ささやかな祝勝会です
火を囲みながら俺たちは乾杯する。
オークの集落を潰した後、少し移動し、俺たちはささやかな祝勝会を催すことにした。
幸い酒ならばカーラーンで買ったものが収納の指輪に入っている。
「さっきの話ですが、一端ヒューリックに向かおうと思います」
乾杯の後、俺はジャックに切り出した。
このままコルベル連王国の王都キャバルに向かってもいいのだが、オークを倒してから
ジャックからこう話を受けた。
「悪いが、報告がてらヒューリックに一度戻らなくてはならないんだ。
このまま戻らないとコルベルの軍が派遣されてしまう。
エルゴ…ヒューリックのギルドマスターに説明するためにも
当事者である君たちもついてきてもらいたい」
とジャックから話が出て来ていたのだ。
ちょっと遠回りになってしまうが、これは必要なことだと思う。
仲間と相談した上でヒューリックまで戻ることに決めた。
オークが討伐されたことで脅威が去ったことを示さなくてはならない。
「こっちの事情に言って付き合ってもらって悪いな」
始まるなりジャックは酒を片手に詫びてくる。
「いいえ。必要なことだと思います」
ヒューリックに戻り、オークが倒されたことを知らせるのは必要なことだ。
「君らの戦闘能力もかなりのものだ。
まさか五十頭以上のオークの集団を単独のチームで殲滅させるとは思ってもみなかったよ」
ジャックは話題を俺たちに振る。
「珍しいことなんですか?」
「普通は無理だから」
俺の問いに苦笑いとともにジャックは答える。
「…パーティを作って正式にギルドに登録した方がいいんじゃないか?
今回のでかなり有名になるだろうし、そのうちいろいろなところから勧誘が来るぞ。
特にオズマとエリス辺りはすでに超有名人だからな」
酒の入ったジャックさんから頭が痛い話が持ち上がってきた。
「あー、そんなことウーガンさんからも言われたっけか」
ウーガンというのはサルア王国の王都カーラーンのギルドマスターである。
動けなかった冬の間いろいろと話を聞いたりしてもらっていた。
「チームとして既に登録しているのであれば勧誘は少なくなる。
それにパーティを登録しておけばいろいろと便利だぞ?
一括で仕事を受けられるし、個人としてではなく団体で受けられるために
受けられる仕事の幅も広がる。
これから魔導国に向かうつもりなんだろう?その途中の冒険者ギルドで仕事を受けるにしても
仕事の幅は広いほうがいいと思うが?」
「なるほど」
ジャックの言うことにも一理ある。これから一つの街に長く滞在することはほとんどないだろう。
カロリング魔導国までの道すがら旅費を稼ぎながら旅をするつもりではある。
その街で自分たちが探すような依頼がタイムリーに出されていることは少ない。
仕事の幅を広げておくことは必要なことだ。それにうちらは隠し事が多すぎる。
うちらのパーティだけで受けられるほうがそれが漏れる心配も少なく好都合である。
「…ユニオンからは誘いはあるかもしれないがな」
ジャックはぽつりとこぼす。
「ユニオンですか…?」
「パーティを集めた集団だよ。初めはただの寄合みたいな感じだったらしいが
今じゃ、冒険者ギルドにも発言権をもった組織になってる。
有力なユニオンは大型の依頼を受けることができるし、冒険者ギルドに対しての発言力も上がる。
冒険者ギルドからしても冒険者同士の衝突は避けたいし、
大きなところは冒険者ギルドの代わりに仕事を請け負っているところまである」
ジャックは当然のように語る。
「ギルドの中にはユニオンと言う組織があるのは聞いたことがある。
有力な冒険者を中心にまとまった組織であり、巨大なユニオンは軍にも匹敵する力があるという」
つまみを頬張りながらエリス。ちなみに酒は入っていない。
エリスは酒が入ると絡みはじめる困ったちゃんなので
魔族との飲み会以降、他人と一緒に飲むときは酒は自制するように言ってある。
断っておくが、これは元勇者という面子を守るために必要なことだ。
「詳しいな。デリスは聖騎士が強く、閉鎖的な国柄のために
冒険者ギルドという組織はないと聞いてはいたが?」
エリスの出身国であるデリス聖王国は聖騎士という存在があり、
法力や法術を使い治安維持に努めている。
ただし、その育成にはかなりの費用が掛かるためと、かなり特殊な訓練が必要なために
聖騎士を有しているのはデリス聖王国のみだという。
「その通りだが、強い冒険者は噂程度には聞くこともある」
「意外だな。デリスは閉鎖的で他国に関心を持っていないと聞いていたが…」
「その認識は間違えていないよ。今でもデリスの上層部は他国との交流には否定的だ。
国の在り方として他国への干渉を嫌う傾向がある。
だが反面、常に他国の情報には聞き耳を立てていたな」
「そうか。デリスがな…。おおっと、ユニオン話だったな。概ねエリスの言うとおりだ」
脱線してしまった話をジャックは戻す。
「そう言えば七星騎士団も以前は冒険者ギルドに所属していたのだろう。
その時はユニオンは作っていなかったっけか」
ジャックはオズマに語りかける。
「ユニオンを作っていなかったな。
七星騎士団の場合はギルドに所属していた期間が短かったといのもある」
七星騎士団というのは俺たちと会う前にオズマが所属していた騎士団である。
オズマはその中で『黒獅子』と呼ばれる最強の存在だったという。
「そんなものだったか?」
「ギルドには所属してはいたが期間が短かったからな」
「そっか。七星は魔の森の討伐で名を上げ、すぐさまプラナッタに召し抱えられたもんな。
現役だった時、それを聞いて驚いたっけか」
「プラナッタも征服王の影響で兵力が低下していたというのもあるのだろうがな」
酒を飲みながらオズマ。ワールドワイドな話である。
とてもじゃないがついていけそうにない。
「一つ質問いいですか?」
食事の用意も一息つき、輪の中にやってきたセリアがちょこんと座りジャックに話しかける。
「なんだい?」
「もしオークがこれ以上の場合、どういう風に対処しているのですか?」
セリアの質問にジャックは少しだけ考えるそぶりを見せる。
「…セリアちゃんはどうしていると思う?」
少し面白そうにジャックは聞き返す。
「…解りません」
「ならヒントだ。彼らは所詮魔物だ。魔物は人間とは違う。彼らは農耕といった手段を持たない」
…ジャックのヒント、よくわからん。
リーダーだし、知っているふりだけしておこう。
「…そう言うこと…」
ジャックの一言にセリアは何かピンと来た様子。
「早いな…もうわかったのかい?」
ジャックは意外そうにセリアを見る。
「隔離するのですね」
セリアの一言にジャックは目を見開く。
「正解だ。まさかこうもあっさり答えられるとは思ってもみなかったよ。
そう、オークは食糧を保存する手段を持たない。そして消費し続けるだけだ。
一帯の生態系をあらかた食い散らかした後、
包囲しておけば餌を探して移動するか、同族で共食いを始める」
オズマもエリスも頷いている。二人とも答えを知っていたらしい。
さすが元軍もしくは騎士団関係者である。
「もう一つオークには習性がある。奴らは王を中心としてまとまっている点だ。
奴等は王に逆らう者はすべて敵とみなす。もしろん組織を抜けようとする者も含めてだ」
「…新たな王を生ませないためにですか」
「…そうだ。奴等は結束の強い組織を作る反面、同じオークの組織に対して不寛容だ。
オークにとって同種の作りあげた組織は敵に他ならないのさ」
「そう言うところは人間っぽいですね」
セリアが感心している。
「そうだな。…種として臆病なのだろうな」
ジャックはそう言って手にした酒を飲み干す。
「これらの習性を利用した戦いの例を一つ紹介しよう。
オークが大量に発生した事がある。オークの発生自体は数年に一度で珍しいことじゃない。
ただ場所が悪かった。大量発生したのは国の首都近郊。
多くの村や都市が犠牲になり、農作物から家畜まで甚大な被害を受けた。
一方でオークは繁殖し続け、数万におよび手がつけられない有様だったという」
「アルタの戦いか。有名だな」
エリスは知っている様子。
「そう三百年前の戦いのアルタの戦いさ」
「砦の中にオークどもを誘い込み、待機していた百人ほどの魔法使いが周囲を土の魔法の壁で囲った。
棍棒と人間から奪った剣しか持たないオークたちは力は
あってもそこから抜け出す手段を持たなかった。
一年間そのまま封じた後、その周囲の壁を取り除くとそこに残っていたのは
巨大な白骨化したオークの死骸と積みあがった多くの骨だけだったという」
「へー、人間も考えるもんだなー」
クラスタは感心して聞き入っている。そういう俺もだが。
「オークと言う存在は周囲の生体系から見ればはた迷惑な存在でしかない。
脅威ではあるが対処する方法はあるし、災害級の魔物と比べると色あせるはする。
第一級隔離指定生物というのはそう言った意味合いも含んでいるんじゃないか」
脅威ではあっても災害ではないという意味のようだ。参考になる話でした。
「ジャックさん、ありがとうございました」
セリアが頭を下げる。
「なかなかいい質問だった。他に何か質問はあるかい?」
酔っているのかジャックは饒舌だ。
「…ジャックさん、もう一ついいですか?」
セリアは目を輝かせジャックに問う。
「いいぞ」
その後はセリアの質問タイムになった。
ジャックもまんざらでもなさそうだし、仲間もかなり熱心に聞いているのでこれはありだろう。
そのあとセリアの質問は夜が更けるまで続いた。