精霊契約
岩岳の広場らしき場所に精霊は巨大な人の姿で俺たちの前に現れた。
俺の身長の三倍以上はゆうにある。体の輪郭は光で表情は全く読み取れない。
敵意は感じられないが空気の密度が変わったような気がする。
横にいるセリアを心配して目を向けるが、涼し気な表情である。
「よう、精霊王」
ゼームスは堂々とした態度でその精霊に声をかける。
精霊王という言葉に俺はびくりと反応してしまう。
精霊王は神と同格の存在であり、人間は決して見ることのできない存在だと聞いていたからだ。
このゼームスという男にとって王も精霊王も同列の存在らしい。
「まだプラナッタでの出来事は終わってはいないようだが?」
精霊王の声からはあからさまな非難の感情が伝わってくる。
「ここまで来てやったってのにその扱い方はないんじゃないのか?」
精霊王の威圧を前にしてもゼームスの態度は揺るがない。
「それでお前は何をしに来た」
「あんたの言うことでほぼ確定だ。プラナッタの首都リューウスに奴等はいる」
「何故それをわかりながらすぐに向かい討伐しない」
精霊王の苛立ちがこちらに伝わってくる。
「そう急くなよ。こっちにも討伐する準備があるのさ。それに現場は俺に任されたはずだろう?」
ゼームスの態度には余裕が感じられる。
「…ふん。まあ良い。まさかここまで来た理由がそれだけというわけではあるまい」
「ああ、ここに来たのはあんたに聞いておきたいことがあったからだ」
「聞きたいことだと?」
「もしプラナッタという国を崩壊させることになったとしたら、それはあんたらの中でそれは許容できることなのか?」
ゼームスの声がその場に響く。ゼームスの衝撃的な言葉に俺とセリアはかなり驚く。
「…最悪の場合は仕方なかろう。ただそんなことをすればお主たちも人間界で無事に済むまい」
「俺たちの心配はいい。天災、魔物の大量発生、疫病の発生、魔族の介入、いくらでも表向きはやりようはあるし、
すでに周辺国の指導者層には根回し済みだ。ただやるからには常に最悪のケースも想定しておきたい」
「用意周到だな」
「今回の相手はその存在が見えない。慎重過ぎることはないさ」
ゼームスと精霊王とのやり取りを後ろで聞いていた俺は思い知る。
ゼームスと敵対するということは人類全体を敵に回すに等しい行為なのだと。
「それだけか?」
「もう一つ、俺の連れてきたこいつらに精霊契約を施してほしい」
ゼームスは背後の俺たちを指さす。
「…後ろのそやつらか」
精霊王がこちらに意識を向けてくる。精霊王から俺とセリアに向けて圧のようなものを向けられる。
とはいってもゲヘルたちには到底及ばないものだが。
「こっちはあんたの手先を買って出てるんだ。それにあんたは今回直に手を下すことはない。
このぐらいやってくれてもいいかと俺は思うがね」
「貴重な精霊石を相当数渡したじゃろう?それでも足りないと?」
「『極北』が介入してくるのは時間の問題だろう。
そうなる前に終わらせるためにもできるだけ強い手札が一枚でも多く欲しい」
「…」
「それにもし俺たちが倒れたらここまでの苦労が全部水の泡だぜ」
「…我を脅迫するつもりか」
「脅迫じゃねえ、これは交渉というんだ」
ゼームスと精霊王は対峙する。
「…精霊召喚の儀式の前に身を清めよ」
精霊王のほうが折れたようだ。ゼームスは悪びれる様子はなく俺たちにやってやったとばかりにウインクしてくる。
この人、本当に神経が図太いというか、肝が据わっているというか。
「我の気の変わらんうちに早くするがよい。水浴び場ならその岩場の奥だ。誰か。案内を」
不機嫌そうなおっさん精霊王がそう言うと奥から光の玉が二つやってくる。
俺とセリアの前にふよふよとやってくるとそのままどこかに向かっていく。
俺とセリアは精霊の後を追うように身を清めるべく奥の岩場に向かっていく。
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その場に取り残されたゼームスと精霊王。
「精霊契約の回数制限のほうは大丈夫なのか?」
話しかけたのはゼームスの方だった。
精霊契約で結ばれた人間はその子孫に至るまで契約は継続する。
「やれやれ、今更か。精霊契約はここ三百年の間は控えておった。
既存している契約自体もだいぶ弱まってきておる。問題はないじゃろう。
…魔族側は精霊契約に関しては西の大陸の一件以降、よい顔はされぬからな」
「プラナッタを取り戻せるよう最善は尽くすつもりだ」
「…プラナッタは人間社会へ干渉する我々の窓口の一つでもある。
地形的にも要所にある。手放すことは我々が大陸西部の人間社会へ干渉できなくなることを意味する。
また契約者を囲うという意味という点でも重要な意味をもっておる」
「プラナッタを冒険者ギルドに加入させなかったのは精霊契約者の外部への流出を防ぐためだったと」
「…精霊の契約者は力がある。プラナッタの王族はそういう血筋にある。
プラナッタの王族は長く我々と契約を継続してきたために特に適応者が生まれる家系になってしまった。
王族に生まれた者が男子ならば王家の世継ぎとなり、女子ならば我々の代行者…俗にいう聖女とでもいう存在となる。
もしそんなものが外部に漏れ、力をもち、世界に反旗を翻した場合、絶対抑止である魔族との対立は決定的になる。
今は二つの陣営に顔の聞いた創造主も竜王もおらぬ。魔族との対決は世界崩壊への引き金にもなりかねん」
「なるほど、プラナッタという国は契約者を集めた牢獄でもあったというわけか」
「…当代のアウラ姫は群を抜いた適正を持っておった。
それゆえなのか世界の壁を飛び越え、あろうことか外界とつながってしまった」
「そこが今回わからないところだ。いかに突出していようが所詮は人だ。
世界を隔離している断絶結界アルスベルトを突破できるとは考えられない。一人の人間の想いがそこまで大きなものなのか?」
「さあの。他にも要因はあるのだろうが今は調査中じゃ。ただ人の想いは時として我々の予測を大きく上回る。
それをお主は五百年前にそれを自身で体現しておるだろう」
「たしかにな…」
精霊王の言葉にゼームスは思案顔で同意する。
「もう一つ聞きたいことがある」
ゼームスは精霊王にそういって切り出す。
「答えられるものなら答えよう」
「あの連れてきた女の方、ハイエルフだろ?」
「そうだ」
「やっぱりか…。ハイエルフは神の依代のために作られた種族と聞く。単刀直入に聞くが神おろしは可能か?」
神おろしという言葉がゼームスの口から発された瞬間、精霊王を取り巻く雰囲気が少し変化した。
「…たとえ我を神下ろししたところで我では今回の敵の相手にはならん。相性が悪すぎる。
魔族以外に侵略者と相手になれる者となると創造主直系の三女神ぐらいだろう。
あの三女神は創造主から与えられた絶大な権能を有しておる。
ただし、それほどの高位の者を神おろしするとなれば器の精神が崩壊するぞ?」
「…万が一の時の切り札としてだ」
「…あのものの身体はすでに魔素溜まりになっておる。
手にした魔素をすべて消し去り、清めねば、神や我々精霊はその中に入ることはできぬ。
魔素を体から取り除くにしても数か月はかかるであろう。今回の件ではその手は使えぬよ」
「それを聞いて少しだけ気が楽になった。国のために身内を犠牲にするという選択を外せる」
少しだけゼームスの表情が柔らぐ。
「…お主がそこまで気負う必要はない。万一にもお主たちの勝てぬ相手には『極北』が動く。
『極北』はこの世界の絶対抑止であり、唯一無二の暴力機関。
無論、そうなれば国として、いや人の生きた痕跡すら跡形もなくなるであろうが」
「奴等が動けば影響も犠牲も大きい。俺としてはできる限りそうならないようにしたい」
「…ふむ」
精霊王はゼームスを見て考え込む。
「それでもう一人の男の方はどうだ?」
思い出したようにゼームス。
「…わからぬ。奴の体からはなにも感じぬ。ただの人間にしか見えなかったが?」
「人間ねえ。奴はそこの断崖を自力で登ってきやがった。それだけじゃねえ。竜騎士の筆頭を力でねじ伏せたぞ」
「竜王国の竜騎士をか?それはまことに人間か?そもそもそこの断崖を自力で登る人間など聞いたことがない」
精霊王の声から驚きが伝わってくる。
竜族と人間の間には断然たる種族間の差が存在する。
人間と竜族ではスペックに差がありすぎるのだ。たとえるならば大人と赤子。
まして竜族の選りすぐりがなる竜騎士をただの人間が倒すことは常識的に見てありえない。
「ただ不可解なことに奴の体からは不自然なほどの魔力を感じねえ。
かといって法力を使ってる様子もねえ。動作から読み取れるのは普通の人間のそれだ。
鍛練をしているようにはみえねえし、力に対してこだわりがあるようにもみえねえ。
まるで地を這う獣がいきなり鳥にでもなったような感覚だ。
何もかもがちぐはぐ過ぎるんだ。あんたは何かそう言った存在に心当たりはないか」
「…ないの。本人に直接聞いてみればよいだろう」
「無理に暴き立てられるのはあんたも俺も好きではないだろ。
それに…俺の直感だがそうなればあの男は俺たちの前から姿を消しそうな気がする」
「…フム」
「ここに来ればあの男のことが少しは何か知れると思ったんだがな」
ゼームスは小さくぼやいた。
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精霊を呼び儀式を行うために俺とセリアは身を清めて再びその場にやってくる。
ゼームスと精霊王の二人は相変わらずそこにいた。
「さてまずは私ね」
セリアはのりのりで前に出る。
「わしの前で祈るとよい」
セリアが跪き祈るとセリアの周囲が光始める。するとぽんと音を立てて小さな精霊が現れる。
現れたのは一匹の子狐のなりをした精霊だった。
「よー、あんたか」
子狐の姿をした精霊はセリアに近寄ってくる。
どうやら子狐の姿をした精霊はセリアを見知っている様子。
「初対面のはずですが…」
セリアは訳が分からずそういうのがやっとである。
「なんだよ俺のことを忘れちまったのか?二クスっていう名づけまでしておいて…。
…そういえばずいぶんと背も低くなってるし、若くなってるような…」
ちっこい狐のような精霊が疑問をはらんだ視線をセリアに向ける。
セリアは身に覚えがない様子で首をかしげている。
「名づけをされた?聞いておらんぞ」
精霊王が驚いた様子で横から割り込んでくる。
「ちょっと前に契約した時にな。それに名づけの報告義務はないはずだろ」
「それはそうだが…」
「っつうことで俺は二クスだ。これからは二クスと呼んでくれ。…あれ?大精霊と契約していた『痕』がない?
あんた、大精霊数体とも契約してたはずだろ?」
二クスという精霊はセリアをまじまじと見つめる。
「大精霊数体と契約だと?そんな人間いるわけがなかろう。そんな存在がいたとすればわしや神にも匹敵するぞ」
精霊王が訝し気な声を上げる。
「いいや、確かに俺は感じた。本人もそれを否定しなかったしな」
ニクスはそう言って譲る気もない様子。
「大精霊と数体契約してる人間がいるのか?というかできるのか?そんな存在がいるならぜひとも紹介してほしいもんだ。
名前とかは聞かなかったのか?」
ゼームスが興味津々で割って入る。収集つくのかこれ?
「名前は聞いてねえな。そもそも俺たち精霊は人の名前なんて必要ねえ。人の魂の波長で分類するもんだ。
…魂の波長を見ても間違いなくそこの嬢ちゃんのはず…なんだけどな」
ニクスはセリアの顔を見て歯切れの悪い声を上げる。
「人違いなのではないでしょうか?私はまだ精霊一体とも契約を結んでいませんし、精霊とは遭ったこともありません」
セリアは身に覚えがないことをニクスに告げる。
そもそも一緒に旅をしている俺もセリアが精霊と契約しているとか出会ったとか聞いていない。
「たしかに…あんたのどこにも契約の痕跡はないな」
ニクスはセリアのつま先から頭の先までじっくりと見つめる。
「移し替えたり、そこの精霊がほかの人間と勘違いしている可能性は?」
横からゼームス。
「その娘と契約しているのは二クスだけだ。精霊との契約はこの星の記憶と『痕』としてその魂に刻まれる。
例え神であろうとこのシステムを欺くことはできぬ。百歩譲って…同じ波長の人間がいるのなら可能性はあるかもしれんが…。
それは万に、いや億に一つもないはず…」
ぶつぶつと精霊王。どうもそういうシステムがあるらしい。
「まー、二重契約にはならないわけだしいいだろ」
そのニクスの一言がダメ押しになった。
「…うーむ…そうじゃな…」
精霊王はしぶしぶ納得したようだ。
「よし、あんたと契約してやる。人語を話せる精霊はレアだぜぇ」
自信満々にセリアの前に立つ子狐のような精霊。
「あんたの名は?」
「セリア」
「セリアね。とにかく契約してやる俺をあまり退屈させんなよ」
そう言うとセリアの体が発光し、セリアの左の腕の甲に紋章が刻まれる。
これが精霊王の言う『痕』らしい。
「これで終わり?」
あまりにもあっけない儀式にセリアは驚いていた。
「俺たちはそれを『痕』というが人間の間では精霊紋とか言われてるらしい。これで俺とあんたとのつながりは確立されたぜ」
「精霊ってどんなことができるの」
期待のこもった眼差しをセリアはニクスに向ける。
「よし、少し手を空に向かって掲げてみろ」
「こう?」
「それで念じるんだ」
セリアの手から風の刃が無数に空に放たれる。
「ひゃう」
セリアが驚きから変な声を出して後ずさりする。
「こんなこともできるぜ」
巨大な竜巻のようなものが空中に出現する。
「すごい。魔力をほとんど使ってないのに」
「そうだろう、そうだろう。俺たち精霊は世界そのものだ。魔力を媒介として世界の奇跡を自在に操れる。
あんたらの使う魔法なんかよりもずっと燃費はいいんだぜ」
腕を組みながら得意げにニクス。セリアは嬉しそうな顔である。
「ニクス、後がつかえておる。あとでやれ」
精霊王が話し込んでいる二人の話を遮る。
「わーったよ。俺はこれから用事があるからまた後でな」
そういってニクスはこの場から離れようとする。
「ちょっと待って、私はどうやってあなたを呼び出すの?」
「パスはできてる。その『痕』に向かっておれっちの名を心の底で念じればいつでも応えるぜ」
「ふーん」
ニクスはそういうとポンと消えた。
セリアさん、エリスから法術を習い、ゲヘルから魔法を教えられ、次は精霊と契約するとか。
その上、ハイエルフという種族の特性上、人間とは比べ物にならないほどの魔素をその体に貯蔵できる。
現状では『渡り鳥』の中で実力的には一番下の位置づけだけど、もう少ししたら誰か抜かれそうな感じがする。
「今度はユウの番だぜ」
ゼームスが俺のほうを見て行ってくる。
どうやら忘れていてくれたわけではないようだ。
「…ああ」
俺は恐る恐る精霊王の前に進み出る。内心はもうどうにでもなれという心境である。
俺が精霊王の前でひざまずき祈り始めると光とともに人影が現れる。
あっさりと召喚できたことに俺自信がかなり驚いていた。
「おお、人型か。結構でかいな」
光の中から現れたのは子供の大きさだろうか。
「やあ」
その聞き覚えのある声に俺は固まる。
そこに現れたのは『極北』にいるはずの魔神の一柱、ゼロス=クルエルミだった。




