の子を助けることもできるはず。
(父さまほど法具と仲良くはないけど、わたしだって法具とおはなしできるもの。きっとお願いすればダイジョウブ!)
ラオフィーネは落とさないように、法具を頭からかぶって首から下げると外へ出た。
男の子とロクスリーが必死に戦っている姿が見える。ロクスリーも怪我をしたのか、ふわふわの毛が血の色で赤く染まっていた。
首から下げた法具を両手でにぎりしめ、ラオフィーネは祈る。
「お願い! わたしはラオフィーネ。わたしのお願いをきいて! 男の子とロクスリーをたすけて!!」
すると手のひらの間が急に熱くなって、慌てて法具から手を離す。
――ガチャリ。
大きな音がした。見ると鎖の一部がちぎれ宙に浮かんでいる。
「お願い――!」
もう一度心をこめてラオフィーネは救いを求める。
ちぎれた法具がめらめらと燃え上がり黒煙をはきだす。そして黒煙はゆらゆらと風に漂ったかと思えば、今度は黒い旋風へと変化した。
「すごい……」
ラオフィーネは息をのむ。
黒い旋風は意思を持っているかのように速度を増し、覆面の男達だけを狙って襲いかかっていく。
(ほんとうに願いをきいてくれた! ありがとう!)
嬉しくなって首元の法具を握りしめる。もう熱くはなかった。それに、ちぎれた箇所もいつの間にか繋がっている。
「もうダイジョウブだよ!」
ラオフィーネが駆け寄ると同時に、男の子は力尽きたのかバタリと倒れる。ロクスリーも、よろよろしながら擦り寄ってきた。
男の子の頭を自分の膝の上にのせて、顔をのぞきこむ。瞼を閉じたまま荒い呼吸をしている。すごく苦しそうだ。
「まってて……。父さまが帰ってきたら、傷の手当てをしてもらうから」
そっと囁くと、男の子は薄っすらと瞼を開く。
「これは……いったい何のチカラ?」
「法具だよ」
「ほう、ぐ……?」
「そう。法具にお願いして、たすけてもらったの」
「そっか。ありがとう……。きみは?」
「わたしはラオフィーネ」
「僕は、サザナミ」
「すてきな名前ね」
覆面の男達はなおも襲いかかってくるが、黒い旋風が今度は壁となり侵入を防いでいた。
男の子はそのまま意識を失った。
ラオフィーネはただじっとして、助けがくるのを待った。
しばらくしてラオフィーネの父親と、とても身なりの良い大人の男の人達がやってきた。もう大丈夫だと安心した瞬間、ラオフィーネも意識を手放した。
それから丸二日、ラオフィーネは眠ったままだった。
目覚めたとき、襲われていた男の子がこの国の王子様だったということと、願いを叶えてくれた法具が、じつは呪われたものだということを知る。
「ラオフィーネ、この法具はね、何でも願いを叶えてくれるかわりに持ち主の命を奪うんだ。ひとつずつ願いを聞くたびに鎖は短くなっていき、やがて持ち主の首を斬り落としてしまうんだよ。だからいいね? もう二度とこの法具にお願いをしちゃいけない」
なんでそれを早く教えてくれなかったんだろう。一瞬、父を責める気持ちになったものの、ラオフィーネは思いなおす。
(ううん、たぶんそれを知っていても、わたしはこの法具をつかっていたはず)
あんな状況だったのだ。後悔はしていない。それどころかこの法具があって本当に良かったと思う。
ラオフィーネの首から鎖の法具は外れない。
そして真実を知ったこの日から、ラオフィーネは父のもとで本格的に法具について習うことになる。
法具を外す術が見つかるまで、ラオフィーネ自身が強くなり、何があっても呪われた法具に頼らないために。
知識と法具との関わり方を教わり、十年足らずでラオフィーネは一人前の法具補修師となった。
「法具補修師」とは、祭儀で使われる法具の手入れをするだけでなく、法具のもつ力を読み解き、それを思いのままに引き出したり、法具に宿る力が正常なままであるよう管理する者達のことを指す。