真夜中の訪問
俺とオズマは夜中に冒険者ギルドの裏口に来ていた。
それというのもゼームスからプラナッタの現状を聞くためだ。ゼームスはギルドの来賓室にいるという。
竜と同化したゼームスには睡眠は必要ない。
コルベル連王国の王都キャバルだが、街灯はなく真っ暗だ。
あれだけ人でにぎわっていた冒険者ギルドの建物も昼間とは違った表情を見せる。
俺は裏口の扉に手をかける。まるで泥棒でもしに来た気分である。
とはいっても扉の鍵を壊すつもりはない。俺はジャックから鍵を懐から取り出す。
俺は取り出した鍵で裏口の扉を開けギルドの中に入っていく。
そのまま俺とオズマはそのままゼームスのいるという来賓室に向かう。
「はいれ」
来賓室をノックをするとすぐさまゼームスの声が一言返ってくる。
俺は言葉に従い来賓室の扉を恐る恐る開く。
来賓室に入るなり金色の双眸が俺を迎える。それは暗闇の会議室の中に怪しく光る。
気圧されそうになったが俺は辛うじて平静を保ちつつ部屋に足を踏み入れた。
高窓から星の明かりだけが入り込む部屋の中にはゼームスだけだ。
この人もジャックさんのように暗闇の中が落ち着くタイプなのだろうか。
部屋に入るなり部屋中から酒のにおいがした。ゼームスの傍らには酒瓶がある。
「ここに来たということは引き受けるかどうかもう決めたということか?」
来賓室の中央のソファに堂々と座りゼームス。
「決める前にあんたに話を聞きたくてな」
「おいおい順序が逆だろう?」
ゼームスはわざとらしくおどけて見せる。
「今回のプラナッタの件、オズマも絡んでいる。少なくとも事情を聞く権利ぐらいはあるんじゃないのか?」
ゼームスと俺たちの間にしばしの沈黙が流れる。
「…それなら取引だ。お前には昨日の借りがあるが、ただで情報を渡すほどお人よしじゃねえ。
代わりにプラナッタの情報を俺によこせ」
ゼームスが欲しがっているのはわかる。プラナッタには他国と国交がない。その上、冒険者ギルドの支部もない。
オズマは数年とはいえプラナッタの持つ騎士団の一つで副団長を務めていた人間だ。
機密情報について知っていてもおかしくない。
「オズマ」
俺は振り返り斜め後ろにいるオズマに問う。
「そのつもりでここに来ました」
「なら取引成立だな」
ゼームスが指を鳴らすとゼームスの手の少し上に光の灯が着き、部屋の四方の頭上に光が出現する。
暗かったはずの来賓室を光が明るく照らす。
ゼームスの向かいのテーブルには大きな地図が広げてあった。
俺はオズマと顔を見合わせる。どうやら俺たちはゼームスの手の内だったらしい。
俺はオズマとともにゼームスの真向いのソファに座った。
「こっちからだ」
ゼームスは俺たちが座るなり会話を切り出してきた。
「プラナッタ王国の現在王様は投獄され、王宮はアウラ姫の手中にある。
今のところそれが表面化してないのはプラナッタが他の国とほぼ国交がないためだな」
いきなりぶっとんだゼームスの発言に俺とオズマは固まった。
アルラ姫がクーデターを起こしたということらしい。
オズマの表情を横目で見るがオズマもまた目を見開いている。
「アウラ姫が?王宮を制圧など単独でできることではない。それに他の騎士団が黙ってはいないはずだ」
オズマが疑問の声をあげる。オズマの言い分ももっともだ。小国であれ王宮を抑えるとなると当然人数が必要になる。
それこそ王宮には千人からの人がいる。
俺やオズマは魔族でも力はあるだろうが、そんな人数を意のままに操ることなど不可能だ。
魔眼のネックレスでも使えば話は別だろうが。
「それに関してはどうも七星騎士団がそれに加担したっつう話だ」
「七星騎士団がクーデターに加担しただと…?」
これにはさすがに俺とオズマは唖然とする。七星騎士団はオズマの古巣である。
それにミザールという男がオズマに会いに来ている。俺は七星騎士団のミザールのことを思い出す。
数日前にオズマに会いに来た七星騎士団団員である。彼はオズマと出会ったことに純粋に喜んでいた。
俺はどうしてもミザールという男に裏の顔があるようには思えない。
オズマもそれに関しては同様らしい。いつも冷静なオズマの顔に驚愕の表情が浮かんでいる。
「プラナッタにある他の二つの騎士団の頭は捕らえられどちらの騎士団も満足に身動きが取れていない。
どうも二か月前の合同会議の際にまとめて捕まって、現在王族ともども西の離宮にまとめて監禁されている」
「…どうしてそんなことを」
「理由なんてこっちが聞きたいぜ。そのせいでプラナッタの国政は停滞してる。
上層部以外の騎士団などの治安維持機構は普通に動いているために表面上は平穏を保ってはいるがな。
あと一か月もすればそれは表面化するだろうさ」
淡々と話すゼームスに対してオズマの表情も今まで見せたことがない硬いものだ。
まさか自身のいた七星騎士団が王宮乗っ取りにかかわっていることに衝撃を隠せていない。
「七星騎士団の構成員は多く見積もっても二百名程度。
そのうち王都リューウスに席を置くのは多くても三分の二ほどだ。
近衛兵を含め、二つの騎士団の幹部を拘束し、王宮を制圧するには現実的な数ではない」
「だろうな。事実として奴らはそれをやってのけた。しかも今もそれは続いている。
手段はわからねえ。ただ下働きの下女たちの話によれば黒ずくめの兵士たちが王宮で主導的な役割をしたらしい。
今でも黒ずくめの兵士たちは王宮に居座り続けているという。
念のために聞いておくが七星騎士団に黒ずくめの部隊は存在するか」
「…心当たりがないな。私が七星騎士団を出たのは半年前。
半年で王宮を制圧するほどの練度の兵士を鍛え上げるのは不可能だ」
「ならプラナッタの他の二つの騎士団、もしくは黒ずくめの兵士に心当たりはあるか?」
「ない」
オズマは断言する。
「そうか」
ゼームスはそれ以上オズマを追及することなく引き下がる。
ゼームスからもたらされた情報に俺は少しだけ引っ掛かりを感じた。
この男は俺たちに何か言っていないことがある。
俺は二人の会話を聞きながら今までの情報を頭の中で整理する。
ジャックによればゼームスはSランクを招集を行っている。
ならなぜゼームスはそこまでする必要があるのか。それも冒険者ギルドの支部すらない小国相手に。
たとえクーデターで占拠されてるにしろ仰々しすぎる。
冒険者ギルドは本来魔物退治を専門としているはずだ。国の在り方に関して口を出すことはしない。
もしギルドが積極的に国のいざこざに介入しているのならばコルベル連王国の王位継承権争いに
介入していてもおかしくはないはずだ。
オズマも人間の国のごたごたをどうしてそこまで重要視するのか。
人間の国の内乱に魔族が介入するのは良くないことのはずだ
プラナッタでにおいを嗅いできたという言葉にも引っ掛かりを覚える。
この二人は何か俺に話していないことがあると俺は結論を出す。
それは今回の発端でいて元凶のものだ。
「少し横からいいか?」
「なんだ?」
「…どうして冒険者ギルドがプラナッタの一件に積極的に関わろうとしてるんだ?」
俺の一言にゼームスが動きを止めこちらを見つめる。
「…へえ。ぼんやりしているように見えてなかなか見ている」
ゼームスは目を細め、頬杖を突く。
「まあいい。これは俺の依頼人からの情報だ。すべてのことの発端はアウラ姫だという」
アウラ姫という単語にオズマの表情がピクリと動く。
「姫さんがこの世界にあってはならないものを召喚したのが事の始まりだ」
「あってはならないもの?」
「今からほぼ一年前、アウラ姫は召喚の儀を行った。召喚の儀自体に問題はなかったそうだ。
だが姫によって呼び出されたものが問題だったそうだ」
「?」
「アウラ姫は精霊とかかわりのあるプラナッタ王家、歴代の中で秀でた召喚士の才能を持っていた。
普通ならば精霊が呼びかけに応じるところだがその際に呼びかけに応じたものは全くの別物だった。
一言でいえばこの世界の外にある存在だ。本来ならばあってはならない存在、この世界にとって異物でもある。
その世界のものではないものとつながりを持ち、そいつをこちらの世界に引き寄せてしまった」
「それが黒い兵士たちだと?」
その質問にゼームスは硬い表情で沈黙する。俺はゼームスの沈黙を肯定と受け取る。
「…アウラ姫がそれを使ったのかはわからない。
ただアウラ姫がその力を得て使ったとすればこの状況にも納得がいく」
「そいつの名は?」
「侵略者と呼ぶと聞いた」
横にいるオズマに目を向ければその表情は険しい。
「さて、こちらの持っている情報は話したぜ。今度は俺の問いに答えてもらおうか」
「その前に一つ、元七星騎士団副団長の私が偽の情報を教えるとは思わないのですか?」
「お前の今の主人はそいつだろ。その主人の前で顔に泥を塗る真似をするつもりか?」
ゼームスの言葉にオズマは閉口する。
「…わかりました。私が答えられるものならば答えましょう」
「さて初めの質問だ…」
ゼームスは早速オズマに質問を投げかける。
プラナッタの細かな地形や、隠し通路、兵士の分布に至るまでゼームスの質問は多岐にわたった。
オズマとゼームスの問答は明け方近くまで続いた。
「…助かったぜ。これで欲しい情報はあらかたそろった」
ゼームスはオズマが答えた答えを記した紙の束をまとめる。
それは言い換えるならばプラナッタを攻略する手段をゼームスに与えてしまったということである。
そもそもゼームスは予め机に地図を広げ来賓室にいた。まるで俺たちから取引を持ち掛けてくるのを待っていたように。
俺は目の前の男に目を向ける。初めからこの男の手の内なのかもしれない。
俺は少しだけ居心地の悪さを感じた。
「最後に一つだけ聞いていいか?あんた酔ってないのに何で酒瓶なんて持ってるんだ?」
俺の一言にゼームスは目を細める。ゼームスは俺の目の前で一度も酒に酔っていない。
宴会の席でもゼームスは酔ったふりをしていただけだ。
警戒し、ずっとゼームスに意識を向けていた俺だからこそわかる。
「…ばれていたか。俺は竜と契約してから人で無くなってから酔うってことも無くなった。
睡眠もとってもとらなくてもよくなった。もうその感覚が消えてからかなり経つ。
ただな。こうなるとこうなったで人の身であったころを懐かしく感じちまう」
手にした酒瓶をゼームスは俺に見せる。
ゼームスの契約した天竜は四界竜に匹敵する存在だという。
そんな存在と契約したのであればゼームスは不老不死に近いのではなかろうか。
「後悔してるのか?」
「選ぶということは他を選ばないということでもある。俺自身が選んだ選択に後悔はしてねえよ」
ぶっきらぼうに酒瓶を口につけゼームス。
「…それに奴らへの冒涜にもなるしな」
ゼームスは誰にも聞こえないような小さな声でぼそりと呟く。
魔族である俺の聴覚はそれを聞き逃さなかった。
この男はどれだけの仲間の屍を乗り越えてここにいるのだろう。
「俺からの忠告だ」
ゼームスが声を上げる。
「もしお前が冒険者のリーダーとしてやっていくつもりなら、どんなに過酷な現実を目の当たりにしても目を背けるな」
ゼームスの声が重く俺の心に響く。
「ま、じじいの戯言だとでも思って聞き流してくれ」
そういうとゼームスは再び酒瓶に口をつける。
「もう一つ。昨日のクラスタの試合、中断は正解だ。魔族であるということはぎりぎりまで隠しておけ。特にああいう場ではな」
ゼームスの一言に思わず俺は体を硬直させた。
まるで冷や水を正面からぶっかけられたような衝撃である。
クラスタは竜騎士との戦いにおいて全力を出すために自身の魔力をほんのわずかに体から放出した。
オズマがかろうじて魔力を出す前にクラスタを止めたが、どうやらゼームスはクラスタが魔族だと判別した模様。
正直なところゼームスがそういった目を持っていることはエアから聞いていたが
距離もあるし、体外に放出された魔力もほとんどなかったはずだ。
大小違いはあれど魔力の放出は魔法使いだけではなく一般人にも存在する。
クラスタから漏れ出たわずかな魔力の質をゼームスの目は分析し、体内から発っしたものだと判断したということだ。
エアからゼームスの竜眼の能力を聞いてはいたがこれほどとは思ってなかった。
この男の前ではすべてが筒抜けになりそうな気がし、俺はオズマと部屋からそそくさと去る。
やはりゼームスさんは怖かった。




