飛竜での移動
見渡す限りの青。晴れ渡った空に空を飛ぶのは気持ちがいい。
眼下には今まで旅をしてきた景色が広っている。
俺たちは竜騎士の駆る飛竜に同乗させてもらい、パタフに向かっていた。
「ユウ、あれヒューリックの街じゃない?」
俺の前に座るセリアが遠くを指さし語り掛けてくる。
「ああ、オークの討伐報告で立ち寄った村だな」
セリアは今まで通った道を眺めながらはしゃいでいた。
ユキトと互角の魔法勝負を繰り広げたのが嘘のよう。まるで年相応の女の子である。
どこかほっこりする。この笑顔のためならどんな困難にも立ち向かえそうな気がする。
子をもつ親の気持ちというのはこんな感じだろうか。
「ユウ殿たちはオークを討伐したこともあると」
飛竜の手綱をもちココノエが俺たちに聞いてくる。
「まあ、一応」
「さすがですね。あの筋肉質のオークを」
「まあ、ほとんど倒したのは仲間ですけどね」
実際に俺は後ろで逃げるオークがいないか見張っていただけだが。
「オークとの戦いは時間との戦いになります。
繁殖力の高いオークをいかに短時間で殲滅することができるか。
そのためにも機動力の高い我々竜騎士が任されることが多いのです」
「なるほど」
そういうことなら機動力の高い竜騎士は引っ張りだこだろう。
「オークは空からの攻撃には対応できません。
ですから戦闘マニュアルに従っての一方的なものになります」
「それは…すでに作業ですね」
「ただ一度だけ、一度ナナツキが私の命令を無視して飛竜から降りて、
自分の倍もある体格のオークと力比べをしたことがありました。あの時は肝が冷えました。
当然そのあとお説教でしたが」
苦笑いを浮かべながらながらココノエさん。
生きているということはナナツキは当然勝ったということだろう。
改めてそんなナナツキさんに力勝負で真っ向から勝つエリスってすごいな。
俺はエリスのことが急に気になり始める。竜に騎乗する前にかなり怯えていたはずだ。
「あーあー、ところでエリスは大丈夫か?」
俺は交信符を懐から取り出し、語りかける。交信符というのはユキトが渡してくれたものだ。
風の強い中や悪天候など竜騎士たちが空で連絡を取り合う手段らしい。
「…まだ落ちてはいません」
スードラが冷静に返してくる。
「その言い方は…」
「必要なら休憩を取るぞ?」
「いいや、行ってくれ。皆の足手まといはごめんだ」
エリスは意固地になっているようだ。
こうなるとエリスの頑固さは相当なものだ。
「足手まといとかじゃなくてだな…」
「ナナツキと正面から互角に渡り合う剛力を誇る勇者でも高さにはかなわねえか」
フォローしようとする俺の横からからかうようにクラスタ。
「…うぐぐぐぐ」
エリスの悔しそうな声が交信符を通して聞こえてくる。
「苦手は誰にでもある。無理だと思ったら俺に言ってくれ」
「…わかった」
ここで交信符を懐にしまう。
エリスは勇者でいつも戦闘では最前線にいて勇ましいが、悪い時はとことん落ちる。
一度聖剣を折ったときもこんな感じだった。
「エリス、大丈夫かな」
「…本当にだめなら言ってきてくれると思う」
エリスは完全に意固地になっている。エリスが意固地になったら良くも悪くもてこでも動かない。
足元には変わらぬ景色がある。セリアは熱心に眼下の景色を眺めているし、
今まで足で移動してきた俺たちにとって飛竜での移動は快適すぎる。
飛竜に揺られながら俺はキャバルを出るときのことをぼんやりと思い返していた。
皆との話し合いの後、参加の意思を俺がゼームスに話した。
するとその後はとんとん拍子に話が決まった。
竜騎士たちの話によれば天候の点でもそろそろ西から崩れ始めるとのこと。
竜騎士たちは天候を事前に察知する能力を持っていて、
さすがに嵐の中移動するのは同乗者と一緒は厳しいらしくゼームスに告げてから、
二時間立たないうちにキャバルの郊外の空き地に七体の飛竜が集められた。
ゼームスさんは行動力の塊だと思う。
そんな飛竜たちを一目見ようと、離れたところに人間の人垣ができている。
たしかに七体の飛竜が整列しているのは遠目から見ても壮観の一言である。
「昨日はどうも」
竜騎士たちは一列に整列して俺たちを迎えてくれた。
竜騎士たちの規律はしっかりしてると思う。
昨日祝勝会であれだけ飲んだのに全員昨日と変わらない様子に俺は驚いた。
「二日酔いは誰もしてないんですね」
竜騎士の面々を見て俺は思わず声を上げる。ユキトを除く竜騎士たちは皆、昨日浴びるほど酒を飲んでいたはずだ。
積みあがった酒樽が文字通り空になるほどだ。
「竜騎士に選ばれるものは強靭な肉体を有しているのが前提です。
必要とあらば一週間、竜に騎乗し続けることも求められます。あの程度で音を上げる者は我々にはおりません」
力強い笑みとともにココノエが俺の質問に丁寧に答えてくれる。
ユキトだけは引きつった笑みを浮かべているのが特徴的である。竜騎士の人たちはかなりの体育会系らしい。
竜の血を引いているので人とは体のつくりが違うのだろうが…。
…ブラック過ぎて職場にはしたくはないなと思った。
「俺たちの厄介ごとに関わらせてしまってすみません」
俺はそう言ってすまなさそうにココノエに頭を下げる。
巻き込んでしまったココノエたちへの負い目もあり、俺は彼らに対し自然敬語になる。
「ユウ殿、頭をお上げください。竜族の住む島国はこの世界において独立した文化圏を形成しております。
交易に関しても他国に依存することはありません。ですから信頼には信頼を、裏切りには裏切りを。
それが我々竜族の他との付き合う信条になります。
あなた様は我々の無茶な願いを聞いてくれた。その義に応えるのは当然のこと。
それに昨日の試合で我々は皆あなた方に好感を抱いております。
好きなもののために何かしたいと思うのは当然のことでありましょう」
ココノエの声に竜騎士たちはそれぞれに頷く。
ココノエの言葉に少しだけ胸が熱くなった。
「改めてよろしく頼みます」
この世界にやってきてこういう人間たちと関われたことに感謝したい。
「ええ」
俺が差し出した右手をココノエは力強く握り返す。
「これを」
ユキトが俺に一枚の符を手渡してきた。何やら複雑な模様の入った札である。
ユキトはそれを俺のパーティの皆に手渡していく。
「これは?」
「通信用の符で交信符といいます。上空では音声による意思疎通が厳しい時もあるので。
もちろん傍受でいないよう秘術が施されております」
「助かります」
無線のようなものだろうと俺は判断。符にこんな使い方があることに驚く。
思えばこの世界は形は違えど前にいた世界のそれに近い。
人の使う道具というものは最終的に似通ったものになるのかもしれない。
「終わったか?」
タイミングを見計らってゼームスが横から話しかけてくる。
いつの間にかゼームスが近くにやってきていた。
「ゼームス、それで目的地はどこなんだ?」
「場所は国境沿いの街のパタフだ」
パタフというのはたしかオズマがミザールと待ち合わせをしている街の名だ。
プラナッタ王国とコルベル連王国の境にある街である。
「馬を使ったとしても数日かかるが竜たちの速度なら昼頃には着くだろう。
これから向かうパタフでは三日後に仲間たちが到着し、作戦を話し合うことになっている。
それまではパタフで各自待機だ」
「パタフか…」
聞いた話ではパタフはオズマとミザールが合流場所に指定した場所である。
そういう意味ではこちらの都合としてもよかった。
「何故もう少し首都シーリウの近くの街を選ばないのですか?」
セリアがゼームスに疑問をぶつける。相手がシーリウにいるのであればそちらの方が作戦上都合がいい。
「プラナッタには冒険者ギルドがない。
プラナッタは独自の軍を持っていて、プラナッタには征服王との戦争の際に敷かれた独自の情報の網がある。
現在プラナッタの人々の生活基盤は不思議なほどに揺らいでいない。
プラナッタのその情報の網が生きている可能性が高いし、プラナッタに入れば俺たちの情報が漏れる可能性がある。
こちらが動いていると知られれば相手に対策を打たれる可能性がある。
戦いはできるだけ限定的なものにとどめたい。
犠牲は最小限にしたいし、知性をもった相手ならば、最悪住民を人質にすることも考えられなくはない。
それらをできる限り被害を抑えるためにも最速で討伐を終わらせるつもりだ」
ゼームスの言葉は筋が通っている。なんだかんだ言ってこの人はすべて見ているようである。
「なるほど」
「人間社会に溶け込んでいるという相手だ。警戒しすぎることはないだろう」
ゼームスの話では大臣を含めた人間がすでに何人も失踪している。
半年前から失踪事件がプラナッタの首都リューウスで相次いでいる。失踪者の家族が声を上げてるらしいが、
プラナッタの王宮はこのことについて取り合うつもりがないとのことだ。
失踪している人間はまず喰われたとみていい。
奴等にとって世界は食糧に過ぎず、世界側から見れば奴らは世界の腫瘍なのだ。
俺は前の世界の知識で人狼ゲームを思い出す。
昼間は人に変化し人間社会に溶け込んだ人狼が闇夜にまみれて人を食う。それを当てるゲームだ。
現在それが現実で起きている。その事実に俺はちょっとした嫌悪感を覚える。
「厄介ですね」
「ああ。…さて、おしゃべりはここまでにしておこう。
ユウとセリアはココノエのところな。エリスはスードラに、オズマはナナツキに。
クラスタはホウエンとだ。俺はユキトのところに乗る」
ゼームスはてきぱきと指示を飛ばしてくる。
こうやって当たり前のように仕切れるあたり、人を率いることに慣れてるなと思う。
「ああ。わかった」
ゼームスの決定に皆は反対意見はなかった。
「今後のスケジュールもある。急ぐぞ」
俺たちは飛竜にそれぞれに騎乗するべくその場所に向かう。
「ところでココノエさん、昨日の話は…」
俺は移動中にココノエの耳元でつぶやく。
「その話は王国に戻ってから皆に話すことにしました。そちらのほうが都合がよいかと…」
「助かります」
ナナツキなどは酔った勢いでしゃべってしまいそうだし、
少しでも俺が『極北』とつながりをもっていることを知る者は少ないほうがいい。
俺はそういったココノエの配慮に感謝する。
ふと、誰も乗っていない二匹の飛竜に目が行く。
「そういえばなんで竜騎士五人に対して飛竜が七体なんです?」
俺は前から気になっていたことでもある。
「一頭は姫様のためのものともう一頭は不測の事態に備えてのことです。
我々竜騎士が西の地に赴くのは滅多にありませぬので」
サクヤは竜の姿になってエアとシーリアと共に竜王国へ戻った。
ということでサクヤは帰る際に使っていない。そういうことで一頭取り残された格好になるようである。
「飛竜は我々の生命線となります。もちろん落ちたとしても戦える戦力は各々あると自負しておりますが。
故郷から遠く離れた場所で万が一にでも竜に何かあった場合、帰還が難しくなります。
また最悪の場合、こちらの状況を知らせるための連絡要員にと…」
確かにそうなった場合、周囲は敵だらけといってもいい。ココノエは最悪の手段も想定していたらしい。
杞憂に終わってくれてよかったと思うが。
俺とセリアがココノエの後について騎乗する予定の飛竜に近づく。
飛竜の息遣いすら感じるほどの距離。俺の背後には怖いらしくセリアがぴたりとくっついているのがわかる。
そういう俺も実のところ少しばかり怖い。
飛竜は俺たちが近づくと頭を垂れる。おそらくはこちらに危害を加えないことを暗に伝えてきているのだろう。
「…よく調教されているな」
「飛竜は我々と対等な存在です。竜は同族であり、また我々の同胞であります」
ココノエの言葉に俺ははっとなる。ココノエたちにとって竜というのは身内なのだ。
ここで調教という言葉はふさわしくない。
「調教と言って悪かった」
「ハハハ、人間社会にいれば、馬と重ねてしまうのでそういう反応は仕方ないものかと」
微笑みとともにココノエは俺に返す。
ココノエはサクヤが関わらなければこの人は普通に人格者だと思う。
ココノエと話していると緊張したエリスが視界に入る。
隣の飛竜に乗り込む前である。足と手の振りが連動し、表情が固まっている。明らかに挙動不審な動きである。
ココノエとの会話に夢中で気づかなかった。
俺はエリスに声をかけてみる。
「あのエリスさん?まさか空を飛ぶのは初めてで?」
「あ、当たり前だろう」
こわばった顔でエリスが答える。怖い者知らずのエリスさんもどうやら高いところだけは苦手だったらしい。
乗る前から全身カチコチに緊張している。同乗するスードラは困ったように頭をかいていた。
「ほ、本当に本当に大丈夫なのか?落ちたりしないだろうな」
飛竜の背中に乗る前にエリスは不信感を隠すこともせずにスードラに向かって問う。
「ナナツキと互角に渡り合ったお前ならば、落ちても…多分大丈夫だろう」
スードラは最後言葉を濁す。
「エリス、大丈夫。万が一落ちても私が魔法で…。あ、エリスは魔法効かないんだっけ?」
セリアは勇気づけようと横から声をかける。…セリアさん、完全に逆効果です。
「あんたは案外、落ちても法力でけろりとしてそうだよな」
茶化すように遠くからクラスタが笑う。…クラスタ、お前、後で仕返しされるぞ。
「お前たち、私が落ちることを前提に話してないか?」
エリスは少し涙目になって皆に抗議する。そこで大爆笑が巻き起こる。
張り詰めていた空気が少し和んだ。
俺たちは竜の背中に乗る。
全員が騎乗したのを確認すると竜がその背にある羽根を羽ばたかせる。
「聞こえるか」
ゼームスの声が回想から現実に戻す。
「ああ」
俺は交信符を懐から取り出し、返事を返す。
「ユウとセリアは明日、俺と一緒に来てくれ」
ゼームスからの提案に俺とセリアは顔を見合わせる。
「なんでまた?」
「二人にはついてきてほしい場所がある」
「精霊の棲家と知り合いの魔法使いのところだ」
「…精霊の棲家と魔法使い?どうしてそんなところに?」
「詳しくは着いてから話す」
理由はよくわからないが今回の任務に必要なことのようだ。
「セリアはいいか?」
俺はすぐそばにいるセリアに話しかける。
「大丈夫」
精霊の棲家と魔法使いのところ。
ゼームスが誘っているのだから危険はないのだろうと思う。
俺はゼームスについていくことに同意し符の通信を切る。
「それを使うのは初めてではないようですな」
符の通信を切るとココノエが語り掛けてくる。
「…」
「普通、符で互いに交信をする際にそれを見たことのない人間は戸惑います」
俺はココノエの言葉にハッとする。
交信符を通してやりとりは前の世界にいた俺にとってなれたものだった。
だがセリアはそれを見て驚愕の表情を浮かべていた。
「…俺の前にいた世界では物は違うが見慣れたものだったよ」
俺はそう言って交信符を自身の懐にしまった。
俺は前にいた世界のことを思い出してみる。この世界に来てもうすでに半年が過ぎている。
今では前にいた世界が夢だったようにも思われる。
多くの人間に影響を与えてきた。
国の在り方にも深く干渉したこともある。
それは果たしてこの世界にとって良いことだったのか。
自身の判断は間違えていないと思いたい。




