空での話し合い
試合場からユウとココノエ、サクヤの姿が。
エアと呼ばれた男が何かしたのは見えた。
直後、五人の姿が怖ろしい速度で空に向けて上昇したのだ。
五人の姿は青空の中に吸い込まれるように消えて行った。
ここまで唐突に、自然に力を使うなど聞いたことがない。
それはいきなり闘技場の空からやってきた二人の力を示すものであり、
そこに立ちはだかる大きな壁をエリスに認識させた。
セリアがエリスの腕を引っ張りエリスは正気に戻る。今はそんなことよりもするべきことがある。
エリスは『渡り鳥』のメンバーとともに闘技場の中央。ゼームスの居る場所に向かう。
「まさか我々だけではなくシーリア様とエア様が自ら出向いてくるとは。
老院は今回のことを思った以上に問題視しているということか」
竜騎士の面々は動揺をあらわにしている。
あの二人の出現は竜騎士たちとは関係がないというのと同時に
また同時に竜騎士たちはあの二人を知っているということでもある。
「あの二人は一体何者ですか」
空を見上げるゼームスにセリアが詰め寄る。
「エアとシーリア。二人は四界竜だ」
「伝説上のあの…」
ゼームスの四界竜という言葉にエリスが目を見張る。
「四界竜というのは何ですか?」
セリアが横にいる仲間に問う。セリアの問いかけに応じたのはクラスタだ。
「東方の四界を治める四体の竜のことだ。その力は神や神獣にも匹敵すると言われている奴等だ。
この世界の始まりより存在していたっつう話だ」
「あいつら昔からサクヤには激甘だ。その想い人を悪いようにはしないだろうよ」
ゼームスは『渡り鳥』のメンバーに向けて安心させるように言葉をかける。
「ユウ」
心配そうにセリアは空を見上げる。
周囲を見渡せば視界は一面青で塗りつぶされていた。
足元では王都キャバルが豆粒のように小さくなっている。
どうやらずいぶんと上空に移動させられたようだ。
浮遊感は不思議なほどに感じない。上昇したときに多少の重力ぐらいしか感じなかった。
まるでエレベーターにでも乗っているような感じである。
人間ならば気圧の関係で影響を受けるだろうが、そんな感じは受けない。
足元は何もないというのに地面に足を着けているような感覚である。このまま落ちるような感じもない。
俺は足元をとんとんと足で軽く叩く。
何もないはずの足元に地面の様な感触がある。
「安心してください。落ちはしませんよ」
俺が足元を確認しているとエアが横から声をかけてくる。
「どういう原理なんだ?」
「ただ足元を空気で硬めだけです」
エアがさりげなく言ってくる。
使い方次第では相手の動きを封じることも、相手に呼吸をさせなくさせることもできるだろう。
このエアという竜は敵に回したら非情に厄介そうだ。
「さて、ここなら腹を割って話せそうですね」
エアから説明を受けた俺にシーリアが横から声をかけてくる。
「あなたは魔族ですね」
「わかるのか」
シーリアの一言にやはりと思う。
シーリアはどうも見られていた時に俺が魔族だということまで看破していたということだ。
「私の見ることのできるのは気の流れ。ただあなたにはどういうわけか神気も宿っていますね」
シーリアには隠し事は出来なさそうだ。俺は嘆息し、シーリアに向き合う。
こうなれば当たって砕けることにする。
「それでそうだとしたら俺をどうするつもりだ?」
「どうもしませんよ。魔族はこの世界の最強の暴力機関。我々はこの世界の敵ではありません。
人間のように禁忌を忘れ触れ、定期的に魔族の制裁を受けている者たちには脅威でしょうが、
我々にとっては多少力の強い隣人にしかすぎません」
シーリアの淡白とも言える答えに俺は拍子抜けする。
一方で元人間として耳の痛い話ではあったが。
「そういうことです。魔族であると言うのは我々にとってそれほど重要ではありません。
ですがあなたの場合、人間にはそれを知られたくないと思いまして」
エアが横から淡々と語ってくる。
なるほど、それで二人は俺をここへ連れてきてくれたわけか。
「配慮に感謝するよ」
俺は二人に感謝の意を示す。心の底からそう思う。
「私としてはサクヤの気持ちは尊重したいのはやまやまですが、
我々はあなたの考えを無視するつもりもありません。
ですから腹を割った話し合いをして互いに歩み寄るために人のいないこの場所にやってきました」
「ここから落とすという脅しはなしだぞ」
「『極北』が祝福している相手にそんなことはいたしませんし、第一あなたは飛べるでしょう?
そんなことは脅しにならないことはこちらも承知の上です」
祝福というのは魔族からもらった魔道具のことだろうと俺は解釈する。
エアには俺が『極北』の関係者と言うことがどうやらばれている様子。
それにどうも俺が飛行できるということも知られている。
どうもエアはそう言った感知能力があるとみていいだろう。
「『極北』の祝福を受けた者?」
ココノエとサクヤがその言葉に首をかしげている。
エアとシーリアは二人をスルーして俺との話し合いを始める。
「では本題に入るとしましょう。
単刀直入に聞きますが、あなたはサクヤの想いを受けるつもりはありますか?」
「いきなりだな」
「それが本題ですので」
「サクヤは可愛いと思うけど、サクヤには悪いが、俺は受けるつもりはない。
…というか受けられない」
「受けられない?含みのある言い方をする。何か理由がありそうですね。
その理由を私たちにお聞かせ願えないでしょうか?」
さて、どうするか。
ここで話すとなれば今までのことを一から話さなくてはならなくなる。
俺がパールファダと敵対し、殺したこと。
神族であるアタから聞いた話だと神族はどこでつながっているかわからないとのこと。
こんな化け物二人をここで敵に回したくはない。俺は考えた上で少し探りを入れることにする。
「これに答える前に一つあんたらに聞きたい。あんたらにとってパールファダってどんな存在だ?」
「破壊神」
エアとシーリアは声をそろえて即答する。
「ストレートだな。創造主の直系だと聞いていたが」
「創造主に関しては敬意を持っていますがねぇ」
「私もアレはちょっと…」
二人はパールファダに関して良い思いは持っていない様子。
ちょっとさんざんな言われようだぞ、パールファダさん。
シーリアがパールファダに良い印象を持っていなかったようで俺は内心胸をなでおろす。
アタに聞いた話では、神の世界はどこがどうつながっているかわからないとのこと。
これでエアとシーリアを敵に回す可能性はかなり減ったと見てもいいだろう。
「あなたから私たちが一番に警戒していたパールファダの名をここで聞くとは思いませんでした」
「警戒?」
「そう、警戒です。数カ月前に女神パールファダの力の波動を感じました。
あの者は既に現界しているはず。
パールファダの持っている権能は危険すぎる上に、あの者の目的は創造主の回帰。
閉ざされているはずのこの世界と外の世界の門を開き、強引につなごうとするでしょう。
世界の秩序を守る『極北』はそれを決して許しません。
この状況、現界したパールファダと『極北』との衝突は必至といえます。
最悪の場合、この大陸の西半分が吹き飛ぶ事態になりかねません」
シーリアの言うことは大げさではない。
思い返してみればゲヘルたちはパールファダと戦い終わった直後にやってきていた。
六柱は戦う準備をしていたとも考えられなくはない。
あのまま戦いになっていた場合、地上にどんな被害があったかわからない。
「そういうことです。それにパールファダの他にもいくつか懸念していることがあります。
私とエア、ココノエがやってきたのはサクヤがそれに巻き込まれることをおそれて保護するためです。
私たちとしてはできるだけ早く私たちは大陸の西からサクヤを連れて帰りたいと思っています」
シーリスの言葉にココノエが頷く。
なるほど。そのために一刻も早く結果を出したいと。
ここで俺は再び思案する。
パールファダのことは良くは思っていないみたいだし、二人が俺に敵対するのは少し考えにくい。
そもそも言わなければ俺がどうしてサクヤを拒絶する理由が話せない。
別に言ってしまっても構わないと俺は考えた。
「シーリスさん、その件なら問題ないよ。パールファダなら俺が倒したから」
俺の発言の後に間が開く。見ればその場にいる全員が彫刻のように固まっている。
気まずい沈黙がその場を支配する。
「え、あの…ですから倒したと」
俺はいたたまれなくなりもう一回言ってみる。それで漸く止まった時が動き始める。
「パールファダを倒しただと…」
「あの破壊神を…」
「さすが旦那様」
サクヤが俺の横で微笑む。
「道理で私ごときでは話にならないわけだ…」
ココノエが愕然としている。
「なるほど、そういうことですか。
パールファダを倒したことで我々の反発を気にしていたというのならば気にすることはありません。
アレの所属する神のグループとは我々は全くの別物。
それに『極北』の祝福を受けている者を敵にするつもりは毛頭ありません。
安心してくれても良いでしょう」
シーリアは俺の事情を察してくれた様子。
「助かるよ」
シーリアの一言に取りあえず俺は胸をなでおろした。
「その剣で、ですかな」
エアは俺の手にした『天月』を凝視していた。
エアとシーリアが現れたときに万が一に備え収納の指輪から取りだしたものだ。
俺は出しっぱなしにしていたことを忘れていた。
「ああ」
「少し拝借させてもらってもよろしいですかな」
「いいよ」
俺は『天月』をエアに引き渡す。エアは『天月』を手に取りぼろぼろの鞘から引きぬく。
『天月』は銀色に輝いている。いつも思うが見事なものだ。
エアはそれを目を凝らしてみている。
「なるほど剣に神気が宿っていますね。間違いなくパールファダのものです」
二人はパールファダの力の一端を剣から感じ取ったようだ。
「それにこれはヴィズン殿の剣…。それも見たこともないほどの業物ですね」
エアが細い目を見開いてその剣に見入っている。
「ココノエにその剣を振っていたとしたら問答無用で剣ごと真っ二つですね」
シーリアの言葉はココノエに対しての皮肉のようだ。ココノエがさすがに顔を青ざめている。
エアは剣をぼろぼろの鞘に戻して俺に剣を返してくる。
「旦那様はそれを見越して剣を抜かなかったのですね」
さすがと言った眼差しでサクヤは俺を見る。
『天月』を抜いた時点で勝ちは確定するがそれは相手の死を伴うものだ。
ココノエはサクヤの腹心のようだし、女の子の泣き顔を見るのは正直気が引ける。
「あなた様はこの他にもいくつかの強力な祝福をあの六柱の方々から四つほど、頂いておりますね」
エアの言う強力な祝福とは彼らから頂いた魔道具のことだろう。
「わかるのか?」
「大気を通して彼らの強い波動が伝わってきます。『極北』がまさかここまで肩入れするとは…。
ですがパールファダを倒したというのであれば納得できますな」
「彼らにはいろいろと世話になってる」
そこでシーリアとエアが示し合わせたように頷く。
「フム…魔族であれ、『極北』の六柱に認められた強者の血を入れるのは
竜族全体にとっても悪くはありませんな」
朗らかに笑みを浮かべてエア。
「私はサクヤを支持しましょう。まさかリースの代わりになる存在がいるとは驚きました」
楽しげに俺の方を見ながらシーリアさん。
俺の意見を無視しておかしな方向へ話がまとまり始めた。
まずい。ここで俺が声を上げなければサクヤとの結婚が既定路線になってしまう。
「まて、パールファダを倒した話には続きがあってな。
パールファダを倒した際に俺は呪いを受けて、俺はあと二年も生きられない」
「…!!!!」
さすがに俺の発言に四人は衝撃を隠せない様子。
「ゲヘルも手を尽くしているみたいなんだがどうもだめらしい。
あんたらも幾らなんでも余命が二年しかない男を未来があるサクヤの婿にするつもりはないだろ」
ゲヘルの名を聞いて三人はがっくりとうなだれる。
ゲヘルという存在の大きさはその反応からうかがい知れる。
「…道理で神気と魔力は本来なら反発しあう力。それを二つ体に宿すなど聞いたことがありません。
…おのれ女神め。どこまで私たちのの邪魔をすれば…この恨みどうしてくれましょう」
「仮にも神であるはずの女神が呪いとは…」
事情を聞いたシーリスはガチでキレはじめる。エアは腑に落ちないといった様子である。
横にいるサクヤは涙目になっている。
さすがにこれはやりすぎだよねっていうぐらいのシーリスの殺気が大気に満ちる。
青空だというのに周囲には雷が発生しているし、ココノエは隅で顔を青ざめさせている。
シーリアさんの感情は天候にすら影響を及ぼすのかー。とか考えている場合じゃないな。
「まったまった。そこまでだ」
俺はシーリアを止める。これ以上は地上にも影響を与えかねない。
「サクヤには悪いがそんなわけで他の男を探してくれ」
そもそも棺桶に片足つっこんでいる男に嫁とか言われても困る。心配で死ねなくなる。
「大丈夫だ。君は美しい。きっと俺なんかよりももっといい男が必ず見つかる」
俺はそう言ってサクヤの頬を伝う涙を手でぬぐう。
「…」
名残惜しそうに俺を見つめてくる。
ただここで俺はサクヤのためにも折れるわけにはいかない。
「それとこれからは自分の安売りはしないこと。いいね、約束だ」
そう言って俺はサヤの頭を優しく撫でる。
「…はい」
困った。女を泣かせる趣味はない。俺は自身が間違えているなどとは思っていない。
永劫に等しい時間を生きる彼女たちにとっ二年という時間は瞬きほどの時間だろう。
俺はサクヤには幸せになってほしいと心から願った。
「最後に一つ聞きたい、あんたたちは俺を魔族とすぐに見破ったな。
それはゼームスの奴も俺が魔族ってことがわかるってことか?」
幾らなんでもあの男に魔族であることがばれていたとかはなしにしてもらいたい。
ゼームス相手にこちらの情報が筒抜けというのはやりづら過ぎる。
「竜眼というのは個体差があってそれは一様ではありません。
私にはあなたが魔族であることは見えませんでしたし、
シーリアはあなたが飛行魔法を使ったことは感知できません。
現在、あなたの魔力は神気により体内で打ち消されています。
彼の竜眼がガラムと同じものならば彼の前で力を使わない限りわからないはずです」
エアの説明に俺は胸をなでおろす。
ゼームスにこちらの正体が気づかれていないのならば一安心してもよさそうだ。
「ああ、それと俺がパールファダを倒したことはここだけの秘密にしてほしい。頼むよ」
「わかりました」
エア、シーリア、サクヤ、ココノエはそれぞれ頷く。
どこで恨みを買うかわかったもんじゃないし、神殺しなんて物騒な呼び名を付けられるのはマジで困る。
こうして四界竜との話し合いは終了したのだった。




