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招集命令

祝勝会が終わって宿に着くと、仲間たちはそれぞれの部屋に向かっていった。


真っ暗な宿の中、俺は酔いつぶれたクラスタを背負い、部屋に送る。

クラスタはナナツキと飲み比べを行い、見事につぶされたのだ。

あの竜人たち、魔族の俺たちと比べてみても酒の飲む量が半端ない。

竜の血がそうさせるのか、もしくは個人的な体質によるものなのか。

俺はため息とともにその思考を打ち切った。


クラスタを送った俺は鍵を懐から取り出し、そのまま部屋の手前で硬直する。

鍵穴に入れようとした瞬間、俺の魔族の空間感知能力が部屋に人がいることを告げてきたのだ。

これは一重に魔族である俺の空間認識能力である。

最近使うことが多いせいかより鋭くなってきてる気がする。


俺はドアの前で立ち止まったまま部屋の内部を探る。

相手はソファに腰かけている。魔力的なものは感じないし、どうやら人間っぽい。

攻撃の意思は不思議と感じない。それにこの気配には覚えがあった。


俺はそのまま鍵を開けて部屋に入る。


「人の部屋に勝手に入って何やってるんだ?」

ソファに座って堂々と俺を迎えたのはギルドマスターであるジャックだった。


「よ、気付いていたか。流石だな」

ジャックは俺に気づくと軽く手を振る。

人の部屋に無断で入った上、この態度。


「せめて明かりを付けろよ」

俺は頭を抱えながらジャックに注文を付ける。


「昔の職業のせいか、暗闇のほうが落ち着くんだ」

俺は宿に備え付けられたランプの火をつける。


「それで俺に何の用だ?」

俺は不機嫌な表情を隠さずにジャックに聞く。ジャックは今日竜騎士たちと戦う羽目になった元凶の一人である。

俺の中ではジャックに対するかなり評価とか好感度とかもろもろがひどく低下していた。


「今日のことで詫びを入れておきたくてな。こちらの都合で巻き込んでしまってすまないな」

ジャックは俺に深々と頭を下げる。

昨日から寝ていないのか目の下にはうっすらと隈がみえる。

それを見て俺の中のジャックを責める気がしぼんでいくのがわかる。

なんだかなー、ほんとうに。


「それでわざわざ俺の部屋に侵入して来たと?」

行き場のない苛立ちを声に出す。


「本題はこっちだ。ゼームスが昨日付けで招集命令が出した」


「招集命令?」

俺は首をかしげる。


「Aランク以上の冒険者が個人では任務の解決が困難だと判断した際に行う招集命令のことだ」


「それのどこが問題なんだ?」

少なくとも聞いたことはないし、全くと言ってもいいほど重要性が伝わってこない。


「問題は招集命令そのものではなく、出した本人なんだ」


「あっ」

俺は思わず声を上げる。

ゼームスは冒険者ギルド最強の存在である。

竜騎士たちやその竜もゼームスの迫力に気圧されていたぐらいだ。

そこから考えると軍隊相手でも大型の魔物相手でも何とかなりそうだ。

国すらも動かせる個人。それがゼームスという冒険者である。

逆にそのゼームスが個人では無理だと判断したということは…。


「わかったようだな。あのゼームスだ。たいていのことは個人で何とかできるし、

報酬や体面上、Sランク冒険者は一定以上の任務は引き受けない。

Sランク冒険者が招集命令を行った場合、それはSランクの冒険者への臨時招集となる」

ここまで来てようやく俺はジャックが来た理由が何となく読めてきた。

ゼームスが俺たちを誘った案件は冒険者ギルドの出す案件の中でも最も危険な案件となっているということだ。


「AランクとSランクにはランク付けはさほど分厚い壁が存在する。

たとえAランクが百人束になったとしてもSランクには勝てない。個人が国家権力と対等に渡り合えるんだ。

『十天星』と呼ばれるSランクがどれだけ異常な連中かわかるだろう」

俺は数日前に戦ったファイとドリアの顔を思い浮かべ納得する。


「その上、Sランクの連中は戦闘能力が異常な上に、性格的に面倒な奴らが多い。

冒険者ギルドの上層部や国家ですらその扱いに慎重になる連中だ。個人で国すら脅せる。

そういう意味では何にも縛られない超法規的な連中でもある」

俺は黒の塔で戦ったファイとドリアのことを思い返す。

あの二人の戦闘能力なら確かに国でも脅せそうだ。


「冒険者ギルドでそのSランク冒険者が招集命令を出した例は過去に十一例ある。

いずれも国家の存亡をかけた大きな争いや国を滅ぼしかねないような末期のスタンピード、

暗黒時代にいたような強大な魔物の討伐。内容はわからないが今回もそれに類似する可能性が高い」

俺はことの重大性を認識し、生唾を飲み込む。


「ゼームスの奴は本気だ。だとすれば次の依頼、オークの発生など比較にならないほどの危険性がある」

やはり今回のゼームスの依頼は相当やばいものらしい。


「…一応聞いておくけど、それ、極秘だよな」


「ああ。上位の権限を持ったギルド職員と一部の冒険者以外には知らされてはいない。

ユウ君がAランク冒険者である君だからこそできる話だ」


「はあ」

俺は頭を抱える。今回の一件、オズマも深く関わっていそうなのだ。

どうするかはオズマの話を聞いてからにするつもりだったが…。


「どうやったのかは知らないが君はSランクが三人もいる『黒の塔』から譲歩を引き出した。

どんな方法を使ったのか、どんな手段があるのか、どんな代償を払ったのか。俺には想像すらできないが」


「頼まれたとしてももう二度とごめんだ」

俺は心底嫌な声を上げる。

『黒の塔』のファイやドリアと戦えたのはセリアを救い出すという明確な目的があったためだ。

さらにローファンというものすごく強い魔族の力も借りている。

塔という場所も一度に大勢の人間を相手にしなくてよいという点から俺に有利に働いた。

さらに『黒の塔』には死霊使いイーヴァという戦力をのこしている。

『黒の塔』からセリアを取り戻せたのはそのいくつかの条件が運よく絡み合った結果だと俺は思ってる。


ちなみに仲間たちでもファイやドリアを相手にするのは流石にきついかと思われる。

なりふり構わず俺たちをつぶそうとしてきた場合、本気で逃げ出すしかない。


「その答えが聞けただけでも満足だ」

ジャックは満足そうにソファから体を起こした。


「俺は危険人物か何かかよ」


「ユウ君はこの件についてゼームスから話を受けてると聞いてね。耳に入れておきたかった」


「それは詫びのつもり…なのか?」

正直なところジャックにここまでしてもらう理由がない。


「ああ。それに俺の推薦した連中だしな」


「面倒見がいいんだな」


「そうでなきゃギルドマスターなんてできやしないさ」

おどけた様子でジャック。


「ならもう一つ聞いてもいいか」


「なんだ?」


「ゼームスさんの人となりを知りたい。あの人の伝説は聞いてる。強いっていうのは一緒にいてわかる。

ただいまいちどういう人なのかわからない」


「ゼームスの人柄を知りたいと?」


「…間違えて竜の尾を踏むようなことはごめんだ」

ゼームスは天竜の契約者、冒険者ギルドの始祖ともいえる存在の一人でもあるらしい。

伝え聞いた話では冒険者ギルドを世界的な規模の組織にしたのはゼームスたちの手腕によるところが大きいとも聞く。


サルア王国にいたときに図書館でこの世界を調べた際にその類は読んでいた。

五百年前の暗黒時代、西の大陸から大陸西部にやってきたと言われる八十七体の魔物。

それらは人間の生活圏に来襲し、一夜にして王朝すら滅ぼしたという。


それらを倒し、人間界を救ったのが勇者アリエスとゼームスたちの『暁の夜明け団』という傭兵団。

まさか歴史書に書かれた人間と会って話をする日が来ようとは思いもしなかった。

元いた世界では考えられないことである。


当然、ゼームスはコルベル連王国を含む中央六華国の王族にも顔が効くともいう。

中央六華国と呼ばれる場所はカロリング魔導国への進行方向にある。

ゼームスという男は悪い人間ではないとはわかるが、現状では超特大級の地雷である。

王族にも顔が効き、その上冒険者ギルドの中心的な存在である。万一に踏み抜いては人間界での自身の立場まで吹き飛びかねない。

さらにSランクでも最強とか言われている。それは単純に考えてファイやドリアよりも強いということである。

今の魔力の使えない状況の俺では戦ってどうなるとも思えないし、『渡り鳥』全員で戦っても無理そうだ。

もし敵対すれば物理的にも社会的にも終わる。後ろ暗いことが多い俺にとって頼もしい反面危険でもあった。

そのために取り扱いには細心の注意を払う必要があるわけだ。


「どういう人かといえば見ての通りさ。ユウ君にはゼームスはどう見える?」

ジャックに質問を返される。俺はゼームスについて思い返してみる。


人懐っこい仕草は演技とは思えない。

ただ、一件破天荒にみえるその性格の裏には何か別の意図があるようにも思える。

ただそれは人間の判断基準とはずれているようにも思える。

距離的にはすごく近いはずなのに自分たちとは違った場所から誓った価値観で世界をとらえている。

俺は少し考えた後、俺は口を開く。


「触れているようで触れられない」


「…そうだな。ゼームスに関いて言うならば性格はその通りだ。俺の印象とは少し違うがな」


「ならジャックの印象は?」


「俺のイメージは巨大な河だ。イメージとはずいぶんかけ離れているかもしれないがな。

あいつが関わった時点で諦めて状況に流された方が賢明だ。

あいつは強引に流れを変えてくる、そして皆を巻き込むんだ」

ゼームスについては思い当たるふしはある。


「ゼームスは言葉遣いは荒いが、根に持つ奴じゃない。

たとえ依頼されていたことを断っても別にトラブルにさえならないだろう」


「ジャックはゼームスが怒ったところを見たことがあるのか?」


「俺は見たことがない。貴族に暗殺されかけたこともあったらしいが、笑ってやり過ごしたって話も聞く」

暗殺されかけて笑ってやり過ごすあたり軽く人間超えてる。

どうやら杞憂であるらしい。


「ただ一度、これは貴族の間でまことしやかに語られている話だが…」

ジャックが歯切れ悪く声を上げる。


「ある魔物の討伐においてある冒険者チームが複数で討伐に向かった。

時間はかかるがそれを鎮圧するに十分な戦力を冒険者ギルドは投入したらしい。

だが、結果はその魔物は鎮圧されず、冒険者チームが壊滅するという最悪の事態に至った」


「それがどう関わるんだ?」


「壊滅した原因は補給路にある公爵家が補給と連絡を意図的に止めたことによるものらしい。

発端は貴族同士のいさかいだという。方隣接する貴族領の嫌がらせで魔物の鎮圧を遅らせ力をそぎたかったのだろう。

その全容を冒険者ギルドが知ったのは冒険者チームが壊滅した後の話だった」

俺はそれを聞いて胸糞悪くなった。

冒険者が貴族のパワーゲームで巻き添えを食らったのだ。

命がけで魔物を狩る冒険者があまりに報われない。


「それでその貴族はどうなったんだ?」


「…消え去った。地理的にも歴史からも。個人的に調査した結果、実際に存在した大貴族だったとだけ言っておく」

俺はその答えに生唾を飲み込む。背中に冷たい汗が流れる。ゼームスは思った以上にはるかに危険な相手らしい。

ただ同じ立場だった場合、俺も同じようなことをするかもしれないが。


「こんなことを聞いてどうするつもりだ」


「これから話に出向くにあたって、できる限り穏便に済ませたいからな」

俺は窓を開けて窓枠に足をかける。


「ゼームスは冒険者ギルドの二階の来賓室にいる。それとこれは冒険者ギルドの裏口の鍵だ」

ジャックは腰につけた鍵の束から一つを外し、俺に投げる。


「助かる」

俺はジャックから投げられた鍵を受け取り、宿の窓を開いて夜の街に飛び出る。



宿を出るとキャバルの街は闇に包まれていた。

この世界に魔石で作られた街灯はあるものの夜更けであるために消えている。

真っ暗な深く静かな道を俺は冒険者ギルドにむけてとぼとぼと一人歩く。

こんな夜中に出歩く者は誰もいない。石畳に俺の靴の音だけがこだまする。


不意に背後に知っている気配を感じて俺は足を止める。

人気のない深夜なので見えないがその輪郭ははっきりとわかる。


「オズマか」


「はい」

通りの闇の中からオズマが姿を現す。


「主殿、ゼームス殿のところに向かわれるのですね。それならば多少の役にはたてるかと」

オズマは一礼し淡々と語る。


「俺についてきたいなら一つ答えてほしい」


「何なりと」


「プラナッタで何があった?」

オズマの変化は気づいていた。ただ竜騎士たちとの一件もあってそれに触れる機会がなかったのだ。


「臭いを嗅いできました」

オズマの表情の険しさからその臭いの大元がよくないものだと俺は察する。

オズマの本体は巨大な狼である。その狼であるオズマの鼻が何かをかぎ取ってきた。


俺にはさっぱりわからない。

オズマは魔族である。この世界において魔族という存在は世界の調停者という立ち位置にある。

世界のために必要とあれば人類を根絶やしにする無慈悲な絶対抑止。

独特の論理により行動する刑の執行者。人類とは敵対することはあっても人類側に立つことは決してない。

だからこそ人類にとって魔族は忌避される対象となる。


そのオズマが良くないものだということはこの世界にとって良くないものだと考えられる。

それはおそらくゼームスの抱えているものと無関係ではないはずだ。


「…わかった、ついてくるかどうかはオズマの好きにすればいい。ただし後で全部説明してもらう」


「ありがとうございます」

オズマは俺に深く一礼し、俺の後に続く。

こうして俺とオズマはゼームスに会うべく、冒険者ギルドに足を向けたのだ。

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