表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/135

魔法使いの試練

「ゼロスさんお久しぶりです」

セリアはゼロスに対して深々と頭を下げる。


「やあ、セリアちゃん。あの飲み会依頼か」

ゼロスはセリアに対してにこやかに応じる。

セリアとゼロスは去年の年末に開かれた忘年会の時に面識がある。

特にセリアはゼロスと親し気に話をしていた。


精霊王のいる山から西に進み、森の中にある小屋の手前に俺たちは飛竜で不時着する。

その後、ゼームスは俺たちに待つように言い、一人小屋の中に入っていった。

聞こえてはまずいのでセリアには結界を張ってもらっている。

それも完全に音を遮断するものではなく、聞こえづらくさせるものだ。これはセリアの発案である。


「召喚の魔法陣からゼロスさんが出てきたとき、驚いて心臓が止まるかと思いましたよ」


「俺も驚いた。事情をゼロスから打ち明けられる前はどうしようか混乱してたしな」


「?ユウはいつ打ち明けられたの?」

セリアは俺に聞いてくる。


「ゲヘルがセリアの修行に使っている『仮初の空間』みたいなものを握手した時にゼロスが使った」


「…ああ、あの時か…」

セリアも感づいていたらしい。瞬きよりも短い時間のはずだがどうやら察した様子。

俺は純粋にそれを感じ取ったセリアに驚いていた。


「私にも事情を説明してもらってもよろしいか?」

俺がセリアの成長に内心驚いているとココノエが横から話しかけてくる。

ココノエのことはかなり置いてきぼりにしてしまった感がある。


「改めて彼は『極北』の魔神の一柱ゼロスです」


「なんと、あの…暴食の」

ココノエは驚いた表情で固まってしまう。


「このことはゼームスには話していないのでそれで話をあわせてくれますか?

仲間にはこの一件が終わるまでは他言は無用でお願いします」


「…失礼しました。こちらこそよろしくお願いします」

ココノエは一歩引いてゼロスに対し頭を深く下げる。


「ああ。そういうのいいって。君らとは所属も管轄違うんだし」

ゼロスは苦笑いを浮かべる。どうもあちらの世界は割と縦割りっぽい。


「…にしても随分と秘密主義なものだね」

セリアの張った結界を見ながらゼロス。


「あまり人間界で波風を立てたくないからな」

俺の人間界での行動方針でもある。逆のベクトルに突き進んでいるのはどうかなと思うが。


「たしかに人間界で波風を立たせずに可能な限り秘匿するという選択肢も悪くない。

魔族を敵対する人間のほかにも、魔族を崇拝する人間すらいる。

もし『極北』の魔族だと知られればそんな連中が大挙して君に押し寄せてくる。

悪意を持つ者、君を利用しようとする者、君と腕試ししようとする者さまざまだ。

特に人の集まるところほどそれが顕著だ。とても観光などできる状況ではなくなるしね」


「そんなのがいるのか?」


「理由は魔族との取引さ。僕らから贈られた魔道具は君の目から見てどうだい?」


「明らかにオーバーテクノロジーだな」


「おーばーてくのろじー?」

セリアとココノエは首をかしげる。

どう翻訳されたのかは知らないがゼロスに通じたようだ。


「魔族の扱う技術は人間にとってひどく行き過ぎた技術だってことさ。

…もしそんな道具や知識が出回ってしまった場合、人間の勢力図を大きく変えてしまう場合がある。

魔族とつながりを持ちたい人間など山ほどいる。だが人間は魔族の住処には近づけない。

もしその魔族が人間の世界にいるとなればどうだ?」


それこそどんな手段を用いてでも狙ってくるだろう。

彼らの持つ技術や道具にはそれだけの価値がある。


「静かに人間社会を観光したいのならばそれらを伏せたうえで上手く立ち回るべきだ。

その点に関してはお共につけている奴らを参考にするといい。あの二人は長く人間社会に溶け込んでいるのだからね」

ゼロスの言う二人というのはオズマとクラスタのことだ。

オズマは人の使う武術を身に着けるために、ほとんど魔力を使っていない。

竜騎士のホウエンとの闘いにおいても使用したのは肉体の力のみだ。

魔力を使っていないためにゼームスに気づかれなかった。


クラスタの場合は基本山籠もりで、定住せずに金がなくなっては人里にやってきて金を稼ぐという生活だったらしい。

数年おきに大陸のどこかに現れる魔族らしき者を捕まえるなど、未確認生命体を見つけるに等しい。


…俺が参考にできそうなのはオズマのほうだろうか。


「それと思っていたんだがゼームスという男に関して人間社会に顔が利くみたいだし、

事情を話してこちら側に取り込んだほうがいいんじゃないか?」

ゼロスの提案は一理ある。


「…ゼームスはなんか信用できない」

俺の判断は直感的なものだ。

ゼームスは目的のためには手段を選ばないところがある。

俺が『極北』とつながりがあると知られれば『極北』との取引の仲介を持ち掛けられるだろう。

俺のことでゲヘルたちに迷惑をかけるのは嫌だし、俺は異邦人だ。この世界の人間ではない。

その上、寿命も限られていて時間もない。この世界と深く関わるのは気が引けた。


「ま、僕は当事者じゃない。そういう方針なら無理強いはしないし、君の選択を尊重するよ」

ゼロスはそう言ってそっぽを向くと何やら怒鳴り声が小屋から聞こえてきた。


「ふざけるな」

罵声とともにゼームスが小屋から出てくる。

セリアはその瞬間結界を解く。


「普段は悪い奴じゃないんだが、魔法が絡むと別人になりやがる。」

嘆息交じりにゼームス。


「セリア、ちょいと付き合ってくれねえか?」


「はい」


「セリアが行くなら俺もいく」

俺も一応保護者である。


「僕もついていっても?」

ゼロスがゼームスに問う。


「あんたは少し外にいてくれ。小屋の中にはいくつか繊細な魔法道具が置かれてる。

あんたの周囲の妙な力場が影響を与えかねねえ」


「そういうことなら外で待ってるよ」

ゼロスは空中で寝そべった姿勢をする。


「それじゃついてきてくれ」


小屋の中に入ると様々な道具が床に所狭しと置かれていた。

ゼームスの言うところの繊細な魔法道具という奴だろうか。

そんな中で口をへの字に曲げた長髪の男が腕を組んで仁王立ちで待ち構えていた。


「そもそもいきなりやってきたと思ったら一国を結界で覆えとか無理難題もいいところだ。

お前じゃなかったらその場で簀巻きにして国に追い返してるところだぞ」

ゼームスを叱る男は長身で長髪、黒一色で統一された服装をしていた。

整った顔立ちだがどこか気難しそうな印象を受ける男だ。体内からは相当な量の魔素を感じる。


「悪いな」


「全くお前はいつもいつも…。それで俺の要求した者たちは連れてきたんだろうな」

眉間を抑えながら男。この人からはそこはかとなく苦労人っぽいものを感じる。


「そこの嬢ちゃんだ」

その男はセリアを見て一瞬固まった後、ため息を漏らした。


「ゼームス、俺は名のある宮廷魔術師クラスを最低でも一ダースは連れてこいと言った。

それを何だ、こんな年端もいかない少女を一人。俺をなめてるのか?なめてるんだな?

任務放棄して帰っていいんだな?」


「いいだろうが。どれだけ連れてきても選ぶのは一人か二人だろ。最近じゃお前の名を出すだけでみんな辞退されるんだよ」

ゼームスと男が部屋の真ん中で口論を始める。


「だいたいお前が研究に夢中で弟子をとらないのが問題なんだろうが」


「弟子?私に弟子なら既に八人いるが?」


「そのうち半分は鬼籍だろうが。最年少で六十の爺さんじゃねえか。とても誘う気になれねえんだよ」


「後任の育成が全くといっていいほど進んでいない貴様に言われたくはないな」


「こっちは西へ東へ忙しいんだっつうの」


「はっ、半分は貴様の趣味だろうが。今回無理して俺に泣きついてきたのだからそのぐらいの意地は通してみろ」


「泣きついてねえっ」

俺とセリアの見ている前で子供のように不毛なののしり合いを始める二人。

俺とセリアはただ立ってそのののしり合いを見ていることしかできない。

これが長寿の奴らの考え方。長寿の連中の考え方が少しだけ見えてきた気がする。

よく言えば自由。悪く言えば奔放。振り回されるほうはたまったもんじゃないなと思う。


ゼームスとの言い合いが一区切りついたのか、男がこちらに視線を向けてくる。


「悪いが私には時間も余裕もないのでね。ここまで来てもらって悪いが、この場に不適格と判断したのならばすぐに帰ってもらう」

ムーアはセリアに向かって厳しい眼差しを向ける。

セリアはいきなりの長展開に困惑しつつ、その男の言葉に頷く。


その男は息を吸むと、洗練された動作で魔法式を練り上げ始める。

セリアの周囲に無数の式が次々に展開されていき、あっという間に巨大な魔法式が十ほど展開し終える。

その手際は魔法式をよく知らない俺でもその手際の鮮やかさに目を奪われるほどだ。


「これらの魔法式には幾つか間違いが存在する。それらを自身の魔力で改変させて展開させて見せよ。

制限時間は魔法式が消えるまでの間だ」

この時俺は知らなかったが、他者の魔法式に干渉し、書き換えるのは一度だけの一発勝負らしい。

巨大な魔法式に含まれる膨大な情報量を正確に読み取り、その中から間違えを見抜き訂正する。

その上、魔法式の魔力が大気に拡散し、消えるまでのわずかな時間だという。

上級の魔法使いでもできるのはそうは多くないらしい。

はじめセリアは戸惑っていたが、直ぐに吸い込まれるようにその魔法式に意識を集中させていく。


「これは?」

俺はセリアの邪魔にならないようにゼームスに小声で尋ねる。


「奴の試験だ。結界の構造を把握する能力を知るために必要な試験なんだとさ」

ざっくりとゼームスが説明してくれる。


「大丈夫なのか?」


「アレを今までに解いて合格したのは百年ぐらい前。その時の正解数は八つだったか。あいつの弟子になった奴だ」


「おい、いくらなんでもそれは…」

俺は思わず大声になってしまう。男が無言で俺のことをにらんでくる。

しまったとばかりにセリアの方を見れば、セリアは俺たちのことなど全く気にしておらず、

じっと魔法式を食い入るように見ている。


すさまじいまでの集中力。


俺がセリアと初めて会ったのは山奥だ。

エリスから法術の手ほどきを受け、ゲヘルに弟子入りし、魔法を覚えた。

特にユキトと戦いには驚かされた。さらに精霊との契約まで結んでしまった。

一体どこまで強くなるのだろう。

成長を見守りたいと思う反面、自分にそれを見守る時間が残されていないことが残念に思えた。


徐々に男の作った魔法式の光は薄らいでいく。魔力が大気に拡散し、維持ができなくなり始めたのだ。

すると魔法式を見つめていたセリアが突然、魔力を帯びた人差し指を魔法式に向ける。

セリアはよどみなく順に魔法式の文字を変えていく。


十ある魔法式が魔法式が光となり展開される。

周囲に光が満ち、まるで春の様なさわやかな風が吹き抜けた。


セリアは魔法式の展開を見届けるとふうと息を吐いた。いつの間にか全身汗まみれになっている。


「すげえ。ムーアの出した式をすべて解いた奴数百年ぶりに見た」

横にいるゼームスが目を丸くして感心している。

心なしか男の険しい顔が少しだけ緩んだように見える。

俺はセリアの頑張りが評価されたことが自分のことのように嬉しかった。


「なるほど。…名は?」


「セリア」


「独学ではないな。師の名は?」


「それは言えません」


「なるほど。訳ありか。ならその技量のみを以て評価させてもらうとしよう。結界術はどこまで学んだ?」


「基礎は一通り」


「ふむ、癖が無いのを考慮すれば幸いと思うべきか…。ああ、自己紹介がまだだったな。私の名はムーア・トルサークという。

おおよその状況はゼームスから聞いている…」

俺とセリアの様子からムーアは言い終わる前に察したようだ。


「ゼームス、お前…理由も告げずに連れてきたのか…」

あきれた声をムーアがゼームスにかける。向けられたゼームスはどこ吹く風である。


「はあ、私はプラナッタのすべてを覆う結界を張ることを任されている。

君は私の助手として連れてこられた」


「プラナッタ全体を覆う?そんなことが…」

セリアの態度からどれだけ無茶苦茶なことをしようとしているのか察する。


「セリア。これから二日間、君に結界術を可能な限り叩き込む。君はそれを受ける意思はあるか?」


「あります」


「よし。では器材が届くまで私の訓練を受けてもらう。隣の部屋で行う。ここの部屋では魔道具に影響を与えてしまう」

そのまますたすたとムーアはセリアを連れ立って隣の部屋に向かう。

セリアはこちらを振り向き俺に視線を投げてきた。

俺は笑ってセリアに手を振る。


「おい、おーい…。だめだこりゃ、聞いてねえ。悪いな」

ゼームスは俺を見て横に首を振る。


「セリアも合意の上だし、これは必要なことなんだろう?」


「まあな」

ここではセリアの努力が認められたことを素直に喜ぶべきだろう。

俺は足取り軽く小屋を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ