悪食の来訪
周囲の視線が不気味な笑みを浮かべた子供に注がれている。
俺は俺が呼び出したものの正体を知っている。
俺たちの眼前にいるのは『北』にいるはずの魔族たちの一柱。
ゼロス=クルエルミ。
一見すると子供の姿だが、人からは魔神と呼ばれ恐れられている存在である。
セリアも知っているはずだ。数か月前に仲間と一緒に一度飲み会を行っているのだから。
子供の正体を知っている俺とセリアは何も言えず固まっていた。なぜ精霊を呼んだはずが魔神が出てくるのだろう。
俺は固まって入るもののどうするべきか、どう声をかけるべきかの問いで頭をフル回転していた。
「な、何故お主がここにおる」
俺が固まっていると精霊王が大声を発する。
精霊王は完全に腰を抜かしているのがわかるし、半べそをかいて取り乱している。
先程までの精霊王の威厳とやらが綺麗に消し飛んでいた。
複数の精霊がどこからかやってきて子供を取り囲む。
「折角、呼ばれたから来たのに酷い言われようだ。相変わらずずいぶんと尊大な態度だね。
ゼロスは肩を竦めてみせるが、精霊王側は警戒を解かない。
軽口が通じないことをゼロスは感じため息をつく。
「というのは嘘でこっちから少し干渉させてもらった。
召喚の儀式は僕たちを呼び出す儀式と似てるから簡単に干渉できるんだ」
ゼロスがそう話すとゼームスが無言で手に力を込める。
「その者には手を出してはならんっ」
ゼームスが何らかの動きをする前に精霊王が声を張り上げる。
「不確定要素は排除するべきだと思うが?」
ゼームスは威圧するようにゼロスに向き合う。ゼームスの気配は既に臨戦態勢のようだ。
「…排除できぬから問題なのだろうに…」
小さい声で精霊王。ゼロスの正体を知っている俺からすればそれには共感する。
「安心しなよ。君らには誓って手出ししない。キミにも役割があるように、僕にも役割がある。
そもそも同じ世界に棲む仲間じゃないか。
だからさ、お互いに譲るところは譲り、手を取り合うべきところは取り合うべきだと思うんだよね」
にこやかにゼロスは精霊王に語り掛ける。
「どの口がいいよるか」
そういう精霊王は手が震えていた。怖くてしかたないというのが態度からありありと伝わってくる。
「…せめて何なのかは教えろ」
ゼームスは精霊王に問う。
「…奴の正体はすぐにわかる。よいか、こちらからは絶対に手を出してはならぬ。絶対じゃぞ」
「…わかったよ。あんたの顔を立てるとしよう」
精霊王の言葉にゼームスは手に込めた力を解いた。
「正解。そうそうここにいる僕を倒しても君たちには何の益もない。
それに僕としてもこの端末を破壊されるととても困るんだ。出来れば壊さないでくれると助かるな」
緊張している二人に気安く語り掛けるゼロス。
「ここにやってきた目的は何だ?」
「プラナッタの一件の話は知っているよ。折角だから僕も手を貸してあげようと思ってね」
「馬鹿を言え…ひい」
精霊王はゼロスに対して苦手意識を持っている様子。目を向けられただけで震え上がってしまった。
本当になんで精霊王はゼロスに対し、こんな苦手意識持ってるのだろう。
ゼロスはやれやれと言った表情で精霊王から視線を外すと俺の方へ視線を向ける。
「君が僕の召喚者だね。少しの間だけどヨロシク」
ゼロスはこちらに合わせてくれているのか初対面のふりをして手を差し出してくる。
「あ、ああ。よろしく」
ゼロスの手を取ると俺とゼロスの周囲以外は灰色に塗りつぶされる。
体は動かせないし、ゼームスや精霊王を含めた周囲の光景が止まっている。
『やあ、ユウ君。この場所では現実世界の時間を百万倍に引き延ばしてある。
ゲヘルの使ってる仮初の世界に似せたものさ。さて、ひそひそ話をしようか』
ゼロスの表情はおろか唇まで全く動いて言いない。それなのに声だけは頭に響いてくる。
とにかく俺は流れに身を任せることにする。
『それでどうして来たんだ?』
俺はそう頭に思い浮かべる。
『おや、驚いている様子がないのは驚きだね。というか平然と返事してくるとか予想外もいいところだ』
どうやらこれが会話の手段として正解のようだ。
『あんたらならそのぐらい簡単にやってのけるだろうなと思ってるし、返事は勝手にできた』
最近魔族の連中にも慣れてきた。それにゲヘルの仮初の世界もセリアから話を聞いている。
精神世界で時間を何万倍にも広げるとか。元いた世界の某漫画でよくある話である。
『順応力あるのは良いことだ。それにこれに普通に順応できるのは恵まれている。
普通の人間は当然のこととして下位の魔族では神経が焼き切れるからねえ』
『…あのなあ』
俺はそんな手段使うなよという不満を辛うじて飲み込む。
『ま、君ならその力はあると思っていたし、他の魔神たちに認められた君なら対応できると思っていた。
そもそも僕らの全力でも殺せない存在なんだしね』
『それでゼロスはどうして人間界にやってきた?』
『だってさ、僕だけまだキミに道具をあげてないだろ?ずいぶん考えたんだけどどうも思いつかなくてね。
君に直接聞いた方がいいんじゃないかと考えたわけだ』
『俺は気にしてない』
思い返せばまだゼロスからは魔道具を受け取っていなかった。
『僕が気にするんだ。他の魔神が君に贈っているというのに僕だけ何も贈れないってんじゃ、僕の沽券に関わる』
『お前たちにとっては一年も百年も大差ないし、気にすることでもないんじゃないか』
『たしかに僕らには時間制限なんかなくても君にはあるだろう?』
『…というか、そんなことをするために人間界に来たのか?』
『ま、道具の件は半分建前でもある。
今回のプラナッタの件、キミも首を突っ込むと決めたようだから忠告がてら顔を出しておこうと思ってね。
君たちがちょうど精霊召喚なんていう行為をしていたからそれを利用して出させてもらったのさ』
ガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける。魔族たちはこちらの動きを察していたようだ。
オズマとクラスタの顔が頭に浮かぶ。二人が話したとは思えない。
『ああ、勘違いないでくれ。少し前から僕たちの間でも侵略者のことは話題に上がっていたんだ。
この前、黒竜姫と四界竜のうち二体がこの大陸の西にやってきたことで僕らの中でも少しばかり人間界に注目が集まってね。
君らに注目していたところ君たちが関わることがわかったってのが本当のところさ』
魔族側には人工衛星すらある。監視するならたやすいだろう。
『竜族の動きに気づいていたのか』
『黒竜姫サクヤに関しては僕らの保護の対象だ。先代の竜王との間の約束があるからね』
そういえば魔神の七柱目がサクヤの親父さんの竜王だったとか言ってたな。
『それでゲヘルたちも動くのか?』
ゲヘルたち『極北』の魔神達が関わった時点でプラナッタという国は地図上から消滅するのは既定路線となる。
俺の力ではゲヘルたちを止められない。
『それはこれからの展開次第とだけ言っておく。
ぶっちゃけ僕が外敵の排除の役割をになってるし、今回の決定権は僕にあるのだけれどね』
『なら今回、少し待ってくれ、頼む』
『うん、いいよ』
ゼロスのあっさりとした返事に俺は拍子抜けする。
『…もう少し渋るかと思っていた』
良くも悪くも魔神たちは役割に対して妙に忠実だ。
それがあっさり引いてくれたことに俺は違和感を感じる。
『幸い浸食もそれほど拡大してないようだしね。規模を考えれば今回の『敵』は人間でも対処は可能かもしれない。
なら任せてみてもいいんじゃないかとも思っている』
現状不自然なことに浸食の被害はプラナッタの王宮から出ていない。
ただ、ゼロスのあり方に俺はちょっとした違和感を感じる。
俺は知っている。魔神たちはどれほど代償を払おうとそれを実行すると。
そして実行したが最後プラナッタはこの世界の地図から抹消されると。
魔神とも言われる連中が力を振るうということはそいうことだ。
元七星騎士団の副団長でもあるオズマは最後まで粘るだろう。
たとえ自分がそこで巻き添えを食らったとしても。
俺は俺と他のメンバーのためにもリーダーとしてオズマを切り捨てなくてはならなくなる。
現状でいくつか想定されるケースの中で最悪のケースである。
『規模の問題でお前たちが退くのか?』
俺のその質問にゼロスが微笑んだ気がした。
『…そう、こちらの本音の部分は少し別にある。こっちとしても神の園の連中と事を荒立てたくない。
プラナッタを消滅させたとしたら神側と敵対関係になるのは決定的になるし、
こっちは役割である外敵を排除しただけで神と魔の最終戦争なんて割に合わないからね。
まあ、そうなったとしても負けてやるつもりなんて毛頭ないけどさ』
ゼロスの奴、さらりととんでもないこと言いやがった。
黒竜姫サクヤも今の現状は神と魔の微妙なバランスを保っているとか言ってた。
神と魔のバランスは別としてゲヘルたちが出てこないないというならばそれはこちらにとっては光明でもある。
『ただし、僕が君たちでは無理だと判断したら力を使うことは躊躇わない。
どれほどの代償を払おうともこちらのやり方で外敵を排除する事は肝に銘じていてほしいな』
『…あんたらはあんたらの思うがままにやってくれ。
俺たちが頼りない、俺たちでは無理だと判断したのなら背後から撃ってくれてもかまわない』
『その場合、この場で君を殺しても文句はないってことになるけど?』
ゼロスから妙な気が放たれる。それは殺気や威圧の類ではない。
もっと根源的な内から怖れを呼び起こされる本能的な何か。試されているなと感じた。
『神側との戦いは極力避けたいんじゃなかったのか?
それに今回の件、外敵の排除が目的なら俺たちを消すよりも最大限利用するべきだろう』
ゼロスは少しだけ沈黙した後、楽し気な笑いをこぼす。
『…やっぱりキミはゲヘルの言ってた通り話が分かりそうだ。
他の連中がキミを推したのもなんとなくわかる。それじゃよろしく』
そうゼロスが言い終わると止まっていた周囲が動き出す。
ゼームスはゼロスを凝視している。
あからさまに警戒している。
「外敵の話はこっちにも届いている。ただし契約はプラナッタの一件が終わるまでだ。その間は君たちに手を貸してあげるよ」
ゼロスは精霊王に向かってふてぶてしく言い放つ。
「誰がお主らの力など…「あれ?聞こえなかったかな?力を貸してあげるよ」」
ゼロスは宙に浮かびながら何か言おうとした精霊王の声にしれっと被せてくる。
ちょっとした脅迫だろうこれ…。
「ひい」
ゼロスの声に精霊王は素っ頓狂な声を上げる。
「大丈夫さ。こう見えても召喚者には僕は従順なのさ。
それに僕も状況と立場は理解している。悪いようにはするつもりはないからさ」
そんなことを言って俺の肩に手をまわしてくる。
ゼームスの刺すような視線が痛い。
「最後に聞いておく。そいつは本当に信用できるのか?」
ゼームスは精霊王に問いただす。
ゼロスはにやにや不気味な笑みを浮かべながら口元に人差し指を当てる。
精霊王はそれに苦虫を噛み殺した様子を見せる。
「…そやつは不気味だが敵ではない、信用できるかどうかは別にしても戦力…になるだろう」
表情はないが、声から疲労感が伝わってくる。
精霊王の声にゼームスはしぶしぶ納得し、ゼロスに対する警戒を解く。
「解ってくれてうれしいよ」
ゼロスはゼームスに笑いかける
「…はあ、まあいいだろう。ただし邪魔はだけはするなよ」
ゼームスは頭を抱える。できることなら俺も頭を抱えたいところだ。
セリアに目配せするとこちらを見て頷いてくれた。
セリアは俺の態度から察して合わせてくれている様子。
とにかく結果だけを見れば、ゼームスに俺たちと極北の魔神との関係性は疑われずに済んだ。
「ともかく精霊召喚は終わった。この場からさっさとされ、…というか去ってください」
セリフの最後の方は聞き取れないぐらいの小声である。
表情こそないが精霊王が怯えきっているのが態度から伝わってくる。
ゼロスはそんな精霊王に不気味な笑みで返す。
「精霊契約の件。助かった」
ゼームスは精霊王にそういって踵を返す。
「うむ…」
俺たちは精霊王を背にその場から立ち去る。
「握手したときに何かされたか?」
精霊王が見えなくなってからゼームスが俺の横で声をかけてくる。
鋭いですゼームスさん。あの瞬きの間、時間にして瞬き以下の時間でも力を感じたとか。
「いいや?」
背中に冷や汗をかきながら俺は応える。
「あの時ほんのわずかな時間だが、奴の周りに妙な力場が発生したのを感じた。今回は俺の不手際だ。
まさかお前があんな得体のしれない奴を引き当てるとは…。プラナッタの件が終わるまで辛抱してくれ。
…それと奴には絶対に気を許すな」
ゼームスさんはさっきのゼロスの行動を感知していた様子。
ゼロスの言を信じるならあの時百万倍に時間を圧縮していたという。
俺とゼロスが話していたのはせいぜい十分ほど。
それを百万倍に圧縮したのだから瞬きにも満たないほんのわずかな時間のはずだ。だがそれをゼームスは感知したという。
この人の前で始源魔法とか使ったら一発で俺が魔族だとばれそうだ。
ひょっとしたらもうばれているかもしれない。
ゼロスがやってきたのは予想外だったが、『極北』の魔神達から思わぬ横やりを入れられることがなくなった。
またセリアを精霊と契約させることができた。
問題が解決してよかったと思うことにする。
そんなことを考えながら俺たちは精霊の棲み処を後にした。




