精霊の棲む山
俺とセリア、そしてココノエの目の前には天を突くような巨大な山がそびえたっている。
俺たちのいる場所は中腹、およそ五合目と言ったところだろうか。
風が轟々と音を立てて流れている。
「やっぱり人の背中に乗るより自分で飛んだほうがいいな」
ゼームスは俺たちとは別に自力で飛んできていた。
天竜と同化している彼にとって飛行することは呼吸することと一緒なのだという。
宙に浮きながらゼームス。ゼームスさんの使うのはどうも魔法とは違う感じがする。
契約している天竜の能力の一つだろうか。
見たところセリアより安定してるし、呼吸するように飛んでいるというか浮いている。
自分がいうのもなんだが、もう何でもありだ、この人。
「…?精霊の棲処というには精霊の姿が全く見えないが」
「精霊の棲家はこの上だ」
先にたどり着いていたゼームスは上を指さす。角度が六十度以上はあるだろうか。崖絶壁に近い。
その上、頂上の方は雲で覆われており全く見えない。人間では入れない秘境と言った場所だろう。
「飛竜で向かうのは無理なのか?」
「あまり精霊を刺激したくない。そんなわけでできるだけ最小限の人数で行きたい。ココノエたちはここで待っててくれ」
「わかりました」
ココノエは飛竜と共にここの場に待機することになった。
「…?ということは俺だけじゃなくてセリアも連れて行くのか?」
「ああ、もちろんだ」
俺がセリアの方を見れば行く気満々のようである。
セリアは黙ってステッキを懐から取り出す。
セリアは何かを唱えると足元が光り、セリアはふうっと宙に浮かぶ。
セリアは飛行魔法を使ったのだ。
セリアが飛行の魔法を使ったことに俺は驚く。セリアは自身にではなく靴に飛行魔法を付与したようだ。
ゆっくりだが、危なげなく浮かぶ。魔法は明確に対象を絞ったほうがその効果をコントロールしやすくなるらしい。
足元にいる俺に向けてドヤ顔をして見下ろすセリアさん。どうもこの間の意趣返しらしい。
「ほお、飛行魔法も使えるのか」
空を飛びながらゼームスさん。
「まだ覚えたて。私自身に使ってるんじゃなくて靴の底に魔法式をつけてる。
だからちょっとバランスが良くないんですよ」
感心するゼームスにセリアは苦笑いを浮かべる。
「それでも大したもんだ。ここまで安定した飛行魔法を使える魔法使いはなかなかないぜ。
もしだめだと判断したら俺に言うといい。いつでも背負うぜ」
「その時はお願いします」
「任せときな」
ゼームスとセリアがあっという間に上へ上へと上がっていくのを俺は見上げていた。
「ユウ殿、置いてかれますよ」
ココノエが心配そうに横から俺に声をかけてくる。
ココノエは俺が飛行することができることを知っている。
「そうだな」
「…あなたも空を飛べるでしょうに」
「ゼームスの前では使いたくない」
魔石を砕いて始源魔法で飛ぶこともできたが、始源魔法は俺にとって最大のブラックボックスであるし、
そもそも始源魔法という魔法はどういう原理で動いているのか謎の魔法だ。
エアが言っていたが、ゼームスは使った力が何なのか判別するような力を持っているらしい。
始源魔法を使えばこちらの正体も知られる可能性もある。
ただ出し惜しみをしてここで俺だけ置いていかれるわけにはいかない。
ゼームスとセリアに世話になるのもちょっと嫌だ。
なら自力で上がっていけばいい。
俺は息を吸い込むと、絶壁にある岩場を足場を使って跳躍し、その絶壁をひょいひょい登っていく。
もしこの世界にロッククライミングという競技があったら金メダルを余裕でとる自信がある。
「お前も大概だな。この絶壁を苦も無く登るか」
ゼームスは俺を見て関心している様子。
「これでも冒険者のはしくれだからな」
というか本当は全部、この人間離れした魔族の肉体のおかげです。
足場から足場への力加減や、どの足場が安全かと感覚が教えてくれる。
「ここは人からは秘境とか言われてるのだけどな」
ゼームスは心底あきれた様子である。
ゼームスの前で力を出すのをためらうのは、俺の中でまだゼームスのことを信用し切れていないということなのだと思う。
それに魔族の地力なら断崖だろうと登るのはどうってことはない。
雲を突き抜けると山頂らしき場所が見えてきた。
「アレが精霊の棲家だ」
先についていたセリアが振り返り、山からの光景に見入っていた。
俺もセリアの見る方向を見る。まるで一枚の絵画のようである。
遠くまで見渡すことができ、雲海が眼下に見える。
青く澄んだ空はどこまでも広がっており、はるか遠くには海が見える。
天気が良ければ遠く山を隔てているサルア王国も見えそうだ。
風が吹き、光が満ちている。温度は低いが不快さはない。神秘的な場所だと思うが、人間にはきつい場所ではなかろうか。
心配してセリアを見れば自分の周りに簡易結界を張ってる。
セリアはゲヘルの下で自分が思うよりもずっと強くなってるのかもしれない。
「こっちだ」
俺たちがもたついているとゼームスが付いてくるように声をかけてくる。
ゼームスの声に山の方を振り返ると殺風景な岩場が広がる。ガスが立ち昇っているところもある。
どうもここがゼームスの言っていた精霊の棲家ということらしい。
クラスタたち魔族からは精霊に対し、あまり良くないイメージがあるらしい。
ならばその逆もしかり。精霊のほうも魔族をよくは思ってはいないのではないだろうか。
敵対するということも考えられなくはない。
自分が魔族だろうかばれないだろうか。ここまで来てそんなことが頭をもたげてくる。
「精霊にも属性とかあるのですか?」
歩きながらセリアがゼームスに聞く。
「精霊に属性は無いな。精霊はこの世界と表裏一体の存在。
創造主によって世界を管理するためのこの世界にあったモノから意志を持った概念そのもの。
ゆえにそ精霊はこの世界と同義。一部の人間からは世界に根ざすものとか言われている存在だ。
まあ、それぞれに得意とする事象はあるみたいだけどな」
「四界竜は四つの属性に分かれているのは…」
「魔法がそういう風に区分されているのは知ってる。だが俺たちとは本質的には違う。
アレはそう言う風にしたほうが説明しやすかったから便宜的に語っているだけだ。
エアやシーリアの力を見ただろう。あれらは厳密に四つの属性に分類できたか?」
ゼームスの言葉に俺はエアやシーリスの力を思い返す。
「あいつらや精霊はこの世界を具象化したもの。得手不得手はあるが基本は万能の存在だ」
「へえ…」
「それでどうして俺たちをそんな精霊の棲家に連れてきたんだ?」
「ああ。お前たちを連れてきたのは精霊契約をしてもらうためだよ」
ゼームスの言葉に俺とセリアは固まる。
「…精霊契約?」
精霊契約の話は旅の途中で何度か聞いている。
精霊契約は人間と精霊が契約を結ぶことを指す。
精霊契約をすれば魔力を持たずとも精霊の恩恵により、魔法に匹敵する力を使うことができるという。
魔族から見れば力を持って世の中を乱すはた迷惑な存在であるとも。
また精霊は国の王家とも契約することもあると聞いている。
「ゼームスさん、私から二つ確認をさせてもらってもいいでしょうか?」
セリアが横からゼームスに問う。
「いいぜ?」
「精霊との契約には対価が必要と聞いています。契約を結ぶ対価は何ですか?」
セリアがゼームスに問う。たしかにセリアのいう通り、精霊との契約は対価が必要と聞いている。
俺には精霊と契約する対価が何になるのか思いつかない。
「今回のプラナッタの一件は精霊王からの直々の依頼でな。
精霊王から戦力になりそうな人間に関しては精霊契約してくれると話がついてる。
今回お前らの他に参加させるつもりの奴等は精霊の力は必要としねえし、そもそもできない奴等ばっかだしな。
幸運に思えばいい。精霊王が人間相手にノーリターンで精霊契約してくれるチャンスなんて万に一つもねえ」
「…ということは私たちは対価なしで精霊と契約できるんですか?」
「そうだ」
「もう一つ。なぜ『渡り鳥』の中から私たちが選ばれたのか、理由を聞かせてもらってもいいですか?」
セリアは淡々と次の質問をゼームスに投げかける。
「単純な消去法だ。クラスタは魔族だから却下。そもそも契約以前に魔族と精霊は相成れない存在だ。
エリスは既に聖剣ゼフィールと契約している。聖剣ゼフィールとの契約者は聖剣が邪魔して精霊と契約できねえ。
最後のオズマは戦い方が完成され過ぎている。今から精霊契約したところで枷にしかならねえ気がする」
ゼームスの分析に俺は複雑な気分になる。ゼームスは俺よりも仲間をよく見ている様子。
「その点、お前たち二人には動きや戦い方に伸び代が多く残されてる。
今後の戦いに組み込んでいくことも可能だと判断した」
言い換えれば未熟だということだ。それに関しては俺も同意する。
セリアはゼームスの答えに顔を緩めた。
「ずっと文献で読んで精霊契約できればいいなって思ってたんです」
いつになく目を輝かせながらセリア。
「見ての通り私は魔法使いです。オズマさんたちみたいに反射神経はよくないし、
エリスみたいに聖剣が守ってくれるわけではありません。
魔法を集中して使おうとするとどうしても人を頼りにしなくちゃなりません」
「だろ?魔法使いの場合は魔法式を使うまでの間に守り手がいるだけで詠唱中のリスクがぐっと下がる。
大魔法になればなるほど集中力が必要になるし、
戦闘になれば周囲にまで意識を張り巡らせなくちゃならねえし、自分一人で対処しなくちゃならないときもある。
魔法使いには魔法を使うまでの対策はどうしても必要だ。精霊との契約を行えば精霊がを守り手になってくれる」
「ええ、そこなんですよ。魔法式に専念すると防御がおろそかになるし、
かといって防御に専念すると大きな魔法が使えなくなる。
一番は並行思考を走らせるとかできればいいのですけど」
「はっはっは。そりゃ無理な話だ。よっぽどの魔法使いでもなければ戦闘中は仲間頼りになるし、
魔法を発動するまでにかなり複雑な手順が必要だと聞いてる。
…並行思考は一人できる奴は知ってるが修得するのにかなり苦労したって話だぜ」
機嫌よくゼームスがセリアの問いに応える。
「イーヴァみたいに死霊が護ってくれるのならいくらでも大きな魔法ばんばん打てるのに」
悔しそうにセリア。
「イーヴァはあれはあれで特殊な奴だからな。ってかセリアはイーヴァのこと知ってるのか」
「ええ。以前サウルスリザードの討伐した時に一緒になって…」
俺を置いてきぼりにして、二人は話をしながら前方を進んでいく。
ちょっとした疎外感がある。その前に精霊契約に関してははっきり言って不安しかない。
一応俺は魔族である。精霊と魔族は相性が悪いと聞いた。クラスタと同じように精霊に拒絶されることは目に見えている。
…どうにかして逃げ出せないものだろうか。
そんなことを考えていると俺の前を歩いていたゼームスとセリアが足を止めていた。
心なしか空気が重くなった気がする。気が付けば周囲には巨大な圧迫感が占めている。
ゼームスたちの前を見れば巨大な光の塊があった。
「よう精霊王」
ゼームスは当然のように光の塊に声をかける。
「今度は何用か、天竜、いや天竜とその契約者よ」
光の塊から無機質な声が周囲にこだまする。
こうして俺とセリアはゼームスと精霊王との話し合いの場所に立ち会うことになった。




