絡まれました
早朝、オズマは朝の訓練の後、近くの川辺で体を洗っていた。
上半身は半裸である。鍛えられた無駄のない引き締まった体。
オズマは何やら察し、動きを止め、視線を背後に向ける。
オズマの視線の先にはジャックが腕を組み、木に寄りかかっていた。
「一つ質問いいか?」
ジャックは両手を上げ降参のポーズを取りながら、オズマに声をかける。
「なんだ?」
オズマは無愛想にジャックに応じる。
「君のほどの男がなぜあの男にそれほど義理立てするんだ?」
「なるほど。主殿に忠誠を誓っているのが不思議というわけか」
オズマはおかしそうに口端を釣り上げる。
「ああ、不思議だね。君はアウラ姫の婚姻の話が合ったそうじゃないか。
アウラ姫も君にぞっこんだったと聞いている。それにプラナッタは小国とはいえ立派な国家だ。
そんな一国を天秤にかけてただの一人の男に忠誠を誓うなどついぞ聞いたことがない。
もしプラナッタに問題があったのならば違う国という選択肢もある。
君ほどの腕ならば国家を含めた組織が放ってはおかないはずだ」
「ジャック殿、一つ勘違いしているようだから言っておくが。主殿は私などよりもはるかに強い」
「…は?」
言っている意味が解らず硬直する。
「あの程度のオークの村など主殿だけで殲滅可能だっただろう。
私ごときでは主殿の力の足元にも遠く及ばぬ」
その一言をジャックは全く理解できず、口を開きっぱなしになる。
先日ジャックは圧倒的な黒騎士オズマの強さを目の当たりにしている。
オーク・キングとも打ち合えるほどの理屈を超えた強さ。
その力はSクラスの冒険者にも届き得るものだ。あのユウと言う男はさらにその上をいくという。
わずかな付き合いだがオズマが冗談を言うような男にはみえない。
だとすればそれは真実ということだ。
「もっとも俺は力だけを見て主殿に従っているわけではないがな。
…念のため言っておくが、主殿を害するつもりがあるのならば誰であろうと俺が殺す」
オズマはいつの間にか鎧をつけていた。そのままジャックの前を去っていく。
ジャックは即座にオズマの言葉を頭で否定する。
彼以上?あり得るわけがない。
多くの冒険者を見てきたジャックから見てもオズマは抜きんでている。
功績を積めばSランクにすら届く存在である。
そんなオズマをあのユウと言う男は越える力を持っているという。
だが一方でそれを完全にはそれを否定しきれなかった。
初めの出会いの時、どうやって俺の背後を取ったのか?
それに何故これほどまでの者たちが彼に付き従っているのか。
あのとぼけた男がジャックの中で存在感を増していった。
その日の昼ごろ、俺たちはヒューリックの街まで到着した。
街の様子は変わらず平穏そのもので
「ここのギルドマスターと少し話してくる」
ヒューリックに着くなりジャックはそう言って俺たちから離れようとした。
「そうそう、ここのギルドに少し話をつけて来るつもりなんだが
オークを倒したパーティの人間を一人連れて行きたい。
すまないが、ユウ君。リーダーとしてついてきてくれるか?」
「ああ?別にかまわないぞ」
宿探しはもう少ししてからにしよう。
「ちょっと冒険者ギルドへ行って手続きしてくるよ。オズマ達は先に飯を食べていてくれ」
俺は財布をオズマに手渡す。昼食はここに来てから取る予定だったし。
「私も一緒に行く」
セリアは珍しく俺の腕に絡みついてきた。
「セリアも一緒に飯食べてこいよ?俺の方に来てもいいことないぞ?」
「私も一緒に行く」
そう言いつつ俺の腕を力強く握る。
こうなったら何を言っても聞かないのがセリアである。
オズマたちの方にいてくれた方が絡まれないで済むのだが…仕方がない。
俺のほうが折れることにした。
「…わかった。ただし、邪魔はするなよ?」
「うん」
俺がそう言うとセリアは微笑む。
冒険者ギルドにつくと、冒険者集団がヒューリックの冒険者ギルドの前でもめていた。
ざっと十数名はいるだろうか。結構な数の冒険者がそこにいた。
「話にならねえな。責任者を出してくれ」
赤い恰好の冒険者が受付嬢に絡んでいる。
「ですから、今ギルドマスターのエルゴは出払っておりまして…」
受付嬢は困り果てた様子である。
「フレッグ、そういう高圧的な物言いは止めた方がいいと言っていなかったか?」
ジャックはそう言いながら、つかつかとその冒険者のいる方向へ歩いていく。
「おお、ジャックさん。いいところに。こいつらじゃ話にならないんですよ」
赤い冒険者がジャックを見つけると表情を緩め、ジャックに近寄ってくる。
どうやらジャックの顔見知りらしい。赤いバンダナを着け、赤の鎧をつけている。
赤一色と言った感じである。
「一番槍はフレッグのとこか。相変わらず動きが早いな」
「オークの発生の報告を受けここまでやってきました。本当に発生しているのです…よね」
顔に疑問を浮かべながらフレッグとう冒険者。
ジャックの前ではさっきまで絡んでいたようすが全く見られない。
まさに借りてきた猫のようである。
「ああ発生してたぞ。オーク・キングまで出てたな」
ジャックが他人事のように答える。
オーク・キングという単語にヒューリックのギルド内は水をうったように静まり返る。
「オークキングだと?」
「本当だったのか」
ジャックの言葉にざわめきが冒険者ギルドのところどころで起きる。
「それでそのオークはどこで発生したの…いや、まて、出ていたと言っていたということは…
まさか討伐されたのですか?」
驚愕の声で赤い冒険者がジャックに問う。
「ああ、その通りだ。オーク・キングは俺の後ろにいる彼らとその仲間が昨日殲滅した」
ジャックの背後にいる俺とセリアに皆の注目が集まる。
「オーク・キングを含めたオークの集落の殲滅だと?」
「オーク・キング発生する場合五十以上は個体数が必要だと聞いたことがあるぞ」
「…五十以上のオークの群れを一介の冒険者チームが殲滅しただと?」
「そんな…嘘だろ?」
冒険者の噂は的を射ている。集まっているのは結構な熟練の冒険者っぽい。
「ちょっと…」
俺は居心地の悪さに何とも言えない表情になる。なんか悪目立ちしているんですが。
「そういうことだ。ここまで足を運ばせてしまってすまない。
旅費は後でキャバルの冒険者ギルドに請求してくれ」
ジャックは冒険者たちに頭を下げる。
となると必然的に俺たちに注目が及ぶわけで…。
さっきまでジャックに質問していたフレッグと言う冒険者があからさまに俺を睨んでくる。
「ジャ、ジャックさん」
俺はジャックに抗議の声を上げる。
「とは言っても事実だしなぁ。隠ぺいしておくのはもっとよくないんじゃないか?」
この人、とぼけっぷりも一流である。
「見ねえ顔だな。お前らのランクは?」
「Bだ」
しばらくの間のあと、ギルド全体で大爆笑が起きる。
「おいおい、高々Bランク風情がオークの集団を殲滅したって?冗談もきついぜ?」
ちなみにここには俺とセリアだけである。エリスもオズマもクラスタもいない。
「…事実なんだが?」
まー、本当のことですしね。
俺のその一言に明らかに周囲の温度が激変する。
辺りはしんと静まり返り、周囲の視線がすべて俺に向けられている。
俺…何か問題のあること言いましたかね…。
「…なら少し面貸せや。お前らが本当にオークを倒せる腕前なのか見てやるよ」
フレッグという男が俺に背を向ける。ついてこいと言う意味らしい。
断るのはおろか、何か言いかける余地すら残してもらえない。
トラブル発生…タスケテ…。